第九章 家族会議 03
「じゃあ、いいな。秋の夜は長いとはいえ、もう朝まであまり時間がない。急ぐぞ!」
「ち、ちょっと待てっ! まさか一晩中かっ!?」
「当然だ。今夜は寝かさないぞっ!」
そう言って、オレはトレノっちの背中を押し、厨房の勝手口から出て隣の母屋へと入った。
「ちょっ! シ、シズトォ……わ、私にも心の準備というモノがだなぁ……」
「必要ない、必要ない」
「そ、それに、ででで、で出来ればお互い湯浴みをだなぁ……」
「必要ない、必要ない」
「いやっ、必要だろっ!」
トレノっちの要求を、保険会社の黒いアヒルの如くバッサリと切り捨てながら階段を登っていく。そして自室へと入ると、後ろ手で鍵を掛けた。
「じゃあ、とりあえず鎧だけ脱いでおいて。そのあいだに準備するから」
「くっ……」
この状況に覚悟を決めたのか、トレノっちはゆっくりと鎧を外し始める。
さて、オレも色々と道具を用意しないとな。
えっ? 何の道具かって? そんなの言えるワケがないだろっ!
オレはクローゼットや机の引き出しから、大小幾つかの木箱を取り出し床に並べていく。
「こ、これで、いいのか……?」
あらかたの用意が出来たところで、トレノっちから声が掛かる。
オレは、箱の中から最初に使う道具を取り出しながら顔を上げた。
「お、おお……」
思わず感嘆の息を漏らすオレ。
そこにあったのは、チューブトップにレギンス姿をしたセクシーダイナマイトバディ。
頬を赤く染め、うつむきながらに手で身体を隠す仕草は、普段とのギャップも相まって、余計に扇情的だ。
い、いかん……目的を忘れそうだ……
オレは頭を振って気を取り直し、手にした道具を見せ付ける様にトレノっちへ歩み寄った。
「それじゃあ、まずは両手を上に挙げてもらおうか?」
「ってーっ! 何だソレはっ! そんなの縄を使ってナニする気だっ!?」
「フッフッフッ…………」
トレノの突っ込みをスルーして、口角を吊り上げて笑うオレ。
「ち、ちょっと待て……た、た確かに私は年上だし、こんな胸をしているから勘違いしているのかもしれないが……じ、実のところ私は、しょ、初心者なのだ……だ、だから、その……さ、最初くらいは優しく……」
「大丈夫、痛くない痛くない……」
「痛いとか痛くないとかではなくてだな……縄とか道具とは、倦怠期の夫婦が使う物であってだな……」
「クックックッ……どこまで行くのかなぁ? ク~ラ~○~ス」
「ク○リスって誰だーっ!?」
歩み寄るオレに合わせて、怯える様に後退るトレノっち。
が、しかし。
その逃避行はすぐに終わりを告げた。
後退していた足がベッドにぶつかり、トレノっちは小さな悲鳴を上げて、そのままベッドの上へと尻もちをつく。
「クックック……まずはその大きな胸からだ。さあ、両手を上に挙げて……」
「い……いやぁぁぁあああぁぁぁ~~~~~~っ!!」
とても、あの強気な騎士とは思えない女性らしい悲鳴が、秋の夜空に響き渡った。
※※ ※※ ※※
そして翌朝――
完全に徹夜したオレは、フラフラになりながら母屋の階段を降りて店へと向かった。
てか、腰が痛い……腕が挙がらない……目が霞む……コンディション最低……
「うぃ~すっ……」
勝手口のドアを開け、厨房の戸棚にしがみつきながフロアへと声を掛ける。
「あっ、おはようござい、って、シズトさん大丈夫ですかっ!? 目の周りが凄いクマになってますよ!」
「ははははは……大丈夫、大丈夫。徹夜しただけだから……」
店の掃除を中断して駆け寄るステラ。
とりあえず機嫌は悪くないようだ。ラーシュアが、ちゃんと話をしてくれのだろう。
「その様子だと、ちゃんと完成したようじゃな?」
「おう、任せろっ!」
ラーシュアに向けて親指を立てるオレ。
確かにコンディションは最低だが、全てをやり切った達成感で気分は最高だ。
「ほう、それは楽しみじゃな?」
「なんだ、いたのか姫さま?」
「なんだとはご挨拶じゃな。ラーシュアに面白いモノが見れると言われて、朝イチで馬車を走らせたとゆうに」
ステラとラーシュアが掃除をしている中、姫さまはカウンター席で優雅に番茶を啜っていた。
朝イチでって事は、ウチに泊まったワケではなく一度帰ったのか? 朝早くから、ご苦労な事だ。
じゃあ、ギャラリーも揃った事だし――
「は~い、みなさん注目して下さ~い!」
オレはフロアに出て、パンパンと手を叩いた。
そして、みんなが注目する中、オレは大きく息を吸い込んだ。
「よろこべ男子ぃーっ!!」
「男子は主しかおらんぞ、ミサト先生」
的確なツッコミ、ありがとうラーシュア。
「では、あらめまして……え~、今日はみなさんに新しいお仲間を紹介します。短い間ですが、みなさん仲良くして下さい」
「「「は~い♪」」」
オレの転校生を紹介するようなノリに、元気な返事を返すノリの良い三人。
「それじゃあ、トレノ・スペリントさん、入って来て下さ~い」
オレの呼び掛けに、勝手口の陰に隠れていたトレノっちがおずおずと姿を現す。
「「「おっ、おおおぉぉおお………」」」
薄暗い厨房を抜け、徐々にハッキリとするその姿に、姫さま達は揃って感嘆の声を漏らした。
「くっ、屈辱だ……」
奥歯を噛み締め、拳を握りながら新作の衣装を披露するトレノっち。
そう、今トレノっちが着ている衣装は、オレが昨夜ひと晩かけて作製したミニスカウェートレス服なのだっ!!
白いシャツに赤いリボン、そして胸元の強調されたオレンジ色のフリル付きエプロンドレス。ワンポイントとして、腰に付けたハート型の名札には、日本語で「とれのっち」と書いてある。
「うわぁ~、すごく可愛いですよ。トレノさん」
「うむ、相変わらず、こうゆう方面だけは良いセンスをしとるのう、主よ」
ふんっ! 『だけ』は余計だ、ラーシュア。
「こ、こんなふしだらな格好で女給の真似事をするくらいなら、ドワーフの嫁になった方がマシだった……」
「何を言うておる。ホントは嬉しいクセしおって」
「そうだそうだっ! 仮縫いで試着した時に、鏡見ながら『これがわたし?』とか言って頬染めてたくせにっ!」
「そ、そんな事、い、いい言ってないぞっ! き、きききき貴様が寝ぼけていた、だだだけではないのかっ!?」
ホント分かりやすいなぁ、このツンデレ騎士は……
「しかし、よく出来ておるのぉ。妾も欲しいくらいじゃ。これもシズトの国の衣装なのか? いや、それ以前に、ホントにシズトが作ったのか? たったひと晩で?」
「ふっ……これほどのモノをたったひと晩で作ってしまうとは……自分の才能が恐ろしい」
とはいえ、ろくに道具もないので、作るのは結構大変だった。
ミシンも無ければ、型紙もない。特にメジャーなんて便利な物もないので、ロープでサイズを調べてから、直線の定規でそのロープの長さを測るという作業は、地味に疲れるモノがある。
「というワケで、新しい仲間も増えたコトだし、今日も一日頑張りましょう!」
「「「おぉーーーーっ!!」」」
「おぉ…………」
一人だけテンションの低い方がおられるようだけど、こうして桜花亭の新しい一日が幕をあけた。




