第九章 家族会議 01
さて、今日はトレノっちが目を覚ました日の翌日。
そして時刻は、昨日オレが気絶した時刻とほぼ同じ――つまり閉店後。
扉にCLOSEの札が掛かった店内には、オレを中心として両隣にはステラとラーシュアが席に着き、テーブルを挟んで反対側には姫さまとトレノっちが腰をかけている。
そう、今まさに家族会議が開かれようとしているところだ。
ちなみに本日の議題は――
「うむ、ワシの腹に居る子の父親は誰かと言う話じゃな?」
「シ~ズ~ト~さ~ん……」
「ちょっ、バカッ! ラ、ラーシュアお前っ! オレの命に関わるような冗談、気楽に言ってんじゃねぇーよっ!!」
てゆうかステラも、こんな冗談を真に受けないでくれ……
「ふむっ。シズト達は、いつも楽しそうだな」
「単に大人気ないだけなのでは?」
「てぇーっ! 何をのん気に茶ぁー飲んでくつろいでんのっ!? あんたらの為に時間取ってんだぞっ!」
「おおっ!? そうであったな」
そう、本日の議題は、姫さま達が食べた懐石料理の支払いについてである。
先日、姫さま達が懐石料理を食べてから丸二日。未だ料金が支払われていないのである。
それというのも、トレノっちが盗賊に襲われた時に遠征費の全てを奪われたそうで、姫さま達は文無しなのだそうだ。
「それで姫さま。今回の支払いはどうするつもりだ?」
「その事なんじゃが――明後日の夜には軍の本隊が到着するで、それまで待ってもらえんじゃろうか?」
姫さまの言葉に、オレとラーシュアは顔を見合わせ肩をすくめた。
「シズトさん。お姫さまが料金の踏み倒しなんてするワケないですし、待ってあげてもいいんじゃないですか?」
「まあ、事情が事情だから、待ってやりたいのは山々なんだけど――」
「出来れば、変な前例は作りたくないのぉ」
ステラの提案に、否定的な意見を述べるオレとラーシュア。
「前例……?」
「そう、前例じゃ――」
首を傾げるステラに、ラーシュアはゆっくりと語りかける。
「ステラよ……お主の養父がここで酒場をしておる頃。ツケで酒を飲ませたりしておったか?」
「えっ? え~と……してなかったよ」
「じゃろ? もし一人でもツケの前例を作ったら、他の者達もツケツケと言い出してキリがなくなるのじゃ」
「そしてこちらが、身元が確かだからだとか常連だからぁ――なんて言えば、今度は贔屓だ不公平だと騒がれる……」
気怠げに頬杖を着いて、ラーシュアの説明へ補足をするオレ。
まあ、騒いでくれるクレーマーなら、まだ対処のしようがあるのだけど……
正直、一番怖いのは、日本人の気性特有のサイレントクレーマーだ。
コイツラは直接店員には文句を言わず、パタリと来るのを止めたりする。
それだけならまだいいが、質の悪いのになるとSNSや○チャンネル、口コミサイトなんかで、ある事ない事を散々と言いふらしたりするのだ。
店側からすれば、知らぬ間に客足が減るというマイナスの影響が発生させる、とても厄介な存在だ。
「つまり、王族だろうが一見さんだろうが、平等にもてなすし、出来る事と出来ない事の線引きを明確にする。それが円満な経営のコツじゃ」
「もっとも、この店の経営者はあくまでステラだ。だからステラが待つと言うなら、オレ達は従うだけだけど」
「そ、それは……」
口ごもるステラ。
ちょっと意地悪な言い方だったけど、ステラはまだ経営初心者だ。だからもっと、色んな事を学んで欲しい。
「う~む~、商いというのも、奥が深いモノなのじゃな……」
「何を他人事みたいに言ってんの? てか、今は領主の屋敷に居るんだろ? なら領主に借りたらどうだ?」
一万ベルノといえば庶民には確かに大金かもしれんけど、領主なら簡単に用意出来る金額だろ?
「ふむ、それも考えたのじゃがな……」
「我々は建前上、進軍の先触れとして来ている。軍の進行に際して、その支援をするのは領主の義務だが、金の無心となると姫さまの個人的な借りになるのだ」
「まあぁ、その~、なんだ……正直、カルーラ伯爵には、あまり借りを作りたくないのじゃ……」
視線を逸らし、困り顔の姫さま。
なんだか姫さまらしくない、歯切れの悪い話し方だな……
「何か、借りを作りたくない訳でもあるのか?」
「うむ……前々からのぉ……その~、カルーラ伯爵から長男――レビン氏との縁談をだな、打診されておって……な」
オレはその一言で、全てを理解した。
ちなみにステラは困った笑顔を浮かべ、ラーシュアに至っては全身に鳥肌を立て、青ざめた顔で身を震わせていた。
「ソナタ達も、彼の噂ぐらい聞いておろう?」
噂どころか、身に沁みてよく知っている。
アクシオ・カルーラ伯爵家の長男、レビン・カルーラ。
一見すると爽やか系の好青年だが、正体は真正のロリコン――いや、もう小児性愛者の域に達しているペド紳士だ。
一時期はラーシュア目当てで、毎日店に来ていたし……
そんなペド紳士の猛アタックも、最初はのらりくらりと躱していたラーシュア。
しかし、床に這いつくばりスカートの中を覗こうとした事にブチ切れたラーシュア。股間を蹴り上げ、口にワサビの塊をネジ込み、仕上げに全裸で亀甲縛りに縛り上げて叩き出して以来、顔を出さなくなったけど……
仮にも相手は伯爵公子だ。どんな仕返しがあるかヒヤヒヤしていたが、意外にも相手の方から今回の件はなかった事にして欲しいと言って来た。
まあ、伯爵公子が小児性愛者で、なおかつ幼女を襲って返り討ちにあったなど、公にはしたくないのだろう。
しかも、王家との縁談も考えていたなら尚更だ。
「それにあの男。そこそこ美男子なのも質が悪い――あの爽やかな笑顔を浮かべられ、夜毎ベッドの上で『さあ、オムツを替えまちょうね~』とか『どうちまちた? ポンポン痛いでちゅか~? じゃあお注射しましょうねぇ』などと赤ちゃん言葉で言われてみろ? 妾はひと月と保たずに精神が崩壊するぞ」
「わ、私も……そのような事になれば、騎士の誇りをかなぐり捨てて跪き、許しを乞うてしまうかも知れません……」
そ、そこまでか……? やるなっ、ペド紳士。
「第四王女の婚儀なぞ、政略結婚と割り切ってはいるが……それでも、レビン氏との結婚などは勘弁して貰いたい。彼奴と結婚するくらいなら――」
と、ここで、いきなり姫さまの動きが止まった。
呆然とした顔で、コチラを眺めながら静止する姫さま……
「ひ、姫さま……? 如何なさいました? 姫さまっ?」
「もしかして……想像しただけで、精神が崩壊したんじゃないですか?」
「な、なにっ!? 姫さまっ!姫さまーっ!!」
いやいや――もしそうなら、あのペド紳士最強過ぎるだろ。
しかし、そんな的外れなステラの推測を真に受け、慌てて姫さまに呼び掛けるトレノっち。そして、その呼び掛けが届いたのかどうかは分からんが、姫さまはポンっと手を叩いて呟いた。
「良い事を思いついた……」
「良い事?」
すっかりぬるくなったお茶を啜りながら、姫さまの呟きをオウム返しに聞き返すオレ。
「うむっ! ツケの前例を作りたくないのであれば、支払いを待たせる事に対する、対価を払えばよかろう?」
「対価ぁ? 例えばなに? いま穿いてるパンツとか――って、ステラちゃん、痛い痛い……」
オレの足をグリグリと踏むステラ。軽い冗談のつもりだったのに……
ステラから視線を逸らすようにお茶を啜るオレを見て、姫さまは口角を上げ、ニヤリと笑った。
「シズトが妾の身体を好きにしても良い――というのはどうじゃ?」
「ぶうぅぅーーーーーーっ!!」
姫さまの提示した対価に、思わずお茶を吹き出すオレ。
そんな、咽るように咳き込み、声の出せないオレの代わりに声を上げたのは――




