第四十八章 黒き海月の群れ③
放送席へと目を向けたが、そこはすでにもぬけの殻。
まあ、一人で動く事は出来ないわけだし、何より放送として声が届いているわけだから、マイクを持った学生会のメガネっ娘さんと一緒に避難を始めたのだろう。
観戦席の避難状況は残り三割といったところ。
まだ、そこそこの人数が残っているし、今はそこから探し出す余裕などない。
てゆうか、マイクを通して声が聞こえているわけだから、無理に探す必要なんてないしな。
「それでっ! その核っていうのは何だっ!?」
『ふむ。妖力を凝縮した無数の黒い珠の中に一つ、見た目は同じじゃが、指示役をしておる珠がおる』
「指示役……だと?」
『そうじゃ。彼奴ら黒い珠を消費し、欠損部位を再生しておると言うたじゃろ? して、その黒い珠に指示を出しておる珠が指示役の珠であり、核となっておる珠じゃ』
なるほど。指示役……つまり司令塔であり頭脳でもある珠。人間でいうところの脳みそにあたる物か。
「つまり、頭部に詰まっている黒い珠の中から、その核となっている珠を見つけだして、破壊してやれば――」
明那は左手に持つ鞘で触手を払いつつ、右手の剣で触手を斬り落としながら手近なクラゲの集団に突進。
そのままクラゲ達の頭部へ素早く剣を突き刺すと、明那は間合いを取るように後ろへと飛んだ。
「――こうなるわけと」
逆手三段突きのヒットアンドアウェイ。
距離を取り、不敵に口元を綻ばせる明那の前で、三匹のクラゲが黒い霧となり霧散していった。
『う、うそ……あの無数にある珠の中から、どうやって核となる珠を……』
放送用スピーカーから漏れる、学生会メガネっ娘さんの声。
どうやら、村正と一緒にいるのは間違いないようだ。
どうやって核となる珠を……か。
オレは触手を躱し、ビクトール先輩から逃げるように動いていた足を止めて急反転。先輩の方へ向け、一足飛びに間合いを詰める。
カウンターを合わせるように突き出される、ビクトール先輩の鋭く長い爪。
その突き出された手の甲に左手を着き、体操競技の跳馬の要領――側転跳び1/4ひねり後方抱え込み宙返り、技名で言えばツカハラの要領で身体を回転させながら先輩の頭上を飛び越えていく。
そのまま空中で、先輩の後ろにいた三匹のクラゲをロックオン。素早く視線の焦点を切り替えるオレ。
明那が無数にある珠の中から、どうやって核となる珠を見つけられたのか?
あの黒い珠が妖力を凝縮し、結晶化させた物だというのであれば簡単な事。ピントを物質から魔力へと切り替えるだけ。霊能者が人の目には見えぬ物や人ならざる者、霊体を視る感覚――いわゆる霊視である。
ピントを切り替えて霊視をする事で、凝縮された妖力の塊である珠は暗い漆黒の影に。妖力をあまり含んでいない司令塔である核は暗い灰色に。ちなみに霊力は青味を帯びた白系の色に見えるのだ。
オレはロックオンした三匹のクラゲの核を即座に見つけ出すと、降下しながら素早くそこへ剣を突き刺していく。
そう、本業が陰陽師であるオレ達にとって、霊気妖気を見極める霊視はまさに生業のひとつである。
そしてピタリと着地を決めてみせるオレの背後で黒い霧となり、消滅していく"二匹"のクラゲ――
「うおっ、危なっ!?」
しかし、綺麗な着地の余韻に浸る間もなく、オレの背中を突き刺すように触手が伸びるてくる。
ロックオンし、剣を突き刺したクラゲは三匹。しかし、霧散したクラゲは二匹だけ。
つまり、一匹仕留め損ねたのだ。
「ちっ!」
オレは一つ舌打ちをしてから無跳躍のシライ2――前方伸身宙返り3回捻りで触手を躱しつつ素早く体勢を整え、他のクラゲ達に囲まれないよう走り出した。
えっ? 無跳躍なら、地面を横に転がっただけだろうて?
ええ、まったく持ってその通り。芋虫みたいにゴロゴロとブサマに転がっただけですけど、それがなにか?
開き直り、何事もなかったかの如く無数の触手を躱しながら、先輩の注意を引きつけるように走り続けるオレ。
「ぷ~っ、クスクスッ。一匹、仕留め損ねてやんの♪」
周囲のクラゲ達を次々と黒い霧へ帰しながら、愉快そうに笑う明那。
「いや、オレは悪くない。この剣が悪い」
先輩の振り下ろされる爪を剣でいなしながら、鼻で笑う明那へハッキリと言い切るオレ。
クラゲというのは身体の90%以上が水分である。そしてこのクラゲ擬きも、おそらくは大部分が水分のようだ。
そう、例えるならクラゲの頭部に漂う黒い珠は、まさにミルクティーの中を漂うタピオカのようなものであり、核となる珠はそこに一つだけ混ざっているイクラのようなもの。
つまり核を潰すというのは、ミルクティーの中にある大量のタピオカの中からから一粒のイクラを見つけだし、そこへ素早く串を突き刺して破裂させるようなものだ。
そして更に例えるなら、明那の持つ王家の宝剣はよく研磨されている鋭利な金串。対して、オレの持つ量産型の剣は焼き鳥屋の使用済み竹串のようなもの。
さっきまで炭火でねぎまを焼いていたような竹串で、ミルクティーの中に漂うイクラを三個中二個も潰したのだ。
むしろ褒め称えられて然るべきだろう!
だが、しかし……
「お兄ちゃん……弘法、筆を選ばずだよ」
「ぐぬっ……」
そんなオレの思いを、呆れ顔でバッサリと斬り捨てる我が妹。
いや、しかしだなっ! 実際の弘法大師は、筆を選びまくって最高級の筆ばかり使っていたんだぞ。
遣唐使として大陸に行った時には、筆を作る工房で優れた筆の作り方を習って来たという逸話もあるし。
などと、ちょっと知的な反論をしてやりたかったが、残念な事に今はそんなうんちくを披露している余裕などない。
何より、先輩も覚醒魔王の大きな力に身体に少しずつ慣れて来たのだろう。振り回されて体勢を崩す事が、随分と減ってきている。