第一章 サウラント王国 01
20XX年9月20日早朝、オレは死んだ……
いや、正確にはこれから死ぬ……多分。
オレのベッドの傍らに立つ、金髪ツインテールの少女。
一部分だけ極端に成長した大きな二つの膨らみはあるが、それでも見た目は中学生くらいに見える小柄な少女。
しかし、人よりも大きく尖った耳が、その外見と実年齢の乖離を示していた。
そう、彼女は不老長寿として有名なエルフ族――いや、正確には人間の父親とエルフの母親の間に産まれたハーフエルフである。
名前は、ステラ・リヴァイスタ。
早朝、オレを起こしに来たステラは中々起きないオレに業を煮やし、勢いよく毛布を剥ぎ取ったようだ。
しかし、ベッドに横たわるオレを見た瞬間、ある一点を見つめたまま、凍り付いたように動かなくなってしまったのである。
対するオレも、眠い目を擦りながら上体を起こし彼女の視線を追うように、そこへと目を向けた瞬間、やはり身体が凍り付いたように動かなくなってしまっていた。
お、おぉ……か、神よ。昨夜のオレは、ナゼこんな愚かな事をしてしまったのでしょうか……?
確かに昨夜は夜更かしをして、心身共に疲労困憊だった。そして、着ていた服も汚れてしまっていた。
しかし……しかしだっ!!
なぜオレはっ! オレってヤツはっ!!
なぜ、全裸のまま寝てしまったのだぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?
加えて、全裸で○○○丸出し以外にも、更に厄介な事があった。
そう、このベッドにはもう一人。小柄な少女が、同じく産まれたままの姿でオレに寄り添うよう眠っているという事だ。
この子の名前はラーシュアと言い、外見は十歳前後。
しっとりとした艶やかな長い黒髪に、色白の肌。見た目は、まるで日本人形のような少女だ。
分類するなら確実に美少女――いや、美幼女のカテゴリーに入るであろう。
しかし、オレはつるペタ好きなロリコンでもなければ、小児性愛者でもない……おそらく。
ゆえに、女子小学生みたいな彼女の裸を見たからといって、それに欲情するなどありえない……きっと。
ただ問題なのは、今が朝だという事だ……
わたくしこと一条橋静刀は、今年十七歳の性少年……じゃなくて青少年。
当然のごとく寝起きともなれば、オレの分身の熱気は最高潮状態だ。
そう、ステラとオレの視線は、まさにその最高潮状態に隆起したオレの分身に――若さの象徴である、朝の生理現象に向けられているのである。
まるで、時間が止まったかのように、全てが静止した世界。
それは『先に動いた方が負けるっ!』という、少年誌にありがちな戦闘シーンのごとく、ピクリとも動けない静寂と緊張が支配する世界……
そして、その永遠に続くかと思われた静寂の世界を破壊したのは、オレの隣で寝ていた緊張感の欠片もない第三者。ラーシュアだった。
「ん? なんじゃ……もう朝かのう……?」
その幼い外見には似つかわしくない言葉使いで、眠そうな声を発するラーシュア。
両手で目を擦りながら、ゆっくりとした動作でモゾモゾと起き上がると、ひとつ大きなアクビをした。
「ふぁ~~あっ……んん?」
と、ここでようやく周囲に流れる異様な空気に気付いたらしい。
ラーシュアはまずオレの顔をうかがい、次にステラへと視線を移すと、最後に二人の視線の先へと目をやった。
ここでシンキングタイム5秒。
「………………(ポン)」
そして、全てを理解したラーシュアは、口角を吊り上げニヤリと悪魔の微笑を浮かべた。
「なんじゃ~ぁ、主ぃ~。朝から元気ではないかぁ? 昨夜はあんなに激しかったのにのぉ~」
その、幼女の様な外見とはうらはらに、艶のある口調で甘い吐息を漏らしながら、オレの胸板へ身を擦り寄せるラーシュア。
「ちょ、バ、バカッ! オマエ、ナニ言ってっ!?」
「へえぇ……昨夜は激しかったんですかぁ……?」
慌ててラーシュアを引き離そうとするオレの耳へ、低くドスの効いた声が届く。
顔を上げ声の主へと目をやると、そこには顔を伏せて肩を震わせるステラの姿があった。
時が凍り付いた世界から解放された代わりに、今度は燃え盛るような闘気纏い、悠然と立つハーフエルフ。
「激しくない激しくないっ! ぜんーーーーっぜん激しくないよっ! もお、ひと振りで終わり、って感じだったからっ!!」
「なんじゃぁ……ツレないのぉ、主よ。あんなに熱く燃える夜は、久方ぶりじゃったのに」
慌てて否定するオレ。
しかし、ラーシュアは更なる燃料を投下しながら、オレの首に腕を回して顔を寄せて来る。
「そ、そうですか……? 燃えるように熱い夜だったんですかぁ……」
ステラはオレから剥ぎ取った毛布を床に落とすと、右の拳を強く握り締めた。
ラーシュアの柔らかく温かな体温を感じる腹部とは対照的に、背筋には凍り付くような冷たい汗が流れる。
「ま、まて、ステラ! た、確かに燃えていたし、熱かったけどっ、オマエの考えているような事とは違う意味でだなぁ……」
慌てて弁解をするが、どうやらオレの言葉はステラの耳には届いていないようだ。
その証拠に、ステラの全身を覆っていた熱い闘気は魔力変換され、それがドンドンと右の拳へと集中していく。
「い、いや、たがら……ま、まずは冷静に話し合おう……なっ、ステラちゃん。いやステラ様っ!」
「シズトさんの……」
ユラリと一歩踏み込んで、間合いを詰めるステラ。そして、全ての魔力が右拳に集中した瞬間――
「バカァァァーーーーッ!!」
ステラの絶叫と共に、伝説のスーパーブロー『ギャラクティ◯・マグナム』が唸りを上げた。
え~~、ここでひとつ、驚愕の真実を後世に伝えておこう。
アニメやゲームなどでは、『エルフ族は知能が高い代わりに力が弱い』というのが常識であり定説となっている……
駄菓子菓子っ! じゃなくて、だがしかしっ! それは大きな誤りなのである。
小柄なハーフエルフの少女、ステラ。
実年齢は別としても、彼女の体格は一部(胸)を除いて女子中学生レベルである。
だが、その彼女が繰り出したスーパーブローは、二階にある自室のベッドの上にいたはずのオレの身体を一撃で屋外まで吹き飛ばしてしまったのだ。
それはまさに、一千億の星々を飲み込む銀河の奔流の如き一撃であった……
自室の窓を突き破り、切り出した石で舗装された道路の上へと仰向けで落下し、全身を強打するオレ。
薄れゆく意識の中――
「ねえ、ママァ。あのお兄ちゃん、オチ○チンがピクンピクンってしてるよぉ」
「しっ、見てはいけません!」
なんて声を遠くに聞きながら、オレの意識は再び深い闇の中へと落ちて行くのだった……