第四十四章 陰陽師の呪術戦⑤
『速い速いっ!? お二方共っ、足場など気にせず、まるで安定した大地を飛び回るように動き回っていますっ!! 聖剣様っ、お二方の回りを飛び回っているあの透明な玉は、いったいどういった物なのでしょうか?』
『ん!? ま、まあ……硝子玉みたいなモノじゃな』
一応は、勇者聖女というオレ達に気を使ってくれたのだろう。
死返玉という物騒な物であるという明言を避け、誤魔化すように話す村正。
『とはいえ、当初はいかに自身の体力を温存し、相手の体力を消耗させるかと、詰め将棋の如く冷静に戦っておったが……結局は焦れて、自身の消耗覚悟での削り合いとは。二人とも、まだまだ未熟じゃのう』
うるさい黙れ。
オレは乗せられただけで、ホントなら最後までその戦い方を貫くつもりだったんだよ。
まあ、明那の仕掛けをいなせなかったという点は、認めるが……
『い、いや……あの凄まじい攻防が未熟とか……』
村正の言いように、サンディ先輩が頬を引きつらせ、言葉を詰まらせる。
『攻防云々ではのうて、心持ちの話じゃよ。"心技体"と言うてな。剣術、呪術問わず、己が実力を遺憾なく発揮するには、技、体、そして心。この三つの均衡が大事なのじゃ。故に、技と体をいかに磨こうとも心が未熟では己の真価なぞ発揮出来んわい』
『な、なるほど……』
『それに、主と妹御の技と体に関しては、ワシも認めておるよ。数え切れぬ程の強者を見てきたが、主達の技と体は、その者達と比べても頭一つは抜きん出ておる。まあ、妹御の体に関しては一部分だけ、もう少し成長して欲しいところじゃがのう。ホッホッホッ』
村正のセクハラまがいのコメント。
先ほどまでは、この攻防を愉しんでいるかのように、微かな笑みすら見せていた明那であったが、しかし……
そのセクハラコメントに殺気が膨れ上がり、攻撃の威力と速度が急激に増していった。
「も、もしもし、明那ちゃん? 気持ちは分かるが、オレに八つ当たりをするのは止めてもらえるかな?」
「うるさい……剣術家たる者。剣の罪は持ち主のもの。持ち主の罪も持ち主のもの」
なんだ、その新機軸なジャイアニズムは?
またく……なぜオレが、あんなエロ性剣のとばっちりを受けなきゃならんのだ?
てゆうか、そもそも剣術家じゃねぇーし。
あとで恨み言の一つと共に、男風呂の脱衣場に三日三晩放置の刑にでもしてやろうかとも思ったが……
奴は奴で、明那よりも遥かに強烈な殺気を間近で受けているようだった。
『フフフ……聖剣様ぁ? もう少し成長して欲しい身体の一部分とは、いったい何処なのでしょうか? わたくし、明那様とは体型が似ているとよく言われますので、参考までにご教授下さいませ』
可視化出来るのでは? と思える程のドス黒いオーラを纏い、サンディ先輩の胸元から生える村正の柄を握ってニッコリと微笑む第四王女殿下さま……
『ふ、ふむ……タッ、身長……かのう……』
『フフフ……そうですかぁ? タッパ……身長ですか? 聖剣様ぁ……?』
『う、うむ……身長じゃ……ほっ、ほっほっ……ほっほっほっ……』
『ウフフフフフ……』
ギシギシと軋む音がここまで聴こえて来そうは程に、柄を強く握り締め、漆黒の笑みを浮かべるソフィア。
身の毛もよだつその殺気に、村正はもちろん、村正を抱くサンディ先輩まで、恐怖に身を竦ませていた。
だから言っただろうに……
その姫さま、普段は温厚過ぎるほど温厚だが、胸の話題になると途端に人が変わるって。
『そ、そんな事よりもじゃ! 主達の戦いに注目いたすがよい。間もなく状況が大きく動きよるぞ』
『『えっ?』』
話題をすり替えるべく、話をオレ達の方へと向けようとする村正。
ったく、オレ達をセクハラ誤魔化すダシにしやがって……
まぁあ実際、そろそろ状況が変わるのは事実だが。
現在の高度は50メートルを切り、観戦席の最上段とほぼ同じ高さ。
ソロソロ、地面へ着地する事を考慮しながら戦いを進めなくてはならないところだ。
特に、お互いが百個程度ずつ、合わせて約二百個出した死返玉もかなりの量が減り、既に三十個を切っている状態。
正直、死返玉を足場として使うのも、もう限界に近い。
ただ、そうなってくると問題なのは、どのタイミングで地面に飛び降りるかだ。
高所から着地をすれば、当然その瞬間に僅かなスキが出来る。
相手より早く飛び降りれば、そのスキを上から狙い撃ちにされるだろうし、だかと言ってギリギリまで粘った末、次に飛び移る玉がなくバランスを崩して、落ちて行くなんていうのは論外だ。
理想を言えば、明那よりもコンマ数秒早く着地。そして、そのコンマ数秒で体勢を整え、後ろへと飛び退きながら、明那が着地した瞬間を狙って残りの死返玉全弾を叩き込むのがベターである。
ただ、まぁあ……
明那の方も、当然同じタイミングを狙っているだろうけど。
高速で動き回る死返玉を足場にして飛び移りながら、飛び降りるタイミングを牽制し合うオレ達……
ただその間にも、死返玉はオレ達にダメージを与えながら砕け散り、一つずつ足場の数を減らしていく。
チッ……まるでチキンランだな、オイ。
そんな事を思いながら下を打ち、苦笑いで口元を歪ませるオレ。
そうこうしているウチにも死返玉の数が二十を切り、お互いの高さが7メートル――二階建て住宅の屋根の高さを切った頃。
オレ達は、ほぼ同時に地面へと飛び降りた。
いや、ほぼ同時にじゃなくて、全く同じタイミングだったな。当然、着地のタイミングも全く同じになるだろう。
世の中、理想通りにはいかないもんだ……
内心でため息をつきながら、着地の体勢に入るとオレは――いや、オレ達は、同時に右手を振り下ろした。
残りの死返玉は18個。オレの操る玉10個と明那の操る玉8個である。
まあ、さっきの村正によるセクハラコメントで攻撃の回転を速めなければ、明那もちょうど10個だっただろう。
そして、その18個の死返玉は、オレ達の振り下ろした右手に合わせ、お互いの相手へと向かって飛んでいく。
狙いはそう、着地の瞬間である……
衝撃を和らげるように両膝を曲げながら着地。そこから、同時に襲いかかる死返玉の衝撃を少しでも緩和するよう、オレ達は即座に曲げた足を思い切り伸ばし、後ろへと跳んだ。
右膝を曲げて腰を丸め、身体の正中線を護るように両腕を胸の前でクロスさせながら後ろ向きに跳ぶオレ達。
向こう脛と両腕、そしてガード仕切れていない腹部や肩に走る激痛。更には、背中から受け身も取れず落下した衝撃が突き抜ける。それでもオレ達は、同時にクロスしていた腕を解いて指印を組んだ。
「「オン コロコロ センダリマトーギ ソワカッ!!」」
パリンパリンと死返玉が砕け散る中。後ろへと跳んだ勢いと、その死返玉の衝撃に加速させられた勢いを殺し切れず、地面をゴロゴロと転がっていくオレと明那。
そのまま、お互いに20メートル程は転がっただろうか?
ようやく止まった先で一つ大きく息を吐くと、オレ達は服に着いた埃をパンパンと叩きながら、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がったのだった。