第四十六章 決着①
『ああぁぁーっと!? アキナ様の操る炎の巨鳥が一気に攻勢へと出るっ! アキラ様の大蛇は、このまま押し込まれてしまうのかぁぁぁぁーーっ!?』
コチラの会話など――オレの声など、とても聞こえる状況ではない放送席。
拮抗していた天秤が傾き、一気に朱雀が青龍を押し込め始めるという戦況に声を張り上げるサンディ先輩。
てゆうか、大蛇じゃなくて龍だからな。小さいけど、ちゃんと手足があるだろうに?
まあ、コチラの世界のドラゴンと言えば翼の生えたゴジラみたいな西洋風の竜が一般的で、不思議な玉を7個集めると出てくるような東洋風の龍はいないみたいだし、そう思われても仕方ないのか……
オレは少しだけ肩を竦めると、唯一声が聞こえている――いや、声は聞こえてないだろうけど、唇から言葉を読んでいる明那へと目を向けた。
オレの言葉に、訝しげに眉を顰めている明那。
『三分保たないって……この状況から何が出来るっていうのよ? 朱雀ちゃんに押し込まれている青龍ちゃんを制御しながらじゃあ、新しい術なんて使えないでしょうに?』
確かにその通り。
この状況で新しい術を使おうとすれば、制御が利かなくなった青龍は霧散して、オレ自身が朱雀に襲われるだろう。
そして、天の南方を護りし四神を――炎の不死鳥を相手に生身で、しかもこんな消耗した状態で勝てるなんて思えるほど自惚れてはいない。
そう、状況だけ見れば、オレは完全に詰んでいるのだ。
では何故オレは、あんな事を言ったのか?
「お前の好きなマンガに、こんなセリフがあったの覚えてるか? "切り札は先に見せるな。見せるなら、さらに奥の手を持て"ってな……」
「えっ!?」
「まっ、実際に切り札を見せたのは同時だったけど――」
青龍を制御する為、天へと翳していた両手。
オレはその制御を右手一本に任せ、左手をゆっくりと下ろしていった。
「ぐうっ!?」
直後、天に翳したままの右腕に激痛が走る。
手指が裂けで血が吹き出し、毛細血管がズタズタとなって一気に青黒く変色し始める右腕。
とはいえ、ただでさえ朱雀に押し切られ、消滅寸前にある青龍の制御と霊力供給を右手一本で行っているのだ。この程度は想定内。
むしろ、今にも持って行かれそうな意識を保つ、いい気付けである。
オレは痛みを堪えて大きく息を吸い込みながら、戸惑いの表情を見せる明那の方へ――正確には明那の若干左後方へ向け、下ろした左手を突き出した。
「天の四方の宿星。西方を護りし、白き神獣。邪を寄せ付けず、災いを払い、善を尊び、悪を蔑む戦いの神"白虎"よ。我が呼び声に応えその姿を顕現させよっ! 急々如律令っ!!」
「えっ!?」
背後へといきなり現れた巨大な霊気の塊に、明那は慌てて後ろへと振り返った。
「う、うそ……なんで……?」
あり得ない物、信じられない光景を見るような大きく見開いた瞳。
そしてその視線の先にあるのは、溢れ出す霊力で砂塵を巻き上げ、瓦礫を吹き飛ばし、威風堂々と顕現した神獣の姿。
そう、西方を護りし天の宿星。聖獣"白虎"の姿である。
とはいえ、状況が状況だ。さすがにフルサイズという訳にはいかず、普通の虎より一回り大きい程度。とてもじゃないけど、フルサイズの朱雀と青龍の対決へ割って入るのは難しいだろう。
しかし、明那へ動揺を与えるには十分だし、実際に朱雀の制御も甘くなっている。
何より、朱雀の制御に霊力の殆どを集中している明那の風衣を引き裂くだけなら、このサイズの白虎で十分だ。
そして、その新たな式神の登場には明那だけでなく、観戦席の学園生達――特にサンディ先輩やソフィアを始めとする、魔法への造詣が深い生徒達は驚愕に勢い良く立ち上がり、信じられないとばかりに身を乗り出していた。
『し、信じられない……この状況で、新たに別の使い魔を喚び出すなんて……』
『い、いえ……ありえません……いくらアキラ様とて、あれだけ高位の使い魔……シキガミを喚び出す術式を、あの状況で構築出来るはずが……』
確かに、いくらフルサイズではないとはいえ、もこの状況で白虎を使役する為の術式を構築するなんて、さすがのオレにも不可能だ。
では、この白虎はどうやって喚び出したのかだが――
『ふぉふぉふぉっ。さすがは我が主じゃ。ワシらどころか妹君にさえ気づかれず、あのような罠を仕込むとはのう』
『せ、聖剣……様……?』
『何か分かったのですか……?』
いち早くこのカラクリに気が付き、愉快そうな声を上げる村正へと周囲の目が一斉に向けられる。
てゆうか、明那よりも先に気付くとは……
一線を引いた後ろから戦いを俯瞰して見ているからか、それとも元の主である真田幸村の薫陶か?
まあ、解ったのなら話は早い。解説はあのエロ性剣に任せることにしよう。
『確かにいくら主とはいえ、あの状況で一から術式の組み立て――それも低級の式神ならともかく、最上位たる四神の式神を使役する術式を組み立てるなぞ不可能じゃろうて。なれば、あらかじめ霊力を込めた術式を事前に組み立ておき、その霊力を隠蔽するように隠しておいたのじゃろう。隠蔽の解除と起動させる霊力を送るだけで動き出す状態でな』
『じ、事前に……? しかし、いつの間にそんな……?』
『せ、聖剣様? その"事前に"とは、試合前にという事でしょうか? 会場へ事前に術を仕掛けておくというのは、明らかな反則行為なのですが……』
ん? そんなルールがあったのか?
確か、事前に細かい文字でルールの書かれた紙を渡されていたけど……スマホの契約書感覚で、ほとんど読んでいなかったわ。
まあ、そんな事してないけどな。
『いや、試合中じゃよ。白虎の――あの式神が現れた場所に、何か思い当たる節はないかのう?』
『あの場所に……』
『ですか……?』
村正の問いに眉を顰め、今にも明那へと飛び掛からんと身構える白虎へと目を向けるサンディ先輩とソフィア。
長い空中戦を経て試合開始の地点からは、ほぼ東西逆に――試合開始時にはオレの立っていた地点とほぼ同じ場所に立っている明那。
そして白虎の出現地点とは、その明那から見て少しだけ左寄り後方の壁際。
「チッ……」
ソフィア達より少しだけ早く、その場所に対する"思い当たる節"へ気付いた明那は、忌々しそうな表情を浮かべ舌を鳴らした。
『あの場所と言えば……アキナ様による乱射した花びらが爆発して、アキラ様が障壁に叩き付けられ、崩れ落ちた場所……ですか?』
『まあ、正確には主の"代わり身"が、じゃがのう。恐らく、白虎の術式を構築していたのは、その直前の"百鬼夜行"の時。百の鬼が現れては滅えをしておる時じゃ。百の鬼が入り乱れておる時、その雑多な妖気に紛れて術を構築したのじゃろう。して、代わり身にその構築した式札を持たせ、瓦礫の下敷きとなり、白虎の式札は地中へと埋まっていった』
『な、なるほど……そして、アキナ様が勝負を決める為に霊力をあの火の鳥へと一点集中したところで、アキラ様は白き虎を喚び出したと……』
『うむ。これも恐らくじゃが、朱雀と青龍。拮抗していた戦いの均衡が少しづつ崩れ、青龍が劣勢になっていったように見えたのも、妹御に朱雀へと霊力を集中させる為の演技じゃろうな』
『そのように高度な駆け引きが……』
まあ、言うほど演技ではなかったけどな。
確かに白虎を起動させるだけ分の霊力は隠していたけど、朱雀と青龍の競り合いは演技なしで圧されていたのだ。
「さて、謎が全て解けた訳だし、それじゃそろそろ終わりにしようかっ、明那っ!!」
オレの声に呼応するように雄叫びを上げ、明那へと襲いかかる白虎。
ちなみに、なぜ喚び出してすぐに襲わせなかったのかと言えばだ。別に謎解きが終わるのを待っていた訳ではなく、明那に選択を選ぶ時間を与えようという優しい兄心からである。
そして現状、明那の取れる選択肢は二つ。
朱雀の維持を放棄し、纏う風衣の強度を上げて白虎の突進を受け止めるか。
それとも白虎を無視し、相討ち覚悟で全霊力を朱雀に託して一気に押し切るかだ。