第五十一章 ウィークポイント①
とりあえずソフィアからもたらさせた情報――覚醒魔王の弱点から、村正の言う勝ち筋は見えた。
あとは、その勝ち筋をどう実行するのかだが……
『まずわたくし達が魔力探知を行い、魔琥珀の場所を特定致しますので、それまでアキラ様達はクラゲの数を減らしつつ、ビクトール様からの攻撃を凌いで下さいまし』
ソフィアから提案された作戦。『わたくし達』の"達"と言うのが誰を指すのかは分からんが、確か魔力探知とは結構な高等魔術だった気がする。
しかも、魔力の存在を感知するのではなく、魔族となった先輩の体内――魔力の塊の中から魔琥珀という小さな魔力の欠片を探すのだ。
全校生徒の中でもそんな事が出来るのは、神託の巫女姫であるソフィアと魔道科三年主席のサンディ先輩を含めても数人程度だろう。
そして、その筆頭である二人がこの場にいる現状。悪くない作戦ではあるけど――
「いや、大丈夫だ。その魔琥珀とやらはコッチで探すから、ソフィア達は結界の維持に集中しててくれ」
『えっ!? いえ、しかし……』
「大丈夫、大丈夫。すぐ見つけるから」
『は、はあ……アキナ様がそう仰るのなら……』
今ひとつ、納得し切れていないようなソフィアの返し。
とはいえ、魔族の体内から魔力の――妖力の源を探すのであれば、ソフィア達の魔力探知よりオレ達の霊視の方が早いし確実なのだ。
クラゲ達からの攻撃を躱し、先輩から若干距離を取って走り回るオレ達。
魔琥珀が妖力の源であるなら、それは身体を廻る妖気の始発点であり終着点。つまり魔力の心臓部である。
霊視――視界を物質から霊体へと切り替え、視線を先輩へと集中させるオレ達。
まるで毛細血管のように身体中を廻り、流れ続けているドス黒い負の魔力。
そして、その魔力の流れを追い、行き着いた先が魔琥珀の埋め込まれた場所なわけだが……
「「見つけた……」」
ほぼ同時に呟くような声を漏らすオレと明那。
霊視を始めて十数秒。すんなりと見つかった覚醒魔王の弱点たる魔琥珀。
『はっ、はやっ!? もう見つけたの?』
あまりの早さにエウルから素っ頓狂な声が上がり、他の面々からもどよめきの声が漏れ聴こえてくる。
しかし……
『って、弱点が見つかったのに、何で顔顰めてんのよ……?』
そう、斬っても突いても死なない覚醒魔王の弱点を発見したのに、オレ達の顔はまったく晴れていなかったのだ。
「いや……見つかったのは、見つかったんだが……」
「なんて厄介な場所に……」
『厄介な場所……?』
顔を顰めながら愚痴るようにこぼしたオレ達の言葉に、エウル達がキョトンと首を傾げる。
『厄介な場所のう……その様子じゃと、左脇腹辺りかの?』
村正、正解。
そう、魔琥珀が埋め込まれていたのは、村正の予想通り左脇腹。左側の肝臓の近くなのだ。
『せ、聖剣様……? なぜ、左脇腹が厄介な場所なのでしょうか……?』
観戦席に残っている生徒達全員が抱いたであろう疑問。そんな生徒達の思いを代表するように、ソフィアが村正へと問いを投げ掛けた。
『ん? いや、なんて事はない。主に左脇腹への攻撃手段がないだけじゃ』
『なっ!?』
揃って驚きに目を見開くソフィア達。
てゆうかオイッこのエロ性剣っ! さらりと人のウィークポイントを暴露するなっ!!
ここにいるはソフィア達だけじゃなくて、他国のスパイもそこかしこに隠れてるんだぞっ!
とはいえ、村正の言う通り。オレには左脇腹に対する攻撃手段がない。
そりゃあ、小手先の斬撃で良ければ打つ事は出来るだろう。しかし、この安物の剣で、肉体が強化されているビクトール先輩の脇腹へと埋まる小さな琥珀を砕けるだけの斬撃を打てるかと言えば、それは不可能だ。
とある超有名な漫画でも言っていたので知っている方も多いと思うが、斬撃の種類とは大きく分けると九種類しかない。
まず、真っ直ぐ真上から打ち下ろす『唐竹』から始まり、『袈裟斬り』『逆袈裟』『右胴』『逆胴』『右斬り上げ』『左斬り上げ』そして真下から斬り上げる『逆風』最後に真っ直ぐ最短を穿く『突き』。
と、この九種類である。
まあ、種類という意味では、確かに間違いではない。
ただ、真剣での斬り合いにおいては『逆胴』と『左斬り上げ』が使われる事はほどんどないし、江戸時代以前の実戦を想定した剣術の流派には"型"すら存在しない場合が多い。
そして御多分に漏れず、やはりオレの使う神道夢幻流にも逆胴と左斬り上げの型は存在すらしていないのだ。
理由は幾つかあるが、大きな理由は二つ。
まず一つ目が日本刀の特性にある。
世界的に見ても、最高峰の斬れ味を誇る日本刀。業物の刀を達人が振るえば、人の胴体など二、三人まとめて両断する事が出来る。
だがしかし、その扱いの難しさも世界最高峰。ブスの素人が振るった刀では、藁を束ねただけの巻藁すら斬る事が出来きないばかりか、逆に刀が折れてしまう事すらあるのだ。
この違いが何処から来るか?
一番の要因は刃筋がたっているかどうかである。
刃筋――刃と峰を結んだ線の方向。この線と刀を振った方向とが一致する事を『刃筋が立つ』もしくは『刃筋が通る』という。
つまり日本刀は、刃筋が通っていれば脅威の斬れ味を叩き出すが、僅かでも傾けば、途端に斬れ味が鈍ってしまうのだ。