第五十二章 先に地獄で……②
「「神道夢幻流、無手之型『寸勁鎧抜き』っ!!」」
「――――――!?」
声を上げる事も出来ず、ビクンッと身体を大きく跳ねさせるビクトール先輩。
そして口をパクパクとさせながら虚空を見つめ、先輩の身体は膝からゆっくりと崩れ落ちていく……
寸勁鎧抜き――
拳をテイクバックさせる事なく、密着状態から相手へ衝撃を与える寸打ちに加え、打突面ではなく身体の内部へと衝撃を浸透させる透勁の合わせ技。
使いこなせば、鎧の上からその表面を傷付ける事なく、相手の心臓を潰す事も出来る打突技だ。
体内に埋め込まれた石を砕くのに、これほど最適な技はそうそうないだろう。
去年の決勝戦。今年の一回戦。そして今回……
二度ある事は三度あるとばかりに、ビクトール先輩は通算で三回も同じ技に屈した事になる。
そして、三度目の正直とばかりに、今回はキッチリとその生命まで刈り取られた先輩……
負の魔力の源である魔琥珀を砕かれた事で、うつ伏せに倒れる先輩の身体からは黒い霧状の濃密な魔力が抜け出していく。
急速に生気を失い、まるで老人のように――いや、ミイラのように干からびていく先輩の身体。
それに伴い、周りを漂うクラゲ達も次々に霧散していった。
「ツチ、ミカド……ツチミ……カドォ…………」
焦点の定まらない虚ろな目を浮かべ、ひび割れた唇で呟くようにオレの名を絞り出すビクトール先輩。
せめてもの情け。
その苦痛から一秒でも早く解放すべく、その首を介錯する事も頭を過ぎったが――
蛇が首を切られてもしばらくは生きているように、魔族墜ちした先輩が首を斬られたからといって死ぬという保証はない。
もう無意識に口を動かし続けている先輩を、ただ静かに見守るオレ達……
恐らくは、オレと明那を殺す為だけに利用されたであろうビクトール先輩。
特に仲が良かった訳ではないし、何度となくウザ絡みされ、うんざりもしていた。
正直、好きか嫌いかで言えば嫌いの方に分類していたであろう。
それでも同じ学園の生徒であり、やや過激な思考ではあったが、王国を守る為に騎士を志していた事は間違いない。
仇討ちはおろか、私情で動く事すら許されなかった公安時代とは違い、今のオレ達はこの国の勇者と聖女である。
仲間が不遇の死を遂げたなら、当然する事はひとつだ。
「黒幕にはきっちりケジメつけてから、地獄に送りますから――」
「先に地獄で待っててね、先輩……」
その言葉が先輩の耳に届いたかは分からない。
ただ、オレ達の溢したその言葉と共に最後のクラゲが消え、先輩の身体からは生の波動が完全に消失した。
両手を合わせる日本式ではなく、握った右拳を左胸へ当てるこの国の礼を以ってビクトール先輩の御霊を見送るオレ達。
そして、そんなオレ達に倣い、観戦席にいる面々も同じように左胸へ拳を当てていた。
オレ達を含め、その表情はみな複雑だ。
覚醒魔王という強敵を被害者ナシで討伐したという快挙。しかし、その覚醒魔王の触媒にされていたのが学友であったという現実。
各々が様々な葛藤の中、その複雑な表情へ順番に目をやっていくオレ。
そして、最後の一人――第四王女殿下の悲しげな笑みを眼に捉えた瞬間、オレの視界はそこで一気にブラックアウト。
両足から力が抜けて膝から崩れ落ち、そのままオレの意識は完全に闇へと落ちていった……