第四十七章 覚醒魔王③
「明那、霊力はどの程度回復してる?」
「いいとこ二割弱かな。お兄ちゃんは?」
「同じようなもんだ」
怪我と体力の回復を優先していた為、ほとんど回復していない霊力。
更にマナが汚染され、霊力の回復が出来ない状況。この二割を使い切ったら、そこでジ・エンドである。
「ソフィア、サンディ先輩……オレ達が動いてビクトール先輩の気を引きますから、その間に反対側の入場口からみんなを連れて逃げて下さい」
「あのナルシー先輩の第一目標は、私達みたいだしね」
「えっ……?」
オレ達の出した提案に、目を丸くするサンディ先輩。
いや、ソフィアを除き、その場にいる全員が目を丸くしていた。
「し、しかしアキラ様……怪我も完治しておらず、ましてや魔力が二割程度しか回復していない状態のお二人を残して逃げるなど……」
戸惑い気味に発せられたサンディ先輩の言葉。そして、ファニやエウルをはじめ、多くの者がその意見に賛同するよう、オレ達に厳しい目を向けていた。
しかしそんな中……
「いいえ。ここはアキラ様の言う通りにいたしましょう」
普段の穏やかな笑顔から一転。重々しい表情を浮かべた第四王女からの、サンディ先輩に対する反対意見。
真っ先に賛成しそうだと思われたソフィアの反対意見に、その場にいた全員が驚きの目を向ける。
「し、しかし、ソフィア様っ!? お二人は体調が――」
「アキラ様達の体調が万全ではなく、魔力も枯渇しているからこそですっ!」
サンディ先輩の反論の言葉。しかしソフィアは、その言葉を遮るように言葉を被せた。
「サンディ様の魔術。そしてファニ様、エウル様の武勇を愚弄するつもりはありません。ただそれでも、わたくし達が束になったとて、疲弊したお二人の足元にも及ばないでしょう」
いや、ちょっと自己評価が低すぎないか、ソフィア?
それと、サンディ先輩とエウルはともかく、ファニの武勇は愚弄していいぞ。むしろ、もっと言ってやってくれ。
「そんなわたくし達が残ったとて、お二人の足手まといにしかなりません。であれば、わたくし達はわたくし達が出来る事をし、お二人が心置きなく戦えるようサポートするのが務めではありませんか?」
冷静に状況を俯瞰したソフィアの言葉。その、言い返す隙のない完璧な正論に言葉を詰まらせ、口を噤むサンディ先輩。
「ま、まあ、確かに……パニックを起こしている生徒達の鎮静化も学生会のメガネさんだけでは心許ないし、何より覚醒魔王が出たとなれば街の人達の避難誘導も必要だ。それに、万が一に備えての第二防衛ラインの構築にも人手が必要になるだろうし……」
「ちょっとファニッ! 第二防衛ラインって何よっ!? アキラやアキナちゃんが、あんな変態ナルシストに負けるって言うのッ!?」
「い、いや、だから万が一だよ……」
「万が一でも不吉なこと言うなっ、バカッ!!」
エウルに食って掛かられ、後ずさるファニ。
いや、エウルよ。万が一の備えは大切だぞ。確かにファニの武勇は愚弄していいレベルだけど、そういう冷静な判断が出来るところ、オレはケッコー買ってるし。
「アキラ様、アキナ様。お二人の後ろにはウェーテリード王国の全軍が控えております。雑事は全て我らに任せ、お二人は後顧の憂いなく戦いに集中して下さいませ」
ソフィアは一歩後ろへ下がると、スカートの裾を摘み、厳かに頭を下げた。
「ああっ、後の事は任せた」
「はい、お任せ下さい。それと……必ず勝って下さいとは申しません。ただ、必ず生き延びて下さい。生きてさえ頂ければ、どんな怪我でもわたくしが治してみせますから」
「そいつぁあ、心強いな」
不安や恐怖を押し殺し、平静を装うソフィア。
王族の責務として、年不相応な気丈さを見せる妹の親友。
オレは、その不安を少しでも和らげられるよう、努めて明るい笑みを見せながら、目の前で下げられた綺麗な白金髪の髪へ優しく手を乗せた。
さて、二人で打って出ると決まったは良いが、状況は最悪に近い。何より、対魔王戦において頼みの綱である聖剣が手元に無いのが痛い。
そんな事を考えながら、飛び出すタイミングを計るよう横目にビクトール先輩へと視線を向けるオレ。
「ほれっ、持ってきなよ」
「おっ……」
と、そんなオレに向け、ファニは自身の腰に佩いていた幅広の剣を放り投げてきた。
「いくらアキラが勇者つっても、覚醒魔王を相手に素手じゃあ分が悪過ぎる。まっ、家宝の剣でもなければ名剣でもない安物だけど、ないよりはマシだろ?」
「ファニ……」
「いいか? 貸すだけだぞ。それにいくら安物と言っても、貧乏男爵家の三男坊が、なけなしの小遣い叩いて買った剣だからな。絶対、返してくれよ」
なにやらバトル漫画で、決戦に赴く主人公に対する”ヒロインお約束のセリフ”みたいな事を言い出すファニ。
確かに気持ちはありがたいが、この場には女子が10人近くいるのだ。
できる事ならそういうセリフは、女性陣からお気に入りのリボンや髪飾り、ペンダントなんか(無ければパンツでも可。いや、むしろ推奨)を手渡されながら言われたかったけどな。
「では、アキナ様もわたくしの剣をお持ちになって下さい」
「えっ、いいの?」
「はい。覚醒魔王と化した彼の方を相手するに、間合いの短いクナイだけでは心許ないでしょう」
そう言って、明那の方へ護身用に佩いていた細身の剣を差し出すソフィア。
「ソフィアちゃん……」
「聖剣様とは比べるべくもありませんが、それでも王家に伝わる宝剣です。ぜひお役立て下さい」
「ありがとう、ソフィアちゃん。絶対に返すからね」
「いえ、剣などよりアキナ様のお身体の方が大事。いざという時には剣など捨てて、御身を第一に考えて下さいまし」
優しい笑み浮かべるソフィアから、明るい笑みを浮かべて剣を受け取る明那。
その、若干百合百合しくも微笑ましい光景を前に、オレも少しだけ頬を緩ませた。
「どっかの男爵家の三男坊に聞かせてやりたいセリフだな」
「うるへぇ。文句言うなら返せ」
聞こえるように呟いた、オレの皮肉が効いた独り言に眉尻を上げたジト目を返すファニ。
「てゆうか、アキナちゃんって普通の剣も使えるの?」
明那が普段使いしているクナイの類似品――短剣を使うエウルの口から漏れる素朴な疑問。
まあ、明那は滅多に剣は使わないし、騎士学園に留学してからは使った事ないからな。
「ん~んっ……あんまり長すぎる剣は得意じゃないけど、細身の剣なら、仕込み杖と同じ要領で使えますから」
「しこみ……づえ?」
「杖に偽装した暗器の事です。ただ、杖の中に剣を仕込む訳ですから、刀身は細身で、普通の剣より若干短めの直刀――ちょうど、この剣と同じくらいのサイズになるんですよ」
そして、暗器である仕込み杖は暗殺にもよく使われるため、土御門の人間として、その扱いは嗜みの一つでもある。
昔はよく、明那に仕込み杖の使い方を教えてやったなぁ。明那のヤツ、逆手居合いが上手く出来なくて、よく泣いてたっけ……
――って!? ほのぼのと昔を懐かしんでる場合じゃねぇしっ!!
「はいっ、お喋りはそこまでだ。そろそろ動くぞ」
仲良し兄妹の想い出を懐かしんでいた事など棚の上に投げ飛ばし、真剣な表情で明那とエウルの会話に割って入るオレ。
「とりあえず、オレと明那がビクトール先輩に奇襲をかけるから、それと同時にソフィア達は反対側の入場口の方へ走る。それでいいな?」
「はい。分かりました」
ソフィアの返事と同時に、全員が表情を引き締め、大きく頷いた。
いや、これは引き締まった表情というよりは、緊張で硬くなった表情というべきか?
まあ、それも仕方ないか。
脱出組の難易度はそれほど高くはないけど、ほとんどの生徒――特に治癒術師の娘たちは、リアルに生命のかかったミッションなんて初めてだろうし。
オレは少しでも緊張が解れるよう頬を緩ませ、みんなを安心させるよう軽い笑みを見せる。
そして、ファニから借りた剣を抜き、立てた石畳の陰からビクトール先輩の方へと目を向けた。
ビクトール先輩までの距離は約5メートル強と、もう目と鼻の先。オレや明那なら一足飛びに斬りかかれる距離である。
オレは明那と目を合わせてアイコンタクトを取り、お互い小さく頷き合ってから、間を取るようにゆっくりと息をはく。
「それじゃあ、カウントダウンいくぞ――――3・2・1・0っ!!」
ソフィア達が走り出すのを背中越しに気配で確認すると同時に、オレ達は立てた石畳の上へと飛び乗った。