第五十一章 ウィークポイント④
『うむ。対する海月擬きどもの布陣を見るがよい。先ほどのクナイでの牽制……少々威嚇が効きすぎたようじゃ』
村正の言葉にサンディ先輩をはじめ、観戦席にいる全員が視線をオレ達の方へ――正確には、オレ達の眼前へと集まって来るクラゲ達へと向けられた。
闘技場中に散っていたクラゲ達。それが先ほど上げたビクトール先輩の雄叫びに吸い寄せられ、先輩の前方へ壁を作るように集まって来ているのだ。
しかも、雄叫びと共にビクトール先輩の発した濃密な妖力を浴び、全てのクラゲが黒い半透明から赤黒い身体へと変色しているし……
逆にこちら牽制するよう、散発的に触手を伸ばし攻撃してくるクラゲ達。
当然、明那の広げた風の傘に弾かれ、その触手がオレ達に届く事はないが……
『まるでファランクスだねぇ……』
相手方の陣形を見て、ぽつりと呟く明那。
黒いクラゲと赤黒いクラゲの違い。そう、それは攻撃手段である。
柔軟性のある触手を鋭い鞭のように振るう黒いクラゲに対し、硬化させた触手を伸ばし、槍のように突き刺してくる赤黒いクラゲ。
確かに、密集陣形で守りを固めながら槍を伸ばしてくる戦術は、古代ギリシャ軍が多様していた陣形――ファランクス陣形のようではある。
まっ、古代ギリシャでは守りではなく、攻め手として使っていたようだけど。
『確かに聖剣様の仰る通り……あの厚い壁を切り裂いて突進して行くなど……』
『わたくし達にも、アキラ様らしからぬ穴だらけで無謀な作戦に思えます……』
そんなクラゲのファランクス陣形へと今にも突進していきそうなオレ達を見て、実戦の経験のある――実際の戦場を知るメイド姉妹が揃って眉間へ皺を寄せた。
『そうですか……? アキナちゃんの風の傘なら、プカプカ浮かんでるだけのクラゲなんて簡単に吹き飛ばせそうですけど……』
穴だらけで無謀な作戦……
そう主張したメイド姉妹の言葉に、今度はエウルが眉間に皺を寄せ、首を傾げる。
『確かに……あの螺旋状に吹かせた強烈な疾風なら、その直線上の敵を蹴散らす事は出来るでしょう……』
『しかし――』
メイド姉妹の解説の途中。風の回転数を最高潮へと達しさせた明那が、横目に準備完了のアイコンタクトを送って来た。
一度軽く目を伏せてから、目標のビクトール先輩を視界の正面に収め大きく息を吸い込むオレ。
「カウントダウンはなしだっ! 行くぞ、明那っ!!」
「アイアイサーッ!!」
明那の返事と同時に、オレ達は地面を蹴り走り出した。
「おりゃおりゃ~っ! 寄るな触るな、弾けて飛ぶぞぉ~っ!!」
どこぞの柔道漫画みたいな事を言いながら一直線に、比喩ではなく実際にクラゲ達を弾き飛ばしながら、楽しそうに走る明那と、そのすぐ後ろを前傾姿勢で追従するオレ。
終点である先輩までの距離は約50メートルほどだ。
運動部女子高生の50メートル走の平均がだいたい8秒代半ばくらいだそうだが……このペースなら、多分5秒を切るだろう。
クラゲの壁の中を、まるで無人の野を駆けるが如く疾走するオレ達。
そんなオレ達の耳にはメイド姉妹の声が――穴だらけで無謀な作戦と主張した見解の続きが届いていた。
『一点突破で敵陣の中へ、しかもあの厚い壁のような密集陣形の中へ飛び込めば、攻撃は四方八方から飛んで来る。対して、アキラ様達の防御は前面に集中させ過ぎていて、側面と後方の守りが疎かになっています』
『左右の守りも回避運動もなく、一直線に敵陣を切り裂いて進むなど、側面から攻撃してくれと言っているようなもの……はっきり言ってアキラ様らしからぬ愚策です』
メイド姉妹の痛烈なダメ出し。
まっ、一点突破の相手が人間であったなら、あの二人もそんなダメ出しはしなかっただろうな。
人の手による側面からの剣槍攻撃なら、オレ達はその刃が届く前に間合いの外へと駆け抜けられるし、メイド姉妹もオレ達のその速さはよく知っているはずだから。
しかし、今回の敵は理外の生き物。
その攻撃手段は伸縮自在にして、弓よりも速く伸びる槍のような触手……その速さと間合いの長さは、剣や槍の比ではないのだ。
愚策とバッサリ言い切られたオレ達の攻撃。
そして、メイド姉妹の言葉が正しかったと言わんばかりに、両サイドから槍のように鋭い触手が一斉に襲い掛かって来る。
オレ達の身体中を掠めながら切り裂いていく触手と舞い散る血飛沫。
そしてゴールまであと10メートルを切った頃。赤黒いクラゲの触手が、明那の右手の二の腕と踏み出していた左の膝を穿いた。
「っ!? ……ぐっ!!」
バランスを崩しながらも懸命に堪え、倒れまいと何とか踏みとどまる明那。
オレはその姿に目を見開き、苦悶の表情を浮かべる我が最愛の妹の名を叫んだ。
「あきっ――ぐがっ!?」
いや、叫ぼうとした……
しかし、オレはその名を最後まで発する事は出来ず、代わりに口からは大量の鮮血が吹き出した。
そう、右腕を穿かれた事で、明那はその手にあった細身の剣を手放してしまったのだ。
正面を守っていた強固な風の盾。それを失った事で、無数の触手がオレの身体を――オレ達の身体を穿いていく。
「おにぃ……ちゃ……」
「あ……きな……」
溢れる鮮血に染まった口で声を絞り出し、お互いに手を伸ばし合うオレ達。
しかし、その指が触れ合う事はなく、糸の切れた操り人形のように、ガックリと身体を弛緩させていった……