第四十章 魔力と魔力⑥
「それは何か? 軍略や戦略でオレの方が格下だからって意味でか?」
そう、初代勇者である真田幸村は、智将真田昌幸の実子。
オレも人並み以上に軍略や戦略知識はあるけど、おそらく幸村には及んでいないし、戦の采配となれば幸村の方が上だろう。
とはいえ、それはあくまで人対人の合戦――対人戦であればの話だ。
魔王とは、いわゆる妖かしの王。
妖かしとの戦いで、陰陽師より武士の方が相性良いなどと言われたら、いくら温故なオレとて黙ってられない。
「まあ、それも若干はあるかもしれが……しかし、妖かしとの戦なれば、主の方が専門家じゃ。軍略戦略の面は差し引きトントンと言ったところじゃろう」
「なら、何をもって相性が悪いなんて言ってんだ?」
「ふむ。実は先程、主達の話しておった霊力と魔力の話を聞いて思い出したのじゃが――」
少々不機嫌そうに問うオレに対して、村正は間を取るように一拍開けてから、ゆっくりと続きを語り始めた。
「魔王を魔王たらしめる所以。それはの、周囲の魔素を汚染させる事にあるのじゃよ」
「汚染……だと?」
「うむ。汚染された魔素は魔力の力を強め、霊力の力を弱めよる……いや、それどころか、魔王近くの濃く汚染された魔素は霊力に変換出来ず、霊力の回復が出来んようになるのじゃよ」
「「………………」」
村正の言葉に絶句するオレと明那。
霊力の回復が出来ない――それは、体内に溜め込んだ霊力を使い切れば、あとは陸に打ち上げられた魚同様に干乾びて死んでいくだけという事。
剣を一振りするにも霊力を使い、威力と剣速を制御している陰陽師にとって、その状況は致命的。
そして、確かにその状況なら、霊力を使わずに剣を振るう武士の方が陰陽師よりはまだ相性がいいだろう。
「え、え~と……聖剣様? そのマナが汚染されるというのは、どの程度の範囲に影響が出るのでしょうか……?」
「ほう。良い質問じゃな、姫さんよ」
「恐縮です」
「まあ、そうさのう……魔王の奴めから周囲五里ほどから影響が出始め、半里の距離ともなれば霊力の回復はほぼ出来んようになるのう」
オレと明那に続き、話しを聞いていた学園生達の殆どが息を飲み絶句していた。
ちなみに、村正の口にした"里"という単位は真田幸村が伝えており、この国では普段使いもされている単位である。
説明するまでもないだろうけど、一里が約4kmだから五里は約20km。そして、半里は一里の半分で約2kmだ。
って、半径20kmっていったら面積で……約1250平方キロメートルくらいか? それって、東京23区の倍くらいあるじゃねぇかっ!?
『おいコラッ、エロ性剣。そんな話、聞いてないぞ。なぜ今まで黙ってた?』
一応、村正の作ったガセ設定を考慮し、サンディ先輩の胸元から伸びる村正の柄を掴んでから、低い声の日本語で問いかける。
『じゃから、主達の話しておった霊力と魔力の話を聞いて思い出したと言うておろう? それまで、すっかりと忘れておったわい。いや~、歳は取りたくないもんじゃのぉ』
このボケ性剣が……
村正から手を放し、オレは大きくため息をついた。
まあ、事前に知っていたからといって、何か対策が立てられるかと言えば、どうする事も出来ないんだけどな。
ゲームや異世界ラノベみたいに、霊力が回復するマジックポーションみたいなアイテムでもあれば別だけど、そんな便利アイテム、この世界には存在しないし。
出来る事があると言えば――
「とはいえ、そう悲観ばかりするものではないぞ、皆の者よ。今代の勇者と聖女は、呪術の強さと霊力の許容量が桁違いじゃ。途中での回復が望めなくとも、万全の状態で勇者と聖女が――いや、どちらか一人でも魔王の元へ辿り着き、その手にワシが握られておれさえすれば十分に勝機はある」
そう、村正の言う通り。魔王と対峙するまで、誰か一人の霊力を温存しておく事くらいだ。
「なるほど……では、もし魔王が復活した場合。わたくし達がすべき事は、アキラ様もしくはアキナ様を万全の状態で魔王の元へと送り届ける。という事でございますね?」
「うむ、その通りじゃ。出来るかのう、神託の姫君よ?」
「この身命を賭してでも必ずや……」
村正の言葉に、神妙な顔で大きく頷くソフィア。
そして後ろへと振り返り、集まっていた学園生達を見渡すと、胸を張って大きく息を吸い込んだ。
「皆様、聖剣様のお話、お聞きになりましたね? 魔王復活の兆しに際し降臨される勇者様。しかし、その勇者様へおんぶにだっこするだけでは、魔王に打ち勝つ事は出来ません。未来の騎士たる皆様の協力が必要不可欠なのです! この国の平和の為、延いては世界の平和の為、より一層鍛錬に励んで下さい!」
「「「はっ!!」」」
王女殿下の訓示にも似た言葉に背筋を伸ばし、ビシッと敬礼を返す学園生達。
「ふむ、結構、結構。では、ワシらは参ろうかのう?」
「はい、聖剣様」
「主に妹君よ、其方達も遅れるでないぞ」
生徒達の態度に満足げな村正に促され、そのエロ刀を胸に挟んだまま頭を下げ、出口の方へと足を向けるサンディ先輩。
「ところで其方、名はなんと申す?」
「わたくしの事はサンディとお呼び下さい」
「さんでぃか? 佳き名じゃの。して、年はなんぼじゃ?」
「十八にごさいます」
『『お前はバカ殿さまかぁぁーーっ!?』』
去り際に聴こえてきた性剣と先輩のやり取りに、思わず日本語でツッコミを入れるオレと明那。
いや、まあ……日本の古き良きコントの話はさておき。村正のヤツ。なんで、このタイミングであんな話をしたんだ?
おかげで、ウォーミングアップする時間がなくなっちまったじゃねぇか、ったく……
とりあえず、オレ達もとっとと控え室に行くか。村正に代わる武器の用意もしなくちゃだしな。




