第四十四章 陰陽師の呪術戦①
「「臨・兵・闘・者・皆・陳・列・在・前っ!!」」
オレが竹竿を傍らの地面に突き立て、明那がクナイを懐へ仕舞うと、お互い指印(指を様々な形に組み合わせたもの)を結びながら、全身へ気を巡らせて霊力を高めていく。
さて、さっきは先手を譲ってやったし、今度はコッチが先手を貰うぞ明那。
オレは懐から二枚の呪符を取り出すと、それを前方に――オレを頂点として、一辺が約六尺(180cm)程の正三角形となるように放った。
「開け……現世と常世を隔て、比良坂へと続く黄泉の門」
再び指印を結ぶと、オレはそう唱えながら地面に落ちた呪符に霊力を送っていく。
朱色の強い光を発する呪符。
そして、その二枚の呪符から朱色の柱が伸び、小振りな鳥居が出来上がる。
間口六尺、高さ九尺(約270cm)程の鳥居。オレはその鳥居越しに身構える明那へ目をやり、口元に笑みを浮かべながら五枚の呪符――式札を取り出した。
それじゃあ、まずは小手調べとして――
「一足で千里を翔る黄泉の鬼女、黄泉醜女来りて我が敵を喰らい尽くせ――急々如律令っ!!」
鳥居に向かい、勢い良く手にしていた式札を放つオレ。
そして、その式札は鳥居を通過した順に、五人の黄泉醜女へと――伊邪那美命の眷族とも言われる黄泉の鬼女へと姿を変えていった。
長いざんばら髪に着流しの白い着物。死人のような青白い肌と、そのいたる所が醜く爛れた鬼女の式神達。
一飛びで千里を走ると言われる伝承通り、その醜女達は一足飛びに明那へと襲いかかっていく。
とはいえ、オレの手の内など知り尽くしている我が妹。明那は詠唱の途中で先を読み、既に迎撃準備を初めていた。
立膝をつき、懐から取り出した呪符に霊力を通して縦櫛へと変える明那。そして、それを地面へと置き、歯の先端をコチラへと向てると、そこへ手のひらを重ねた。
「伸びろっ! 伊邪那岐の湯津々間櫛っ!」
湯津々間櫛――伊邪那岐命が美豆良に結った髪に刺していたとされる縦櫛。
その櫛にある七本の歯は緩い扇型を描きながら、大地を這ように猛スピードで伸び始める。
一足飛びに宙を舞う醜女達と、大地を這いながら伸びる櫛の歯。
空と大地。交わり合うはずのないその二つが行き違おうとした瞬間――
「貫けぇぇぇーーっ!!」
縦櫛へと大量の霊力を一気に流し込む明那。同時に櫛の歯は青竹へと変わり垂直に進路を変え、真上を通過しようとしていた醜女達の身体を下から貫いたのだった。
高さ3メートル弱まで伸びた七本の青竹へと、そこへ百舌鳥のはやにえのように突き刺さる醜女達。
しかし、醜女達はそれでも前に進もうと、くぐもった呻き声を上げながら手足をバタつかせていた。
「ノウマクサンマンダ・バザラダン・カン。不動明王の迦楼羅炎よ。その浄化の力もて、黄泉の悪鬼を焼き清めたまえ……」
迦楼羅炎――不動明王の背負う火炎であり、不浄なものを焼き清める炎と言われている炎である。
明那が青竹へと繋がる櫛へ念を込め、霊力を送ると、醜女達を貫いている竹の根本から一気に爆炎が――不動明王の迦楼羅炎が巻き上がった。
悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして灰になり、風に乗って宙を舞っていく黄泉醜女達。
小手調べとはいえ、醜女を間合いへ入れる事なく瞬殺するとは……
ホント、知らぬ間に随分と成長したもんだ。
まっ、マナが豊富で、呪術が使い放題だというのもあるんだろうけど。
とはいえ、マナが豊富で霊力の回復が早いこの世界。高位の術でもなければ、ほぼノーリスクで呪術が使える状況だ。
出来れば、明那の体力を奪いたいところ――呪術対体術の戦いに持ち込みたいところだ。
ちょっと、誘ってみるか……
ついでに、観戦席で偵察している他国の間者の皆様に『土御門の百鬼使い』と言われたオレの真骨頂をお披露目しつつ。
オレは懐から大量の呪符――式札の束を両手で取り出し、口元へ不敵な笑みを浮かべた。
「黄泉に蠢く鬼共よ。現し世へと顕現し、人の血肉を喰らい尽くせ――」
式札の束が乗った手のひらを差し出し、そこへ魔力に変換した大量の霊力を送り込んでいく。
そして――
「黄泉の軍の百鬼夜行ぉーーっ!!」
上から順に、パタパタと鳥居へ吸い込まれていく式札。そして、百鬼夜行の言葉通り、鳥居を通過した順に式札は鬼の姿となり、明那へと向い列を成して突進していった。
まあ、百鬼夜行と言っても、水木先生や鳥山石燕の描く愉快痛快奇々怪々な面白妖怪達ではなく、金棒や金剛杵を手にした黄泉軍と呼ばれる鬼達。
黄泉に巣食い、憤怒の形相に仁王のような風体をした、禍々しき鬼の軍勢である。
実はこの黄泉軍。元は明那の稽古用――百人組手ならぬ百鬼組手の相手として使役した鬼の軍勢なのだ。
そう、明那は人間よりも遥かに強い膂力と強靭な肉体、そして強い生命力を持つ鬼達を相手に稽古を重ね、得意技の幽幻輪舞や朧桜を磨き上げたのである。
とはいえ、確かに技は磨き上げられたが、明那はまだ一度も百人抜き――いや、百鬼抜きを達成していないのだ。
そして、明那もこの一年の成長でかなり成長しているし、何よりこの世界はマナが豊富な世界だ。百鬼抜きを達成すること自体は左程難しくない。
つまり、明那にとっては絶好のリベンジチャンスである。
ただ、リベンジチャンスとは言っても、黄泉軍の百鬼を相手にするのだ。明那の体力は大きく削れるはず。
オレはそんな事を思いながら、進軍する鬼達の背中越しに明那へと目を向けた。
しかし……
「くっくっくっ……そう、お兄ちゃんの思惑通りにはいかないよ」
オレの作戦などお見通しとばかりに口角を釣り上げ、迫り来る鬼の軍勢を前に不敵な笑みを浮かべる明那。
「私が欲しいのは、お兄ちゃんの頸ただ一つ! 百鬼夜行なんて、いちいち相手にしてらんないってーのっ!!」
明那は自身を囲うよう、小町下駄の爪先で地面に円を描きながらクルリと一回転。次いで片膝をつき、その円の中へと呪符を置くと、それを地面へ縫い付けるようクナイを突き刺した。
そして静かに立ち上がり、右手を高々と上げる明那。
「山岳霊場、吉野の山の千本桜よ。神仏の加護を受けしその花弁にて、不浄なる鬼を黄泉路へと帰したまえ――」
足元に描いた円が薄紅色に輝き、そこから桜の花びらが大量に溢れだすと、旋風に巻かれるように明那の周囲を螺旋状にグルグルと回り始めた。
チッ……そうくるか?
誘いに乗って来ない事へオレが内心で舌を打つと同時に、明那は迫り来る鬼達へ向けて右手を振り下ろした。
「乱れ桜――"斬"っ!!」
明那の周りを螺旋状に渦巻いていた花びらは、そのまま突き出した右腕へと伝わり、鬼達へ向けて猛スピードで飛んで来る。
機関銃の弾丸が如く飛来する、"鋭利"な無数の花びら……
そう、対エウル戦の時とは違い、その一枚一枚が鋭利な刃物と化した花びらだ。
そして、その美しくも儚げな凶弾が鬼達の先頭集団へと襲いかかる。
数十枚――いや、数百枚という花びらが身体中に突き刺さり、硬い皮膚をズタボロに切り裂かれ、そして鬼達はボロボロとなった式札へと戻っていった……