第四十二章 選手入場
『さて、間もなく本年度騎士武祭決勝戦の選手入場時間となります。決勝戦はご存知の通り勇者様対聖女様、そして異例の兄妹対決。果たして、優勝の栄冠はどちらの頭上に輝くのでしょうか? 実況は午前に引き続き、わたくしサンディ・スェートがお送り致します』
選手入場五分前。
実況席に座るサンディ先輩の放送が開始され、その声が精霊魔法を通じて超満員の闘技場へと響き渡る。
『そして、ここで皆様に嬉しいお知らせがあります。なんとコチラの実況席に解説として、対決するお二人の戦いを熟知されていらっしゃる聖剣様。更にスペシャルゲストとして、お二人の後見人であるソフィア王女殿下に起こし頂けました。聖剣様、王女殿下、よろしくお願いします』
『うむ』
『こちらこそ、よろしくお願い致します』
サンディ先輩の紹介に、湧き上がる観戦席。
オレは直接聴こえてくる歓声と、精霊を通した三人の声を聴きながら、控え室から闘技場へと繋がる廊下をゆっくり歩いていた。
てゆうか、村正のヤツ。『うむ』とか言って、なにやら尊大に振る舞っているけど……
異世界の言葉を話してるって事は今頃、あのサンディ先輩の巨大な生乳に挟まれている訳だよな。
正直それを思うと、あのエロ性剣に対して沸々と殺意が湧き上がってくる……
『早速ですが聖剣様。一つお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?』
『ふむ。何でも聞くがよい』
『ありがとうございます。先ほどアキラ様、アキナ様両名の指示という事で、闘技場へ五体の銅像――いえ、木像でしょうか? 武器を手にした立像が、運ばれ配置されたのですが、アレは何なのでしょうか?』
『アレは、四天王とその長たる帝釈天の仏像じゃな』
そう、昼休憩の時に、運営委員に頼んで運び込んで貰った仏像。
緩やかな楕円の闘技スペースを囲う壁沿いへ等間隔に五体、帝釈天と四天王の仏像を運び込んで貰ったのだ。
『帝釈天と四天王……ですか?』
『うむ。仏法とその帰依する衆生を護るのが四天王。増長天に広目天、持国天に多聞天の四尊。そして、それを束ねる長が帝釈天じゃ』
『な、なるほど……』
村正の解説に納得出来ているのかいないのか? 若干曖昧な相槌を打つサンディ先輩。
まあ、この辺は日本人でも知らない人が多いだろうし、仕方ないだろう。
ちなみに、村正の言った"四尊"と言う言葉。この"尊"とは仏法における御仏の数え方で、神道における神様の数え方である"柱"にあたるものだ。
『して、その五尊の像が五芒星を描くように配置されておるという事は、戦いの余波が観戦席へと及ばぬよう、結界を張るつもりなのじゃろう』
『結界……ですか? しかし、観戦席の最前列には二十人からの宮廷魔導師を配置し、障壁を展開して下さっているのですが……』
『それでは心許ないと思おておるのじゃろ? 実際、土御門裏本家の人間――それも神道夢幻流を極めた二人が本気でぶつかり合えば、いくらこの国の精鋭術者とはいえ二十人程度の結界では役に立たんわい』
『は、はあ……』
村正の言いように、困り顔で引き攣った笑みを見せるサンディ先輩。
全くもってその通りなのだが……もう少し、言い方ってものがあるんじゃないか?
見ろっ! 障壁を張って下さる宮廷魔導師さん達の顔をっ。皆さん揃って、ものすごく不機嫌そうな顔になっちまっただろうが!
廊下を抜け、闘技場へと繋がる両開きの扉の前に立つオレ。その扉へ嵌められた格子付きの窓越しに外の様子を眺めると、最前列へ等間隔に並んで立っている宮廷魔導師達が、揃って苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
まあ、宮廷魔導師になるくらいである。皆さん、プライドだけは高そうだからな……
「と、ところで勇者様……」
「聖女様を相手に、その様な武器で戦われるのですか?」
オレが宮廷魔導師さんのご様子に苦笑いを浮かべていると、扉の両端へ門番のように立っていた男子生徒達が声をかけて来た。
「まあな。コレはコレで、結構使い勝手がいいんだよ」
「は、はあ……」
「そうなのですか……?」
肩に担いでいる得物に困惑気味の二人へ、イタズラっぽくニヤリと笑ってみせるオレ。
まあ、コレ自体は特に珍しい物ではないけど、コレを戦闘に使うなんて発想、こちらの世界にはないだろうからな。
『それでは時間となりました。只今より本年度騎士武祭、決勝戦を始めます。西方、本年度出場者枠優勝者。聖女、アキナ・ツチミカド様、入場お願いします』
サンディ先輩の合図と共に闘技場西側にある扉が開かれると、盛大な拍手と歓声の中、襷を掛けた巫女服の明那がゆっくりと姿を現した。
『あら、まあ? アキナ様が襷を掛けているなんて、珍しいですわ』
『タスキ……ですか?』
ソフィアから思わず漏れた言葉に、キョトンと首を傾げるサンディ先輩。
『襷とは、妹御の両袖をたくし上げておる、あの帯の事じゃよ』
『えっ? ああ、アレですか……』
村正の説明に納得するサンディ先輩。まあ、そもそも袖の大きな服自体が、この国には流通していないしな。明那と一年間同じ学校で過ごしていたソフィアはともかく、襷なんて普通は知らなくも当然だろう。
『ああして袖をたくし上げ、留めて置くことで、袖が邪魔にならず軽快に動く事が出来るのじゃよ』
『な、なるほど……で、でも、あの袖――準決勝戦では、戦いの中で大きな役割りを担っていたように思うのですが、ソレを固定してしまってよろしいのでしょうか?』
『確かにのう。しかし、今回はお互いが手の内を知り尽くしておる者同士の戦い。しかも、着物の袖を使うような、小手先の技が通じる相手ではないからのう。なれば動きの邪魔にならぬよう、留めてしまった方が賢明じゃ。恐らくじゃが、勇者の方も、袖を襷で留めておると思うぞ』
村正、正解。
自分の両肩に掛かる白い襷に視線を落とし、苦笑いを浮かべるオレ。
そして、そんな襷談義をしているうちに、明那は試合開始のラインまで進み、その歩みを静かに止めた。
『では続きまして、東方、昨年度優勝者。勇者、アキラ・ツチミカド様、入場お願いします』
サンディ先輩の合図に、門番のように立っていた二人の男子生徒がゆっくりと扉を開いていく。
「じゃあ、行ってくる」
「勇者様、御武運を――」
男子生徒達へ軽く手を上げ、闘技場へと足を進めて行くオレ。
明那の入場時と同様。盛大な拍手と歓声が巻き起こる観戦席……だったけど、その歓声が次第にざわめきへと変わっていった。
くっくっくっ……
なんか、ドッキリが成功したみたいで、ちょっとだけ気分がいい。
オレはゆっくりと歩みを進めながら口元を綻ばませ、横目に観戦席へと視線を向けた。
まず目に入ったのは、あんぐりと口を開け、目が点になっている講師陣。次いで、その姿に笑いを噛み殺しているファニと腹を抱えてバカ笑いをしているエウルの姿。
そして、その隣に座っているメイド姉妹が、驚きに見開いた目をオレ担いでいる武器へと向けているのが見えた。
「ア、アレってまさか……」
「先日、わたくしの用意した物干し竿……?」
当然、二人の声がここまで声は届いて来る事はないが、そう言っている唇の動きがハッキリと見て取れる。
そう、オレが担いでいるのは、長さ六尺(約180cm)程の竹製物干し竿。明那軍曹がブートキャンプの時に使っていたヤツを拝借してきた物だ。
『ホッホッホッ! ココで棒術を選びよるとは、ワシの主は中々に傾奇者よのう』
『えっ? あっ……し、失礼しました。ボウジュツ……ですか?』
オレの得物があまりに予想外だったのか? 言葉を失い、固まっていたサンディ先輩。
しかし、胸元で楽しそうに笑う村正の声で我に返り、言葉を詰まらせながらも実況を再開し始める。
『うむ。異世界ではとんと見かけんが、棒術または棍術、杖術とも呼ぶかのう。棒術は"突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀"と言うてのう。槍、薙刀、太刀の要素を兼ね備えた千変万化な技の数々に加え、持つ位置により如何なる間合いにも対応出来る汎用性を兼ね備えた立派な武術じゃよ』
『は、はあ……そうなのですね……』
べた褒めする村正の言葉に、今ひとつピンッときてない様子のサンディ先輩――とゆうか、放送を聞いている生徒達のほとんどがピンッときてないようだ。
まあ、実際に見た事がないのだ。それも仕方ないだろう。
とはいえ、どんな武器にも一長一短があり、当然にして棒術もいいトコばかりではない。
まず剣や槍などの刃物と違い、余程的確に急所へ当たらなければ、相手を殺すどころか動きを止める事すら難しい。
何より、刃物なら掠っただけでも出血するが、棒術では殆ど出血させる事が出来ない。
正直、出血があるとなしでは、攻撃が当たった時に相手へ与える精神的プレッシャーが段違いだ。特に、あまり戦い慣れをしていない者は、自分の出血を見ただけでパニック状態に陥ったりもするし。
『まあ、その威を知らぬお主らは、たかが棒っ切れと思うとるのやもしれんがのう』
『えっ!? い、いえっ、決してそんな事は……』
『だが、その威をよく知る者――妹御の顔を見てみるがよい。ワシの言葉があながち間違いではない事が分かろう?』
『えっ? あっ……』
先に入場していた明那へと目を向け、言葉を詰まらせるサンディ先輩。
そう、明那はオレの持つ物干し竿を睨み付け、不満気に思い切り顔を顰めているのだ。
『どのような武器にも一長一短があると共に、相性というモノがある。そして、その相性で言えば、妹御の素早さを頼りに懐へ飛び込み、短い間合いで戦うクナイ二刀は、棒術との相性が最悪じゃ』
『なるほど……』
明那の表情を受け、村正の言葉に納得するサンディ先輩。
まあ、棒術とクナイの戦いは、コレから実際に観て貰うとして……
「お兄ちゃん……クナイ相手に物干し竿は、ちょっと大人げないんじゃない?」
オレが試合開始のラインまで進み歩みを止めると、明那は頬を膨らませながら右手を上げ、会場に配置された四天王立像のうち二尊――増長天像と広目天像へ向け霊力を流し始める。
「文句なら、観戦席で苦虫を噛み潰している講師陣に言ってくれ」
明那のクレームを聞き流し、オレも同じように右手を上げて残り三尊の像へと霊力を送った。
五尊全ての像へと霊力が行き渡ると、それらを頂点として大地に光の五芒星が浮かび上がり、魔法陣を描き出す。そして、その壁沿いに五芒星の頂点を結んで描かれた魔法陣は、上方へ向け透明な障壁を形成していく。
こうして出来上がった、闘技スペースと観戦席を仕切る筒状の透明な結界。
内外どちら側からも行き来は出来ず、強度は自衛隊の10式戦車一個中隊(12車両)の一斉砲撃にも十分に耐えられるはずだ。
一応、その外側に宮廷魔導師さん達が障壁を張ってくれているが、正直強度は段違い。恐らく、そちらの出番はないだろう。
ちなみに、結界の展開中はずっと霊力を消費し続けるのだけど……まあ、この世界はマナの豊富で霊力の回復も早いので、たいした負担にはならない。
さて、随分と遠回りをしてしまった気もするが、この祭りもようやくクライマックス。
そして、オレの最初で最後、唯一の見せ場だ。明那に、偉大な兄の姿というものを見せてやる為にもいっちょ張り切っていきますか。
オレが口元を緩め、物干し竿を持つ右手を顔の前にかざすと、明那も同じようにクナイを持つ右手を顔の前にかざした。
この世界における騎士の礼。決闘の準備と覚悟が出来たという意味を表すサイン――
二人が揃ってそのポーズを取ったのを確認し、サンディ先輩が試合の開始を高らかに宣言する。
『本年度騎士武祭、決勝戦――始めっ!!』




