第三十九章 朧桜③
「でも、この技――あまりアキナ様らしくありませんわ」
「ん? そうかぁ?」
ファニとは反対側の隣りから聴こえてきた、呟くような声。ソフィアの口からポロリと漏れた言葉にオレは首を傾げる。
「はい……アキナ様の技にしては美しさがありません。いえ、攻撃に入るまでは、とても洗練されて美しい動きでしたのに、今はとても粗野な感じがします」
「ああ、そういう事か……」
ソフィアの言わんとする事に納得し、オレは若干の苦笑いを浮かべた。
確かに今の様子は美しくない。例えるなら今の様子は、動けなくなった奴隷に「ヒャッハー!」と言いながら鞭を打つ、世紀末のモヒカンのようにも見えるからな。
「まあ、今の使い方は想定外だからな」
「想定外……ですか?」
「ああ、本来のあの技――朧桜という技は、桜の花びら一枚一枚を鋭い刃となし、回避不能な無数の刃で敵を斬り刻む技で、一対多の戦いを想定した一振り一殺の技だからな。一人を滅多打ちにするなんて使い方は想定外だし、あれがもし実戦で花びらを刃として使っていたなら、エウルは最初の一撃目で死んでいる」
「なるほど……そういう事ですか……」
とはいえ、
『じゃあ、他の技を使えよ』
と思うかもしれないが、基本的に神道夢幻流は暗殺・殺戮術である。
正直、他の技では殺傷力が高すぎて殺してしまいかねない上に、学園生レベルでは反応すら出来ずに終わってしまいかねないモノばかりなのだ。
受ける事も回避する事も出来ない。攻撃が届かない距離まで間合いを取ろうにも、明那がそれを許すはずもない。加えて、休む間もなければ反撃するスキもないという、正に"ないない"尽くし。
エウル……頭の悪いお前でも、もう理解出来ただろ?
変なとこでプライドが高いから意固地になってるんだろうけど、もう完全に詰んでるんだよ。
意地張ってないで、早く降参してしまえ。
そんな事を思いながら肩を軽く竦め、オレは二人の口元へと視線を集中させた。
「エウルさん……もう完全に詰んでますから、そろそろ降参した方がいいですよ」
そう口にしながら、一定のリズムを崩す事なく舞い続ける明那ではあるが……
さすがの明那も、一方的にエウルを嬲り続けるようなこの展開は心苦しいのだろう。
本来なら防具の隙間を中心に打ち込む桜の花びらを、意図的に胸当てや手足の防具へ打ち込んでいるようにも見える。
とはいえ、それも一度に襲い掛かる桜の花びら数百枚のうち、防具に当たるのは八割程度。残り二割は防具のない箇所へと飛び、確実にエウルへダメージを与えているが。
「そうね……ない頭で色々考えてみたけど、受ける事も躱す事も出来なければ、間合いを取る事も出来ない。大楯でもない限り、この技は防御不可能ね」
「その通りです。ない頭でそれ以上考えても無駄。下手の考え休むに似たりですよ。早く降参しちゃいましょう」
「自覚あるし、自分で言うのはいいけど、人に"ない頭"とか言われるのはムカつくわね。まあ、確かに防御不可能の技ではあるけど、でも……」
右回転から来る横薙ぎの斬撃を、短刀をクロスさせ両手で受け止めるエウル。
「でもっ! まだ詰みじゃないわよっ!!」
気合いを入れるように声を上げ、そのまま左足を力強く踏み込むと、明那のクナイを思い切り押し返した。
予想外の反撃に、若干だが体勢を崩す明那。
とはいえ、明那のクナイを押し返す事が出来ても、エウルの事態は好転するわけもなし。
むしろ、両手を使って明那のクナイを押し返した為に、その後の防御が完全に疎かかだ。
ほぼ無防備状態のエウルへ向けて、無数の花びらが襲いかかる。
が、しかし……
「躱す事が出来ないなら、ダメージ覚悟で前に出るっ!!」
そう言って、エウルは襲い来る桜の花びらへ向けてノーガードで突っ込んで行った。
激痛に顔を歪め、まるでゲリラ豪雨の雨音のような鈍い打撃音を奏でながら、明那へと斬りかかって行くエウル。
正直、この反撃はオレにも予想外だ。
そして、オレが予想外であったように、当然明那も予想外のようだ。
迫り来るエウルの短刀。その気迫のこもった捨て身の斬撃に、まるで身体が硬直してしまったかのように棒立ちで立つ明那。
「もらったぁーっ!!」
正に、最後の力を振り絞った渾身の一撃。
そして、その勢い良く振り下ろされる短刀は、明那の身体を深々と斬り付けたのだった。
「えっ? なんで……」
そう、彼女が持っているのは、刃引きしてあるはずの模造刀。
その切れ味などないに等しいはずの短刀が、業物の名刀並みの滑らかで人体を深々と斬り付けたのである。
噴水のように舞い上がる血飛沫を前に、目を丸くして呆気にとられるエウル……
いや、エウルだけじゃない。
会場中、何が起こったのか分からずに静まり返っていた。
もし、剣道の試合中。竹刀で打った打突が相手を防具ごと切り裂いてしまったら選手は、また観戦者はどういう反応をするだろうか?
おそらくは、何が起こったか分からずに、会場中が一瞬の静寂に包まれるだろう。
正に今、そんな感じである。
しかしだ。そんな静寂など長くは続かないし、その後に起こるのは会場中の大パニックである。
まったく、あのイタズラ娘は……




