第五十二章 先に地獄で……①
数十本――いや、百にも届く数の触手が突き刺さるオレ達の身体。そして、まるで戦利品を見せびらかすように、その血まみれの身体を持ち上げていくクラゲ達。
真っ赤な雫が触手を伝い、ポタポタと流れ落ち地面をドス黒く染めていく。
「くくっ……ははっ、ひゃはははははははーーーーっ!! ツチミカドォォォー! ツチミカドォォォォォォーーーッ!!」
覚醒魔王と化したビクトール先輩の狂気を孕んだ笑い声が、闘技場中に響き渡り――
『きゃあぁぁぁぁぁーーっ!!』
『いやぁーーっ!? アキラ様がっ!? アキラ様がぁーーっ!!』
『エ、エミリア軍曹殿ぉーーーーっ!?』
学生会コンビや聖女さま親衛隊、トーナメント敗退メンバー達の悲鳴と慟哭がこだまする。
しかし、そんな中――
『おいおい、アキラ……その手口、何度目だよ?』
『ホント。正直、ちょっと見飽きたわ』
そう言って、ファニとエウルは口元に笑みを浮かべた。
いや、口元に笑みを浮かべているのは二人だけではない。
帝釈天像の後ろではソフィアが安心し切った表情で微笑み、その後ろに控えるメイド姉妹もダメ出し時の表情からは一転。軽く瞳を閉じ、静かに笑みを浮かべていた。
「アリアさん、リリアさん、ありがとうございます。ナイスアシストでした」
オレが先輩の背後からそう口にすると同時に、クラゲ達に持ち上げられた血まみれの死体がフッと消え、代わりに穴だらけになった人型の和紙が二枚。ヒラヒラと地面へ落ちて行く。
『いえいえ』
『礼にはおよびません』
『ふむ。礼を言われる程ではないわ』
いや、エロ性剣。お前には言ってない。
そう。口元笑みを浮かべているのは、何度か作戦を共にした事があり、オレの手の内をある程度知っている者たち。
そして、オレや明那の十八番とも言うべき戦術。変わり身から気配を消して背後を取る戦術を良く知る者たちだ。
ちなみに、メイド姉妹へ"ナイスアシスト"と言ったのは、さっきのダメ出しの件である。
あからさまな一点突破から突進突きの構えを取ったオレと明那。
サンディ先輩を初め、聖女さまの親衛隊やトーナメント敗退メンバーは、それを見て一か八かの特攻をかけると思った事だろう。
とはいえ、理性と共に思考能力も低下している覚醒魔王。弱点を集中攻撃されれば本能的に守りを固めるだろうが、オレ達の構えから次の攻撃手段を予測出来るかと言えば、かなり怪しい。
そこで、村正とメイド姉妹はオレへのダメ出しと言うカタチを取り、ビクトール先輩へその構えの意図から迎撃方法を分かり易く伝えたのである。
そして、思考力の低下しているビクトール先輩は、それを疑う事なく実行し、まんまと変わり身に引っ掛かってくれたという訳だ。
前方の守りへクラゲ達を集結させている為、背後が完全にガラ空きとなっているビクトール先輩。
とはいえ、螺旋の傘を作っていた明那と、二人分の身代わり人形を作り出していたオレ。
霊力は完全にガス欠状態で、ロウソクの灯火程度の炎すらも出せない状態だ。
ただ、それでもオレには――いや。オレ達には、先輩の体内に埋め込まれた魔琥珀を砕く手段がひとつだけ残っているのだ。
目の前で起きた光景があまりにも想定外で、呆然と立ち竦んでいたビクトール先輩。
そして、サンディ先輩達の悲痛な表情が歓喜の表情へと一転してからワンテンポ――いや、数テンポ遅れでようやく我へと返ったビクトール先輩。
「ツチミカドォォォーーーーッ!!」
そして雄叫びを上げながら後ろへと振り返ろうとした瞬間。オレ達は先輩の左腰へと右手のひらを当てた。
「明那。今回は手加減なしでいいぞ」
「ガッテン承知の助っ!!」
明那が楽しそうに口元へ不敵な笑みを浮かべると同時に、オレ達は右足を踏み出し、大地を力強く踏み締めた。