第四十四章 陰陽師の呪術戦③
慌てて懐から"二枚"の呪符を取り出すと、そこから出来るだけ遠くに飛び退けられるよう、石畳の上に飛び乗ろ――
「爆ぜろーっ!!」
「くっ!?」
そう、飛び乗ろうと石畳の上部へ手を掛けた瞬間だった。
明那の合図と共に、石畳に弾かれ積もっていた花びらが大爆発を起こしたのだ。
耳を劈く程の爆音と、大地を揺るがす程の振動。
霊力を帯びた花びらを火薬代わりしたその爆発は、恐らく米軍の1トン爆弾に匹敵するほどの威力を見せたであろう。
その、直径15メートルのクレーターを作ると言われる爆発力に、爆心地にあった石畳は粉々に粉砕され、後ろにいたオレはその爆風に吹き飛ばされたのだった。
そう、明那の狙いは花びらをぶつけて壁を破る事ではなく、壁の前に花びらを集め、ソレを爆発させる事だったのだ。
強烈な爆風に吹き飛ばされたオレ。壁の内側に自分達で張った透明な障壁へ叩き付けられると、更にそこへ砕かれた石畳の破片が雨あられと振り注いでくる。
「かはっ!?」
障壁に阻まれて逃げ場を失っていたオレは、その障壁と石畳の破片に挟まれ、身体中が押し潰される。
肉がひしゃげ、骨が砕かれ、内臓が破裂し、口から大量の血を吐き出した……
『ほっほっほっ、なるほど、なるほど。あの無駄撃ちは、この為の布石であったか。コレは一本取られたわい』
『ええ。意図が分かってみれば、なるほどアキナ様らしい派手な戦略です』
『って、お二方っ!? 和んでいる場合ではありませんよっ!!』
ほのぼのと明那の戦術を賞賛する二人に、声を荒らげるサンディ先輩。
『い、医療スタッフッ!! すぐにアキラ様へ治癒術をっ!! 急いでっ!!』
そして、観戦席のいたる所から悲鳴と驚愕の声が上がる中。爆煙と土埃が舞い上がる先に、全身血だらけで瀕死状態なオレの姿を確認し、サンディ先輩は声を張り上げた。
とはいえ、障壁により完全に遮断されている闘技場と観戦席。
いかな医療スタッフとはいえ、オレ達が障壁を解かなければ入り込む事は出来ないのである。
『ア、アキナ様っ、結着はつきましたっ!! 速く障壁を解除していた下さいっ!!』
障壁の前で立ち往生する医療スタッフを目にし、サンディ先輩は明那へ向けて更に声を張り上げた。
『サンディ様。少し落ち着いて下さいまし』
『ふむ。それと、勝手に結着をつけるでないわ』
しかし、そんなサンディ先輩を宥めるように、ソフィアと村正が声を掛ける。
『し、しかし……』
『しかしも案山子もないわ。あのような、見え見えの空蝉に騙されよってからに』
『ウ、ウツセミ……?』
『ウツセミとは、蝉の抜け殻の事ですわ――』
恐らく、以前に明那から聞いていたのであろう。
冷や汗に眉を顰めながら首を傾げるサンディ先輩へ、ソフィアは丁寧な口調で"空蝉"の――"空蝉の術"の説明を始めた。
『蝉の抜け殻は木に止まっているように見えても、本体は既に別のところにあるという意味を比喩した言葉が空蝉。転じて、攻撃を受けたと見せかけ、身代わりを立てて回避する術を空蝉の術と言うそうですわ』
『抜け殻……身代わり……ではっ!?』
その二つのワードにハッとなり、見開いた目を血だらけなオレの方へと向けるサンディ先輩。
そして、その視線の先。
土煙のだいぶ治まってきたその視線の先で、昆虫標本みたいに障壁へ貼り付いていたオレは、崩れ落ちるようにゆっくりと倒れ込み、そして――
一枚の呪符へと変わっていったのだった。
『そ、そんな……では、アキラ様はどこへ……?』
驚きに見開いた目で、闘技場を見渡すサンディ先輩――いや、見渡しているのはサンディ先輩だけではない。
恐らく、この時点でオレのいる位置を把握していたのは、村正とソフィア、メイド姉妹と近衛騎士団長、そして明那の六人だけだろう。
その他の面々はオレの姿を探し、視線をキョロキョロとあちこちに彷徨わせていた。
『両の眼だけでなく心の眼――心眼を以て、主の気配を探れば簡単に見つかりそうなものなのじゃがな。まあ、それが出来ぬと言うなら、出来る者の視線を追ってみるがよかろう』
『出来る者の……視線を……』
村正の助言を受け、サンディ先輩を始めとする観戦者達の眼は一斉に明那の方へ、次いでその明那の視線を追い、オレの方へと向けられたのだった。
そう、闘技場の遥か上空にいるオレの方へ……
上空を見上げながら、多くの生徒が眼前に小さな魔方陣――遠見の魔方陣を展開させ始める。
オレから見ても、人がまるでゴミ――ではなく、米粒程にしか見えないのだ。下からも、遠見の魔法や望遠鏡でも使わなければ、オレを確認出来ないだろう。
『い、いつの間に……? それに、どうやってあんな上空まで……?』
言葉を詰まらせ、絞り出すように疑問を口にするサンディ先輩。
ちなみに、オレの現在の高度は約350メートル程。東京スカイツリーにある天望デッキ程の高さだ。
『恐らく、あの爆発の際。その爆風に合わせて飛んだのでしょう』
『うむ、更に言えばじゃ。その爆風や石の破片から身を守る為、風天神の呪法で風を纏ったのじゃろう。加えて、その風の幕を凧のように広げ、爆風の威力を大きく受ける事であそこまで飛んだのじゃろうて』
『た、凧のように……ですか?』
『左様。その証拠に、主の落ちて来る速さが異様に遅いであろう? アレは手足を大の字に広げ、そこへムササビのように風の幕を張っておるからであろうよ』
まあ、全く以てその通りなのだが……
あのエロ性剣に知ったかぶりでドヤ顔をされるのは、やはりムカつくな。刀に顔なんてないけど……
いや、今はそんな事よりもだ。
現在の状況は空中対地上。上空からの攻撃に対し、大地を背負い逃げ場のない明那。加えて、オレ達の距離は300メートル以上だ。
十二分に距離もあるし、先ほど食らった大爆発のお返しではないが、コチラも大技――広域殲滅呪法を披露してやろうか。
オレは懐から九枚の呪符を取り出し、前方へとバラ撒いた。
オレの展開していた風の幕へと張り付き、同じ速度で降下していく呪符――
「九つの門を開き顕現し、大水を以て我の前に立ち塞がる全てを飲み込みたまえ――九重蛟っ!!」
九枚の呪符から飛び出すように顕現する9匹の大蛇。
毒霧を吐き、水害を引き起こすとされる水の霊であり水の神。
大量の霊気を孕んだ水が圧縮され、正に新幹線程にもなろう大きさで大蛇の姿を形取っている蛟の式神である。
そして、明那目掛け一直線に降下しいく大蛇達。
さて、どうする明那?
上空から襲い来る九匹の蛟なんて、避ける事も逃げる事も不可能だ。
となれば、当然空中で迎撃するしかない訳だが……新幹線サイズの蛟が九匹、どうやって迎撃する?
そんな事を思い、口元に笑みを浮かべるオレ。
しかし、迫り来る蛟を前に、オレの笑みなど比較にならない程の笑み――ニヤリという妖しい笑みを浮かべ、明那は九枚の呪符を取り出した。
愉悦のこもった瞳でコチラを見上げながら、九枚の呪符を広範囲にバラ撒く明那。
「産まれ落ちた刹那にに母を殺し、父に殺された呪われし禍神、火乃迦具土よ。その怨嗟の焔を宿しし十束の剣もて、現し世全てを焼き払え――」
ヒラヒラと舞っていた呪符は空中で激しく燃え上がり、ドス黒い業火を纏った九振りの長剣へと変わっていく――
いや、確かに見た目は長剣であるが、とても剣などと呼べるものではない。
なにせその大きさは、十束の剣――刃渡り拳十個分の剣とは名ばかりな、正に地対空迎撃ミサイル並の大きさなのだ。
「火乃迦具土の剣ぃぃぃぃーーっ!!」
明那の絶叫と共に、襲い来る蛟を迎撃すべく一斉に発射される炎の剣――