第四十四章 陰陽師の呪術戦②
『まったく……仮にも勇者が黄泉醜女やら黄泉軍やらと……お主は黄泉の国の主宰神か?』
ポツリと聴こえてきた、日本語の放送。
てゆうか、仮にも日本を産んだ国産みの神に、地雷女とか罰当たりなルビを振るなっ!
このエロ性剣が、この国にも戦国時代にも存在していなった”地雷の”存在を何で知っているのか甚だ疑問だが、とりあえず仮もに聖剣といわれながら亡者を使役する妖刀には言われたくない。
『えっ? え~と……聖剣様? 何か仰られましたか……?』
不意に日本語を話した村正に戸惑うサンディ先輩。
『いや、なに……主の想定の甘さに、少々呆れておったのじゃよ』
『想定の……甘さですか?』
咄嗟に出た、村正の誤魔化すようなセリフ――いや、先ほどの罰当たりな発言を誤魔化すつもりではあっただろうが、内容自体は的を得たセリフだ。
そう、この展開は村正の言うとおり、完全なオレの読み違えなのだから。
『恐らく、主は百鬼夜行を召喚し、妹御を剣術戦に誘った……"呪術戦対接近戦"の図式を作ろうとしたのじゃろう』
『なるほど……そういう事ですか……』
村正の端的な解説に、大きく納得するソフィア。
まあ、ソフィアはオレ達二人の後見人であり、それなり交流もあるからな。その端的な解説からでも、オレの意図が理解出来たようだ。
とはいえ、サンディ先輩を始め、殆どの生徒は理解出来ておらず、訝しげに首を傾げていた。
『先ほども言うたが、主達の生業は呪術者じゃ。であれば、最後の一手は己の持つ最上位呪術の撃ち合いとなろう』
『そして勝敗を分けるのは、その段階でどれだけの体力を残しているか……』
『な、なるほど……だからアキラ様は、アキナ様を接近戦に誘い、スタミナを削ろうとしたのですね』
二人の解説に納得するサンディ先輩。
そう、まったく以ってその通りである。
日本にいる時に、明那が幾度となく百鬼組手をし、ついには一度も百鬼抜きを達成出来なかった黄泉軍の百鬼夜行。
しかし、この一年で見違える程に成長をした今の明那なら、恐らく百鬼抜きも達成出来るであろうし、本人にもその自負があるだろう。
であれば、コチラが挑発するようにその百鬼夜行を使えば当然、明那はリベンジとばかりに組手――幽幻輪舞などの接近戦を選択するだろうと、オレは踏んでいたのだが……
実際に明那が選んだのは呪術戦。オレの想定に反して、霊力で無数の花びらを召喚し、それを掃射する事で鬼達を殲滅させる射撃戦だった。
繰り返しになるが、体術を使う接近戦なら体力を消費させられるが、呪術を使う遠距離戦ではそうもいかない。
なぜなら、マナが豊富で霊力の回復が速いこの世界では、このレベルの呪術戦ならお互い、ほぼノーリスクで行えるのだから。
さて、どうしたものか……?
パタパタと鳥居に吸い込まれ、どんどんと減っていく手の上の式札へ目を落としながら、先の展開を修正していくオレ。
鳥居に吸い込まれ鬼と化していく百枚の式札と、明那の足元から無尽蔵に湧き上がる千本桜の花びら。
怯む事も臆する事もなく前進しようとする鬼達と、そこへ容赦なく襲いかかる、山岳霊場たる吉野の山で神仏の加護を受けた桜の花弁。
そして、その花弁に全身を斬り刻まれた鬼達が一鬼、また一鬼とボロボロの式札と戻り、紙吹雪となって宙を舞っていく。
そして……
『ああっと!? アキラ様のシキガミが打ち止めかっ!? 両手の札が底をついた模様です』
いや、実際はまだ底はついてないし、追加しようと思えば、あと四~五回は百鬼夜行を出来るくらいのストックがある。
とはいえ……この状況は、お互いがほぼノーリスクという不毛な消耗戦だ。ここは一度仕切り直すべきだろう。
もう、増える事のなくなった黄泉軍の残存を次々と殲滅して行く明那。
『アキナ様っ!! 桜の花びらで、アキラ様のシキガミを全て殲滅っ! そしてその花びらは、肉の壁がなくなったアキラ様へと襲いかかるっ!!』
まっ、肉の壁ではなく、紙の壁だったけどな。
最後の一鬼が紙吹雪となり、ヒラヒラ宙を舞う中。互いの間には障害物がなくなり、明那の放つ無数の花びらが一直線にオレの方へと飛んで来る。
一枚一枚は、さして強力ではない花びら。
しかし、それが銃弾のようなスピードで、しかも数百発も飛来するとなれば流石に脅威だ。
もし、まともに食らえば、黄泉軍達の二の舞いである。
しかし、オレは迫り来る花びらに慌てる風もなく、右足を一歩踏み出すと地面を思い切り踏み付けた。
「畳返しっ!!」
砂埃を上げ、オレの前へ立ちはだかるように捲れ上がる巨大な畳――というか石畳。
そう、地面の下に敷き詰めてある、闘技場の基礎部分である頑丈な石畳。高さ2メートル弱、幅3メートル弱と、畳を三枚並べたくらいの大きさ。更に、厚みは50センチ以上という、デカくて分厚い石畳だ。
そして、直後に連続して聴こえて来る、まるでアスファルトを叩き付ける大粒な雹のような音。
突然現れた石畳に行く手を阻まれ、その表面を叩き付ける花びらの音――
いくら、軽金属ほどの強度を持つ研ぎ澄まされた刃が弾丸のようなスピードで飛来しているとはいえ、所詮は桜の花びらだ。
その軽い質量ではどれだけ撃ち込んでも、この石畳を貫通させるのは不可能だろう。
――いや、不可能というのは語弊があるかな?
"虚仮の一念、岩をも通す"とも言うし、今だって少しは表面が削られているだろう。
虚仮の一念で休みなく撃ち込んでいれば、いずれはこの石畳も貫通すかもしれない。
とはいえ、虚仮の一念とは、
『愚かな者が一つの事に、ひたむきに打ち込む』
という意味だ。
つまり、その桜の花びらで石畳を貫通させてようなんていうのは、正に虚仮――愚かな者がやる事である。
そう、それは愚かな者がやる事のはずなんだが……
『アキラ様が一瞬で掘り起こし、盾とした岩壁に阻まれるアキナ様の攻撃。しかし、アキナ様! 攻撃の手を緩めませんっ! 岩壁を破壊しようと言うのか? 更にペースを上げ、桜の花びらを撃ち込んでいくっ!!』
おいおい、明那……いつまでやってる気だよ、ソレ?
いくら桜の花びらの術なら、ほぼノーリスクで使えるとはいえ……そんな攻撃、続ける意味ないだろ?
『アキナ様は、本当に花びらで岩壁を破壊しようとしているのでしょうか……?』
『いや、アレでは壊れんじゃろ? それにしても、妹御の意図が読めんのう。仮にアレで壊れたとて、石畳はまだまだ地面に埋まっておる。主にしてみれば、壊れたら別の石畳を返せばよいだけのことじゃ』
『確かに……それに、あの術に執着せずともアキナ様であれば、あの石壁を壊す術もお有りでしょうに……』
機関銃並の連射を見せる桜の花びらという、派手な見た目にテンションを上げるサンディ先輩とは対照的に冷静なコメントを見せる村正とソフィア。
まあ、正に村正達の言う通りだ。
実際に、明那はこの程度の石畳なんて簡単に壊せる術も持ってるし、オレとしてもコレを壊されたからといって、そう困る事でもない。
まあ、困るとしたら修繕費を捻出しなくてはならない、学園の経理担当者くらいだろう。
ホント明那の奴、何を考えているのやら……
『とはいえ、随分と花びらが積もってきたのう。これで風でも吹いてくれれば積もった花びらが舞って、さぞや風流じゃろうて』
積もってきた……?
チッ! そういう事か!
村正の何気ない一言で、咄嗟に明那の意図を察したオレ。