第四十一章 腹黒メイド、再び③
「お相手に関しまして、ビクトリア様からはまだハッキリとした明言はございませんが、大旦那様はおおよその検討がついているご様子。そして、その方の子であれば、エルラー家の次期当主として申し分ないとお考えなのでしょう」
「検討がついて……だと? ビクトリアの相手がどこの馬の骨かもハッキリしないウチから私を切り捨て、その子をエルラー家の次期当主に指名しようというのかっ、父上はっ!?」
「はい……しかし、確証はなくとも確信はお有りのようです。というより、エリシェース女学院にいるビクトリア様をご懐妊させられるお相手は、彼の人しかおられませんゆえ……」
「ど、どういう事だ……? いや、エリ女にいるビクトリアをどうやって妊娠させるというのだ?」
「それは……」
ベッドに横たわったまま問う、ビクトールの訝しげな視線。その苛立ちの混じった視線からそっと顔を反らし、サーシャは言いにくそうに声のトーンを落として話を続けていく。
「公にはされておりませんが……エリシェース女学院へ自由に出入りの出来る殿方が一人だけおられるのです。それも、学院と王室の公認で……」
「なんだと……? 誰なのだ、それは……?」
「王室としては、彼の人の血を一人でも多くの女性に受け継がせたいと考え、また学院側としても在席する多くの女生徒にその血筋を受け継がせたいと考えている殿方……」
サーシャの話に、ビクトールの顔がみるみると憤怒の表情へと変わっていく。
そう、あまりにも簡単な連想ゲーム。
サーシャの出したヒントを聞き、ビクトールは瞬時にその男へと辿りついてしまった。
「ツ、ツチミカドか……」
「はい……そして、おそらくビクトリア様のお相手もツチミカド様かと……」
「――――っ!!」
「そして、その事を察した大旦那様は、エルラー家に勇者の血筋を取り込み、その子を次期当主へ据えるため、ビクトール様を廃嫡にされたのではないでしょうか……?」
「ツ、ツチミカドの子が、エルラー家を継ぐだと……」
顔を真っ赤に染め、正に鬼の形相を見せるビクトール……
もし、薬で身体の自由を奪ってなかったら発狂し、暴れ回っていただろう。
「サーシャッ!! 直談判に行くっ! 今すぐ、父上に面会を求めろっ!!」
「そ、それは、難しいかと……」
「ナゼだっ!?」
「ビクトール様は、廃嫡と共にエルラー家を勘当された身。学園も、明日付けで退学になると聞いております」
「えっ……?」
「つまり、今のビクトール様はエルラーの姓を剥奪され、身分も既に平民なのです。公爵家のご当主様に、お目通りが叶うはずもなく……」
「へ、平……民……」
真っ赤な鬼の形相から、一気に顔を青ざめさせるビクトール。
そう、公爵家を勘当されるという事は、自身の身分が平民へと落ちるという事である。
薬による思考力の低下で、そこまでは頭が回らなかったのか? それとも、現実から目を背け意識して考えないようにしていたのだろうか?
そもそもが、貴族至上主義を唱えるビクトールである。自分が平民になる未来など、考えた事もなかっただろう。
しかし、サーシャの口から出た"平民"というワードに現実を突き付けられ、ビクトールはまるで魂が抜け落ちてしまったかのように呆然とし、固まってしまった。
その間抜けな顔を前に、必死で笑いを堪えるサーシャ。
そして、その間抜けな主を嘲笑うような心内とは正反対に、同情のこもった悲しげな表情をビクトールへと向ける。
「心中お察し致します、ビクトール様……」
「………………」
「ビクトール様……わたくしは、悔しいです……」
「………………」
「ご当主様の決定に異を唱えるなど、エルラー家に仕える者としてあってはならぬ事だとは分かっております。が、しかし……大旦那様のビクトール様に対するこの仕打ち。わたくしには、やはり納得が出来かねます」
「…………だからと言って、平民の私やお前に何が出来るというのだ……?」
まるで抜け殻のように虚空を見つめながら、ビクトールは力なく呟いた。
そう、自身が貴族至上主義であったからこそ、貴族に対して――それも、公爵家という高位貴族に対して、平民の言葉など何の意味も持たない事を誰よりも良く知っているのだ。
絶望という虚無感の中。ただ漠然と天井に目を向けているビクトール……
「一つだけ……」
サーシャは視線の高さを合わせるように床へと両膝を着き、ベッドへ横たわるビクトールの横顔を見据えながら静かに口元を開いていく。
「一つだけ、ビクトール様の廃嫡と勘当を取り消せるかもしれない方法がございます」
「――!?」
サーシャの口から出た言葉にハッとして息を飲み、目を見開くビクトール。
そして、その大きく開いた目をゆっくりとベッドサイドに膝を着くサーシャへと向けていく。
「そ、それは……?」
ビクトールとサーシャの視線が交わる中間地点。そこには、サーシャが差し出した小さな小瓶があった。
紫色の少々怪しげな液体の入った小瓶……
「コレは、お腹の中にいる子供を流す薬でございます」
「子供を……流す……って、まさか!?」
「はい。ビクトリア様の子供が流れさえすれば、ビクトール様の廃嫡と勘当が取り消しとなる可能性がございます」
「い、いや……しかし、お前……」
その真剣な表情と鋭い視線から、サーシャが本気で言っているとビクトールにもすぐに理解出来た。
しかし、その本気の視線に気圧されて、若干及び腰のビクトール。
それでも――
「そ、その薬は母体に――ビクトリアに悪影響はないのか?」
まだ産まれてもいない子供と自身の廃嫡取り消し。双方を秤にかければ、自身の保身に傾くのは当然であった。
「はい。母体に後遺症が残る事はございません。ただ、薬の副作用と致しまして、一年ほどは子供が出来にくくなるとの事ですが――それは、ある意味で好都合な事かと」
「確かに……」
今の子供が流産となっても、すぐまた次が出来てしまっては、確かにあまり意味がない。
サーシャはビクトールの手を取ると、その手を胸に抱き込み優しく微笑んだ。
「ビクトール様……わたくしのあらゆる伝手を使い、必ずやビクトリア様の子を亡き者にしてみせます。ですからビクトール様も諦めず、お心を強くお持ち下さいませ」
「サーシャ……お前、私の為にそこまで……」
「はい。わたくしの身も心もビクトール様の物。このサーシャ、どこまでもビクトール様と……とも……」
そう、優しく微笑み、ビクトールへと語りかけていたサーシャ。しかし、その言葉は最後まで語られる事なく、一変した表情と共に途切れてしまった。
そう、大きく見開かれた焦点のあってない瞳。そして、唇の端から流れる一筋の真っ赤な血とは対照的に、血色が急速に失われていく表情と共に……
「おっ、おいっ、サーシャッ! どうしたのだっ!?」
その、尋常ではないサーシャの様子にビクトールは慌てふためき、声を張り上げた。
ただ、そんな主の呼びかけも虚しく、咳き込むような大量の吐血まき散らし、ベッド脇の床へと崩れ落ちていくサーシャ……
「おいっ、サーシャッ! 返事をしろっ! サーシャッ!! サーシャッ!!」
身動きが取れないビクトールにベッド脇へと崩れ落ちたサーシャの様子を確認する術はなく、出来るのは声を上げて彼女の名を呼び続ける事だけである。
必死に死角となっているベッド脇へと声をかけるビクトール。
しかし、サーシャからの反応はなく、代わり先ほどまで彼女のいた場所へ、スーっと人影が現れたのだった。
「おいおい、ビクトール先輩よぉ。黙って聞いてりゃあ人の子供を流すだ何だと物騒な話をしてるじゃねぇか。ええっ、おい?」
「ツ、ツチミカド……?」
そう、現れたのは、ビクトールの妹であるビクトリアを孕ませた張本人である、土御門明羅だった。
突然現れ、下卑た笑みで自分を見下ろす明羅に驚きを隠せず、呆気に取られたように目を丸くするビクトール。
ただ、それでもすぐに気を取り直し、ビクトールは荒げた声を上げた。
「おいっ、ツチミカドッ! サーシャをどうしたのだっ!?」
「ああん、サーシャ? サーシャってのは――」
明羅は面倒くさそうに腰を屈ませ、足元から何かを拾い上げると、ソレをビクトールへ見せつけるように突き出した。




