第四十七章 覚醒魔王①
『只今、両選手の治療を行っております。表彰式は治療が終わりしだい行いますのでしばらくお待ち下さい。繰り返します。只今、両選手の――』
繰り返し闘技場に流れる放送の音声。
とはいえ、その声は先程までの声――実況をしていたサンディ先輩のモノではなく別人の声だ。
というのも、サンディ先輩は放送席からコチラの方へと降りて来て、オレ達の治療に参加しているからである。
この声は多分、サンディ先輩の取り巻きメガネっ娘さん。確かリズベットって言ったかな? 彼女の声だろう。
隣で横たわる明那の周りにではソフィアを筆頭に四人の治癒術師が取り囲み、そして同じように横たわるオレの周りにはサンディ先輩を筆頭にした三人の治癒術師が取り囲んでいる状況。
仰向けに横たわるオレ達へと手のひらを向け、制服の短いスカートで片膝を着き治癒術を行使しているサンディ先輩達。
ふむ……
中々に悪くない光景だ。
あえてドコを注視いるかは付言しないが、治癒術を行使している三人へ向け、交互に視線を這わせいくオレ。
薄紫色のシルクに小さめのフリルに細やかなで繊細な刺繍……
さすがはサンディ先輩。セクシーでありながらも下品さを感じさせない――いや、むしろ清楚さすら感じさせる至高の一品だ。
オレは心の中で唸りながら、反対側に片膝を着く名も知らぬ女生徒二人へと目を移していく。
白地にピンクのストライプと、同じく白地に朱色のチェック柄……
ストライプとチェック――シンプルかつ定番なデザインでありながらも、なぜか男心を惹きつけて止まない究極のツートップ。
正に至高対究極の対決。
サンディ先輩を超高級なおフランス料理だとすれば、モブっ娘二人は毎日食べても飽きないお袋の味である。
「ふ、踏みつけたい……あのニヤけ顔を、思い切り踏み潰してやりたい……」
「ま、まあまあ……あれでも一応怪我人なんだから……」
と、なぜか用もないのに降りて来て、引き攣った顔でコチラを見下ろすエウルと、それを困り顔で宥めるファニの二人へと目を向けるオレ。
「ニヤけ顔とは失礼な。今のオレは獲物を狙う鷹が如く、鋭い眼光を放つ程に真剣な――って、うおっ!?」
エウルの口から漏れた謂れない誹謗中傷への反論の途中、オレは反射的に首を右へと大きく傾けた。
直後、黒塗りのクナイがオレの額があった位置へと突き刺さり、隣から「チッ……」という舌打ちの声が聞こえてくる。
正直、避けるのがあと0.5秒遅かったら、脳天に風穴が開いていただろう。
正直、今のはメッチャ危なかったし、メッチャ心臓もバクバクいってるんですけど……
あ、明那ちゃんや……?
殺気を完全に消した攻撃というのは視覚でしか察知出来なくてとても避けにくいから、せめて少しは殺気を滲ませてくれんかのう?
てゆうか、見たかエウル?
ニヤけ顔ではなく、正に獲物を狙う鷹の眼――刺繍の糸一本一本まで識別出来る程に視覚へと意識を集中していたから、何の気配もなく落下するクナイを躱せたんだぞ。
まあ、そんな眼をしていなければ、クナイが落ちてくる事などなかったかもしれんが。
「ってゆーか、サンディ先輩はいいんですかっ!? こんな変態に下着を覗かれててっ!?」
オレからサンディ先輩へと視線を移しつつ、声を荒らげるエウル。
がしかし、当のサンディ先輩はニッコリと微笑むと、エウルへ向け予想の斜め上の答えを返したていた。
「一向に構いません。むしろ望むところとです」
えっ、そうなの?
「勇者様にアピール出来る、またとないチャンス。下着の一つや二つ、減るもんじゃなし……」
「正室や側室なんて贅沢は言わないから、せめてお妾……いえ、最悪は子胤だけでも……」
「………………」
続いて漏れる、ストライプさんとチェック柄さんの微かな呟き声に言葉を失うオレ。
な、なんだろう……?
わざと見せてると言われると、急激にありがたみが失われていく気がする。
いやまあ、それでも見るけど。謹んで拝ませて頂きますけどっ!
というより、オレの意志とか関係なく、視線が勝手にそちらへと引き寄せられてしまうけどっ!
まあ仕方ない。これが男という生き物に生まれたしまった性なのだろう。
ホント、男とは悲しい生き物だな……
オレが悲しき男の性に肩を竦め、苦笑いを浮かべて薄紫のシルクから朱色のチェックへと視線を移した時だった。
「……っ!?」
全身を駆け抜ける悪寒と、まとわりつく不気味な殺気を感じ、オレは――いや、オレと明那は反射的に跳ね起きた。
身構えるように片膝を着き、警戒レベルを一気に上げると、オレは荒地と化した地面に右手のひらを叩き付けた。
「畳返しっ!!」
半壊し、地中へと埋もれていた石畳が音を立てて捲れ上がる。
壊れているとはいえ、二人くらいなら余裕で身を隠せる大きさの石畳。オレ達は咄嗟に気配を殺しながら、その石畳の陰へと身を隠した。
「えっ!? あっ、アキナ様……?」
「ちょ、ア、アキラ……?」
いきなり臨戦態勢を取るオレ達に驚き、呆気にとられるソフィア達。
そんな彼女達の目を丸くした視線の先で、オレと明那は眉間に皺を寄せながら同じ方向、同じ地点に視線を集中させていた。
闘技場の中心地点と西側入場口の真ん中辺りで治療を受けていたオレ達。
そしてオレ達の目は、その西側入場口――扉が開きっぱなしになっていた門へと向けられていた。
門から覗く薄暗い通路。そこへゆっくりと浮かび上がる人影。
身体をフラつかせながら、覚束ない足取りで歩み寄るシルエット……
ワンテンポ遅れて、そのシルエットから発せられる異様な気配を感じ取り、咄嗟に身構えるソフィア達。
通路の暗がりから人影がコチラへと進むにつれて、差し込んだ日の光が足元からゆっくり上半身を、そしてその虚ろな表情を照らし出す。
「ビクトール……さま?」
ソフィアの口からポツリと漏れた呟き。
そう、薄暗い通路を抜け、選手の入場口から姿を現したのは、一回戦で明那に惨敗したビクトール先輩だったのだ。