第四十四章 陰陽師の呪術戦④
って、おい明那っ!? 蛟にそんなモンぶつけたらっ!?
慌てて蛟を制御し、その進行を止めようとするオレ。
だがしかし、新幹線程の大きさがある水の塊が、そう簡単に止まる訳もなく……
オレはすぐに来るであろう衝撃に備え、纏っていた風を前面へと集中させた。
怨嗟の炎たる負の魔力、妖気で構成されたドス黒い炎の剣。当然、普通の炎とは比べ物にならない程の熱量である。
そんな物を正の魔力、霊気を大量に含んだ水の塊である蛟にぶつけたら、当然起こるのは――
大口を開け牙を剥き襲い掛かる蛟。正に、その蛟の口へと炎の剣が突き刺さった瞬間っ!
耳を劈く爆発音が鳴り響き、灼熱の爆風が吹き荒れた。
そう、大量の水に超高熱の物体をぶつけたら、当然起こるのは"水蒸気爆発"である。
ましてや、霊気を大量に含んで圧縮された水に、妖気で構成された黒い炎が交わったのだ。
その爆発力は、ちょっとした火山の噴火並である。
爆風で再び上方へと吹き飛ばれていたオレの耳に、その爆音でも消しきれなかった悲鳴が微かに届く。
火山の噴火並の爆発だ。その衝撃と爆風はオレ達の張った結界で抑えられるだろうが、地面に伝わる振動まではそうもいかない。
恐らく観戦席は、かなりの地震に襲われている事だろう。
まったく、明那の奴……
地震大国の日本と違って、コッチの世界には耐震工事や耐震構造などという概念すら存在しないのだぞ。
まかり間違って闘技場が倒壊でもしたら、どうするつもりだ?
心の中でそんな事を愚痴りながら、オレは爆煙を斬り裂いて現れた巫女装束へ――闘技場に張った透明な障壁を垂直に駆け上がって来る明那へと目を向けた。
「きぃーーーーんっ!!」
いや、『きぃーん』じゃねぇから。
そう、爆発の瞬間、オレと同じように風天神の呪法で風の鎧を纏った明那。
手足を広げて爆風を全身で受け、壁際まで吹き飛ばされた明那は、衝突の直前でクルっと後方回転半捻り。障壁に上向きで足から着地すると、そのまま逃げ場を失って上昇する爆風を背に受けながら、ここまで駆け上がって来たのだ。
「お兄ちゃん、んちゃ!!」
障壁を蹴り、身体を捻るように回転させながら、飛び後ろ回し蹴りのような体勢で飛んで来る明那。
だから、『んちゃ』じゃねぇよ! お前はペンギン村のロボット少女かっ?
斧のように振り下ろされる踵を突き刺し蹴りで蹴り返しつつ、その反動を利用して距離を取るオレ。
『ほっほっほっ。主達が二重に結界を張ってくれといて良かったのう。あの爆発、この国の術者達の結界だけでは保たんかったぞい』
『あ……あっあああ……』
微かに聴こえてくる村正の皮肉っぽい声と、サンディ先輩の声にならない声。
まだ爆煙が晴れておらず確認は出来ないが、恐らく闘技場の結界内側はクレーター状に抉れているだろう。
まったく、明那の奴。ムチャしやがって……
さて、只今の高度は先ほどより更に上がり、恐らく600メートル超。東京スカイツリーのてっぺんくらいまで吹き飛ばされたかたちだ。
つまりココからは、落下しながらの空中戦であるのだが……
風の呪法で落下速度をある程度はコントロールできるけど、さすがに空を自由に飛び回る事などは出来ないし、攻撃手段も限られてくる。
広めの間合いで、ほぼ同じスピードで落下している明那へ目をやり、オレは――いや、オレ達は同時に同じ指印を結んだ。
「「現し世に縛れし穢れた魂よ。安らかなる常し世への路、黄泉路へと帰する事を望むなら、我が命令に従い死返玉へと宿れ――」」
オレ達の背後へ、無数に現れるゴルフボールサイズの透明な玉。
神道に伝わる十種神宝の一つ。死者を蘇らせるとも伝わる死返玉である。
およそ百個ずつの玉がお互いの背後へ浮かんだところで、オレ達は右手を上げ、大きく息を吸い込んだ。
そして――
「「布瑠部、由良由良と布瑠部ぇぇーーっ!!」」
そう唱えながら勢い良く右手を振り下ろすと、浮かんでいた透明な玉が一斉に相手へと向かって飛んでいく。
ぶつかり、弾かれ合いながら、高速で不規則に飛び回る玉。
そんな中、自分の喚んだ玉を制御しつつ、その玉を足場にして動き回り、相手の玉を躱していくオレ達。
とはいえ、落下中で動きが制限されている上に、足場も高速で飛び回る玉という不安定さ。加えて360度、いたる所から襲い来る透明な玉。
お互い、全ての玉を躱し切るのは不可能……というより、急所に食らわないようにするだけで手一杯だ。
そして、食らった時の衝撃は凄まじく、風の鎧で緩和していても、野球の硬球160キロのデットボールを食らったくらいのダメージ。
もし、風を纏っていなければ、四肢なら引きちぎれ、胴体なら貫通してもおかしくない程の威力であり、死返玉自体も砕け散る程の威力だ。
そんなダメージを意識的に脳内麻薬を大量分泌させる事で痛みを緩和しつつ、ゆっくりと降下していくオレ達。
『ヤレヤレ……コレが噂に聞く古神道の外法、裏魂振りか……? 十種神宝を足蹴にするばかりか、そこへ邪霊を宿すとは、何と罰当たりな事よ。とても、勇者や聖女の術とは思えんわい』
わざわざ日本語を使うあたり、一応は気を利かせたのだろう。村正は、愚痴るようにため息をつく。
てゆうか古神道の、それも外法や邪法と言われ、表立っては伝わっていない"裏魂振り"まで知ってるとか、真田幸村はどんだけ情報通だったんだよ……?
裏魂振り――元来、神道には魂振り、魂鎮めと呼ばれる対なる呪法がある。
荒ぶる魂を鎮める、いわゆる鎮魂の呪法を魂鎮め。弱った魂を振り動かし、活力を与えるのが魂振りである。
そして、強い怨み妬み嫉みなどの怨念により現世に縛られていた魂を死返玉へと宿らせ、それを振り動かし敵を討つのが、今オレ達の使っている裏魂振りだ。
では、なぜ裏魂振りが外法と呼ばれているのか?
それは、裏魂振りが死者の魂を蘇らせる呪法であるからである。
弱った魂に活力を与える魂振りと、死者をも蘇らせる十種神宝の一つたる死返玉を合わせた邪法。
術者の呼びかけに応え、敵にその怨念をぶつける事で砕け散り、現世との縛りを断って蘇る魂。
しかしだ……
魂は蘇っても、すでに器となる肉体は失われている。なので、現世に生き返るという事なく、蘇った魂はそのまま黄泉路へと落とされるのだ。
死した魂を操り、蘇らせ、そして用が済んだら再び殺す邪法……
それが、裏魂振りなのである。
まあ、そう聞くと酷い呪法に思えるが、視点を変えてみればそうでもない。
怨念に縛られ成仏出来ない地縛霊。その縛られた怨念を裁ち切り、成仏させてやるのだ。
数十年、数百年……もしかしたら、未来永劫その怨念に縛られ続けていたかもしれないのである。
その枷を裁ち切る対価としては、この程度の労働は安いものではないだろうか?
とはいえ、魂を弄ぶ外法と言われれば、返す言葉はないけれど……
不規則に弾け合う死返玉を足場に、激しく動き回るオレ達。そして、そんなオレ達へ一つ、また一つと、その怨念をぶつけて砕け散っていく死返玉。
そろそろ、遠見の魔法を使わなくとも視認出来る程度に、オレ達が降下してきたからだろうか。大地を大きく揺るがす大爆発のショックから少しずつ正気を取り戻し始めた生徒達が、そのオレ達の攻防に感嘆の声を上げ始めた。