第四十章 魔力と魔力②
「そう、殺気について……殺気っていうのは、剣気や闘気と同じような物で、それをぶつける事で相手を萎縮させ、身を竦ませるって原理は分かるのよ」
「ふむ。特に大きな殺気の場合は、死をイメージさせる事で、更に恐怖も生まれるからな。その効果も大きい」
ちなみに、相手が発した気に対して同じように気を発し、それをぶつける事で気を相殺する事も出来る。
そして、気をぶつけ合い相殺し合った上で、より大きい方の余剰分だけ、相手の身を竦ませるなどの影響を及ぼす事が出来るのだ。
「でも、アキラやアキナちゃんの殺気は、どう考えても普通じゃない。あれは萎縮して身が竦むとかそんなレベルじゃないし、何よりあの時の感覚は死への恐怖だけじゃない。上手く言葉に出来ないけど、もっとこう……不安とか絶望とか、とにかく色んなモノが入り混じっているというか、突然深い闇の中に落とされて行くと言うか……」
体験した感覚を必死に言語にしようとするエウル。
今ひとつ要領を得ない内容物だが、周囲の人間はその言葉に大きく頷いている。
「エウル様の言わんとする事は、なんとなく理解出来ます。あの、呼吸する事すらままならない程の威圧感――」
「そう、あの威圧感は、圧倒的な力を持つ悪魔や魔族にでも睨まれたようでした。まあ、実際にそのような経験はありませんので、想像でしかありませんが……」
そして、続いて出たメイド姉妹の言葉に思わず感心するオレ。
「さすが、第四王女さま付きのメイドさん。鋭い読みですね」
「と、申されますと?」
頬を綻ばせて出たオレの言葉に首を傾げながら、空になったオレのカップへとコーヒーを注ぐ姉のアリアさん。
「オレと明那は、剣気や殺気で気当てをする時に魔力を込めてるんですよ」
ちなみに、この気当てという概念は、現代日本の武道にも存在する。
例えば、剣道の試合で出す大きな掛け声は、身体の中で気力を満たし自身の動きや打突を俊敏にするとともに、その気迫で相手を威圧し萎縮させているのだ。
そう、その時に発する気が剣気であり、それを相手ぶつける事を気当てというのである。
もっとも、マナや魔法、そして気の存在自体が明確に実証されていない現代日本。実際に気を気当として使えるなんていうのは、余程の達人かオレ達のような隠れ術者くらいのモノだろう。
しかしだ。 大気中のマナが豊富で、気や魔法の存在が確立しているこの世界では――
「い、いやでも……闘気や殺気に魔力が込もってるなんて、当たり前の事でしょ?」
と、戦いに気や魔法を使うのが当たり前であり常識なのだ。
そう、エウルの言う通り。気に魔力を込めるなんて、この世界では当たり前の事ではある。
当たり前であるのだが……
「この場合の魔力とは、お前らの言う魔力とは別物……いや、別物というほど別物じゃないか? 似て非なる物……っていうのとも違うな。とにかく、別の意味なんだよ」
「意味わかんない。つまり、どういう事よ?」
どういう事とか言われても……
この世界にない概念を説明するのは難しいのだが……
「とりあえずだ。話の大前提として、万物全ての物には、陽と陰、光と闇、正と負、プラスとマイナスといった二つの極面がある――」
少々真面目モードで話すオレに、聞き手のエウル達も表情を引き締める。
「そして、それは大気中のマナを体内に取り込んで作られた力も同じなのだが――コチラの世界ではその力を魔法の源という意味合いで魔力と呼んでいるんだよな?」
「えっ、ええ……そうね」
「ただ、オレ達は少し違ってだな。その力の内、プラスの力――つまり陽の力を霊力と呼び、マイナスの力である陰の力を魔力って呼んでいるんだ」
「ああ……たまにアキラが霊力って言葉を使っているのを聞いて何の事かと思っていたけど、そういう意味か」
オレの解説へ納得するように言葉をこぼすファニ。
使い慣れた言葉だからな、どうしても無意識に出てしまうのだ。
「でも、そのプラスとかマイナスって、具体的に何が違うのよ?」
「そうだな……まあ、簡単に言えばだ。人間がマナを取り込み、気や魔法の源として変換された物が霊力。魔族や悪魔が取り込んで同じように変換された物が魔力。って事だな」
「ついでに言うと、魔力は妖かしの使う力という事で妖力って呼んだりもするね。で、人の使う霊力を元とした気を霊気、対する妖かしの気を妖気って呼んでる。更についでに言うと、人によっては妖気を感じると、頭のてっぺんの毛がアンテナみたいにピィーンと立ったりするよ」
「へえぇ~、その現象は面白いわね」
オレの解説に補足の説明と、ついでにいらん説明を付け加える明那。てゆうか、妖気を感じてそこの毛が立つのは鬼太郎さんだけだ。
「まあ、話をまとめると、剣気や闘気、そして殺気を出す時、普通は体内に取り込んだ霊力を込めて発してるけど、オレと明那はその霊力を殺気へ込める段階で魔力に変換してるって事だ」
「う、う~ん……まあ、それは理解できた。理解は出来たけど……霊力を魔力に、アキラの言うところの陽を陰に変えただけで、あそこまで変わるモノなのか? 込められた力の質が変わったところで、結局のところ殺気は殺気だろ?」
眉を顰めて、唸るように尋ねるファニ。
確かに陰と陽のどっちであろうと、殺気は殺気だけど――
「なあ、ファニ? さっきアリアさん達が、"圧倒的な力を持つ悪魔や魔族にでも睨まれたよう"って言ってたの覚えてるか?」
「えっ? あっ、ああ、覚えてるけど……」
「どうしてそんな風に感じるのかというとだな、人は強烈な陰の殺気を受けると、五感がそれを魔族や悪魔のモノだと錯覚を起こすんだよ」
「そして、人は本能的に闇や魔を恐れるもの。それは、魔の者と人間による長い確執と闘争の歴史の中、そこで陵辱を受け蹂躙されてきた記憶が絶対的な恐怖として魂に、そして遺伝子を通じて細胞の一つ一つにまで刻み込まれているから……だから、魔力を孕んだ強烈な殺気に、人は絶望的なまでの恐怖を感じてしまうんですよ」
オレの言葉に、再び明那が真顔で言葉を繋いでいく。
そう、まったく以て、その通りだぞ明那。それが分かっているんだから、コレからは学食みたいな人の多い場所で、むやみに殺気を出すのはやめような。
「どうだ、エウル? 納得出来たか?」
「んん~。出来たと言えば出来たけど……」
イマイチ煮え切らない返事のエウル。
まあ、陽も陰も一緒くたに魔力と一括にしていたこの世界にはない、新しい概念だ。
簡単には理解し切れないだろう。
「その区分で言えば、私達も魔法を使う時は霊力を使っているって事よね?」
「そうだな」
「そしてアキラ達は、それを意図的に魔力に変えて使う事も出来ると?」
「ああ」
「じゃあさっ? 魔力を使って同じ魔法を使うと何か変わったりするの?」
煮え切らない顔から徐々に真顔に変わり、最後には好奇心に目を輝かせ、前のめりに質問を重ねて来るエウル。
いや、エウルばかりではなくファニやソフィア、更にはメイド姉妹までもが目を輝かせ、果ては周囲にいる学園生達もオレ達の会話に聞き耳をたてていた。
みなさん、初めて聞く話しに興味津々のようだ。
まあ、新しい知識を得れば、その分だけ学園生達の――未来の騎士達の能力アップに繋がるし、それが引いては国の安定にも繋がってくる。
正直、面倒くさいしガラでもないけど、勇者として少しばかり呪術魔術の講習と洒落込みますか。
一部、学園の講師が教えている内容を丸否定する事にもなるけど……




