第八章 乙女の密談 03
シルビアはトレノが海岸に打ち上げられてからのあらましを、ゆっくりとした口調で語り始める。
海岸に打ち上げられたあと、呼吸と心臓が止まったという件では、さすがの王国騎士も顔を青ざめさせた。
しかし、シルビアの話が心臓マッサージの話に入ると、青ざめた顔が徐々に朱色へと変わっていく。
そして、話が核心の人口呼吸の話に入ると、トレノはベッドに潜り込みシーツを頭から被り、身悶えながら奇声を上げ、激しくのたうち回り始めた。
更にダメ押しとばかりに、その行為を何度も繰り返したと聞かされたトレノは、シーツの中で蹲りピクリとも動かなくなってしまったのだった……
「どうじゃトレノよ。心臓の止まった人間を蘇生しようなど、妾達には発想すら出来ん事じゃ」
「…………」
「ラーシュアの話では、日本に住む者なら誰でも知っている事なそうじゃ。それだけ日本という国は、文明や文化が進んでおるのじゃろう」
「…………」
「妾は、ぜひともその知識や技術を王国に取り入れ――って、聞いておるのか、トレノ!?」
「…………」
「もしも~~しっ、トレノっちぃ~」
「…………」
「ダメじゃコレは……」
全く反応を示さないトレノに、どうしたモノかと途方に暮れかけたとき、シルビアとって救いの手とも言うべきノックの音が響いたのだった。
※※ ※※ ※※
隣の母屋から、人のモノとは思えないような奇声が届き、閉店後の後片付けをしていたオレ達の手が止まった。
「い、今のって……」
「トレノっちの声だったな……」
多少抜けたところはあったが、クールなお姉さん系巨乳騎士だと思っていたトレノっちが、あんな奇声を上げるとは……
「私、ちょっと様子を見てき――」
「待て、ステラよ」
エプロンを外し、母屋へと向かおうとするステラをラーシュアが呼び止める。
「お主には、ちと荷が重い。ここは主が適任じゃ」
「なんでオレが……」
「良いではないか。厨房の掃除はワシが代わってやるから」
「ちっ……」
オレは前掛けを外し、不承不承母屋へと向かった。
※※ ※※ ※※
「ラーシュアちゃん。なんでシズトさんが適任なの?」
「ふっ、ステラよ。あの巨乳騎士が、あのような声を出す事柄に心当たりはないか?」
ステラの問いに、小悪魔的微笑を浮かべたラーシュアが逆に問い返す。
「……?」
「おそらく、姫さんが昨夜の話をしたのじゃろう」
「あっ!? ああ……」
最初は首を傾げていたステラは、ラーシュアの言葉に納得し、そして苦笑いを浮かべた。
「でも、そんな所にシズトさんが行ったら――」
「うむ、タダでは済むまい」
「そ、そんなっ!? じゃあ止めないと!」
「待てっ! それで良いのか?」
母屋へ向かおうとするステラを、再び呼び止めるラーシュア。
「お主とて、昨夜の事は快く思っておらんのじゃろ?」
「えっ? えぇ~と、それはまぁ……でも、人の命がかかっているわけだし……で、でも私にもまだなのに、ゴニョゴニョ……」
段々と語尾が下がっていくステラ。
それを見て、ラーシュアは再び不敵な笑みを浮かべた。
「ならば、あの巨乳騎士に打ちのめされた主を見て、スッキリしようではないか」
「もおぉ~、ラーシュアちゃん。趣味が悪いよ」
と、そう言いながらも、母屋へと向かうのをやめるステラであった。
※※ ※※ ※※
店の方で、そんな会話が繰り広げられている事など知る由もないオレは、重い足取りで階段を上がり、姫さま達に貸している部屋の前へと辿り着いた。
ドアの前で一つため息をついてから、ノックをしてドアノブに手をかける。
「お~い、トレノっちぃ~。生きてる、ぐがぁっ!?」
「バカッ! 不埒者っ! 死ねぇ変態っ!!」
ドアを開けた瞬間。罵倒と一緒に飛んで来た土鍋を額に受け、オレは激痛と共に後ろへとひっくり返った。
「ぐぐうぅ~、いててててて……いきなり何すん……だ?」
グラグラする頭を振りながら、上体を起こそうとするオレ。
しかし、そこで信じられない様なモノが視界に飛び込み、オレの動きが止まった。
そう、そこに居たのは、仰向けで倒れるオレの足を跨いで立つトレノっち。
乱れた髪に、耳まで真っ赤にした顔。それだけで人を殺せそうなくらい、怒りに満ちた鋭い眼光。
そして、今にも振り下ろさんとばかりに、高々と持ち上げられたテーブル……
それだけでも、オレの動きを止めるには充分ではあったが、オレの目には更に飛んでもないモノが映っていたのだ。
「ト、トレノっち……テーブルを振り下ろす前に、一つだけ聞いていいか?」
「なんだ? 遺言代わりに聞いてやろう。それと、トレノっち言うな」
オレを見下ろしながら睨み付け、ドスの効いた低い声を発するトレノっち。
そんなトレノっちにオレは、一つ息を飲んでから意を決し、恐る恐る尋ねてみる。
「え、え〜と…………なんで下着を着けてないの?」
「……? ――――――――――!?」
オレの視線を追うように視線を下げ、声にならない悲鳴を上げるトレノっち。
前が大きくはだけた浴衣姿で、足を開き仁王立ちするトレノっちと、それを下から見上げるオレ。
そして、そのオレの目には、巨大な山脈の頂きや決して見えてはいけないモノが、ハッキリと見えてしまっていたのだ。
寝巻き用の浴衣というモノは、細い帯一本だけで留められている。
トレノっちが何をしたかは知らないが――例えば、布団の中でのたうち回ったりすると簡単にはだけてしまうから、注意が必要だ。
まあ、日本人ならそんなの常識なんだけど……
「ん? ああ……ラーシュアが『ゆかた』なるモノの下には、下着を着けないのが作法じゃと申しておったぞ」
上手く声を発せず、口だけをパクパクさせているトレノっちの代わり、オレの疑問にあっけらかんと答える姫さま。
そ、そうか、原因はヤツか…………よし、後で褒めてやろう。
「うむ、謎は全て解けた――それじゃあ、オレはこの辺で――」
「逃がすかっ! 死ねぇぇぇーーっ!!」
戦線を離脱するため立ち上がろうとした瞬間。オレの顔面へと、物凄い勢いでテーブルが叩き付けられた。
轟く爆音と全身に走る激痛。そして、ゆっくりと薄れゆく意識――
しかしまあ、今回はとても良いモノが見れたし、十二分に元は取れたので良しとしよう。
あとは願わくば、目を覚ました後も今見た光景をちゃんと覚えていますように……ガクッ。




