第四十三章 目付けと肩慣らし①
開始の合図と共に大地を蹴り、一気に間合いを詰めに来る明那。
オレは腰を落とすと、片逆手に持った棒を一字に構え、猛スピードで一直線に迫り来る明那を待ち受けた。
「うおりゃーっ!!」
ファーストコンタクト――
突進の威力に加え、左足の力強い踏み込みと腰の捻り。更には腕の振りに手首のスナップを効かせた明那渾身の袈裟斬り。
まるで野球のピッチングフォームのように振り下ろされた、寸止めする気などサラサラない、当たれば即試合終了となるであろう一撃だが――
「ほいっと」
オレは竹竿を握る左手を突き出しつつ右手を引き、その強烈な一撃を軽く弾き返した。
カッンッ!! という乾いた音共に、大きく宙を舞うクナイ。
斬撃を止められ、得物を弾き飛ばされながらも、明那は後ろへと下がる事はなく、キッチリと自分の間合いへと入り込む明那。
そして、懐から即座に新しいクナイを取り出すと、左右二刀で素早い連撃を開始する。
「オラオラオラオラオラオラーッ!!」
上下左右、あらゆる角度から降り注ぐ、クナイの斬撃。
それでもオレは慌てる事なく竹竿の両端を使い、的確にその斬撃の威力を相殺していった。
『速い速いっ!! 目で追うのも困難なアキナ様の連続攻撃に、さしものアキラ様も防戦一方ですっ!』
サンディ先輩の言う通り、普通の人間には目で追う事すらも困難なレベルだし、実際明那の斬撃スピードは日本にいた時よりも確実に二割程は増していた。
恐らく観戦席からは、時代劇の殺陣を二倍速……いや、四倍速くらいで観ている感じだろう。
知らぬ間に成長した最愛の妹に、お兄ちゃん嬉しいやら寂しいやら、とても複雑な心境です……
『聖剣様っ、出だしはアキナ様が完全にペースを掴んでいるように見えますが、どうでしょうか?』
『ふむ……それはどうかのう? 確かにあの間合いは妹御の間合いじゃが――ワシには、主があの間合いの戦いに付き合ってやっておるように見えるのう』
『そ、そうなのでしょうか……?』
『うむ。棒術の間合いは変幻自在。そして主の力量であれば、妹御をクナイの届かぬ間合いへ引き離す事も出来よう。いや、それ以前に、あの間合いへ入れさせぬ事も出来たであろうな』
『な、なるほど……』
確かに村正の言う通り、棒術であれば明那を間合いへ入れない事も出来たけど……
まあ、お互いにまだウォーミングアップを兼ねた様子見の段階だしな。そこまで気張る事もないだろ。
『それに、恐らくじゃがこの間合い。すぐに妹御の方から嫌って引き離してくるはずじゃ』
『えっ? 今の間合いは、アキナ様の間合いなのですよね? なのに、アキナ様から間合いを嫌うのですか?』
『確かに妹御の――クナイの間合いじゃが、クナイでは棒術を使う主の防御は崩せんでな。そして何より、この攻防は妹御の消耗が激し過ぎるのじゃ』
『と、申されますと?』
『妹御の一撃一撃は、とてもクナイとは思えん程の威力を秘めておる』
『確かに……一回戦ではあの小さな武器で幅広の剣を持つあのクソイケメ――んんっ、失礼。ブロードソードを持つあのビクトール様を圧倒しておりましたね』
サンディ先輩……
いま、ビクトール先輩を"クソイケメン"って、言おうとしてなかったか?
『うむ。クナイであれだけの威力を出すには、腕力だけでは不可能。踏み込み、腰の捻り、腕と手首の振り、それと逆手の引きもじゃな。妹御はそれらから生ずる力を一点に集め、クナイを振るうておる。しかし対する主はと言えば、その斬撃の威力を梃子の原理を使い、最小限の力で相殺しておるのじゃ』
『梃子の原理……ですか?』
『そう、梃子の原理じゃ。例えば、妹御の右手による斬撃。主から見て左手側からの斬撃を例とすれば、棒の右端でその斬撃を受けると同時に、左手を支点とし右手を手前に引く事でその威力を相殺しておるのじゃよ。最初に言うたであろう? クナイにとって、棒術は相性が最悪じゃと』
そう、間合いが短い上、一振り毎に全身のバネを用いて振るう必要のあるクナイと、どんな間合いにでも対応でき、梃子の原理で小さな力を大きな力に変えられる棒術。
相性で言えば最悪だろう。
『ところで聖剣様……? アキラ様の用いている棒は、ただの竹なのですよね? ブロードソードを圧倒するアキナ様の猛攻に、普通の竹があれほど耐えられる物なのでしょうか?』
ここでソフィアの口から漏れた素朴な疑問。まあ、当然の疑問だわな。
鉄製のクナイと物干し用に作られた竹の竿。いくら竹が強靭さとしなやかさを併せ持つ優秀な素材とはいえ、鉄と比べれば強度は段違いだ。
『ふむ。確かに、ただの竹竿じゃ。して、妹御の技量を鑑みれば――相手が並の使い手なら、初撃で竿ごと身体を真っ二つにされておるじゃろうて』
『ひっ!?』
『ま、まっぷた……』
村正の物騒な例えに、揃って顔を引き攣らせるソフィアとサンディ先輩。
てゆうか、それは少し話を盛り過ぎだろ?
確かに、明那なら竹を斬るなんて造作もないだろうが、さすがに人体を真っ二つにするにはクナイじゃ刃渡りが足りん。
雨あられと振り注ぐクナイを目で追いながら、苦笑いを浮かべるオレ。
『では、主が何故、ただの竹竿で妹御の斬撃を受けられておるのかと言えばじゃ。竹というは霊的に優れており、霊力を良く通す樹木でのぉ。主は攻撃を受ける刹那、あの竹竿に霊力を通し、その一瞬だけ強度を上げておるのじゃよ』
そう、正に村正の言う通り。
なぜ普通の竹竿がこの連撃に耐えられているのか? それは、衝撃を吸収する竹特有のしなやかさに加え、クナイの刃が通らないよう、インパクトの瞬間に霊力を通して竹の表面を硬化しているのだ。
『あ、あの素早い打ち合いの中で、アキラ様はそのように高度な事を行っているのですか……?』
『いやいや、あの程度の打ち合い。主達にとっては、ただの肩慣らしじゃろうて』
『あの、目で追うのも困難な打ち合いが、肩慣らしですかっ!?』
『ふむ。あとは目付けじゃろうな』
『め、めつけ……?』
聞き慣れない言葉に、ちょこんと首を傾げるサンディ先輩。
"目付け"という言葉は、種目や流派で色々と解釈が変わってくるけど――
『以前にアキナ様からは、目や筋肉の動き、重心のとり方から先の行動を予測したり、相手の力量や弱点、またその時々のコンディションを測る行為だとお聴きしましたけど……』
まあ、この場合はそんな感じだろう。
『ふむ。その言う通りじゃな。主と妹御、お互いに手の内を知り尽くしておると言うても、一年という空白期間があるでな。ああして打ち合い、肩慣らしで身体を温めながら、お互いの力量に対する誤差を修正し合いっておるのじゃよ』
『『おおぉ~っ!!』』
村正の解説にソフィアとサンディ先輩を始め、観戦席のそこかしこから感心と感嘆の声が上がる。
が、しかし……




