第三十七章 必殺の四連撃?③
「ほいっとな♪」
「えっ……!?」
明那は嬉しそうに口角を吊り上げ不敵な笑みを浮かべると、軽い掛け声で後ろへと引いた足を前へ踏み出し、力任せにエウルの身体を押し返した。
自分よりも一回りは小柄な明那に、軽々と跳ね飛ばされるエウル。
「くっ……」
驚きに目を丸くし、その瞳に戸惑いの色を見せながらも、反射的に空中で一回転。両足と右手で三点着地を決めると即座に立ち上がり、追撃に備えて迎撃の体勢を整えた。
体勢を低くし、両手に持った短刀で身体を守る様に構えるエウル。
対して明那はと言えば、追撃どころか無防備に両手を下ろし、ゆっくりと背筋を伸ばした。
リラックスするように全身の筋肉を弛緩させ、正にスキだらけで棒立ちに立つ明那であるが、しかし……
「うっ……き、きたか……?」
そんな明那を正面から見据えるエウルの瞳が先程の戸惑いから一転。急速に恐怖の色へと変わっていく。
そう、明那の放つ強大な殺気を受けて……
網膜にその姿が映っていても、それを人として認識されないレベルまで気配と殺気を消す暗殺者モードとは対極。
熟練の剣豪が、その剣気で相手を威圧し身を竦まさせるが如く、殺気を前面に出してエウルを恐怖で威圧する殺戮者モードの明那。
その恐怖に飲まれまいと、明那の殺気を必死に受け流しているエウルの眼前。明那がクナイを握る両腕をゆっくり広げると、その背後に二つの小さな魔法陣が浮かび上がった。
妖しく光る魔法陣。そして中心から、大蛇のもたげる鎌首の如き無骨な鉄杭を先端に付けた二本の鎖がジャラジャラと音をたてて伸びていく。
「合格です。エウルさん。ここからは学生相手のお遊びではなく正式な試合――正式な対戦相手としてお相手させて頂きます」
「そりゃどうも……」
「まあ、一応は試合形式ですのでクナイも杭も刃引きした物を使いますけど、エウルさんの四連撃同様、綺麗に決まれば命に関わって来ますので気を抜かないで下さい」
「ええ、分かってるわ………」
正直、センター街辺りでイキってる不良程度なら、失禁しながら腰を抜かしてもおかしくないレベルで放たれている明那の殺気。
実際、前の方に座る生徒達などは明那の殺気に当てられ身を震わせているヤツがチラホラ見受けられるし、何より一部の女生徒などはスカートの前を押さえながら、トイレへと向かって逃げるように通路を駆け上がっていた。
売店のおばちゃんに、替えの下着を仕入れておくように言っておけば良かったかな?
などと若干の後悔しつつ、顔を赤くしながら走り去る女生徒に対し、見て見ぬ振りという紳士の振る舞いを見せるオレ。
そんな紳士的な一面を見せるオレの視界の隅を、驚きで目を丸くするメイド姉妹の姿が掠めた。
「あ、あの距離でアキナ様の殺気をまともに受けて――」
「まだ、戦意を失わずに立っていられるのですか……?」
スカートを握り締め、声を絞り出すメイド姉妹。
ああ、この二人もあの殺気の被害者か……
「アキラ様、なにか?」
オレの含みある意味深な視線に気付いたのか?
姿勢を崩す事なく、横目にオレを見ながら端的に問う姉のアリアさん。
「いや、もしかしてお二方も、明那のあの殺気に嫌な想い出でもあ――」
「「ありませんっ!!」」
オレのからかう様な口調の問いを遮るよう、メイド姉妹から被り気味に否定の声を上った。
スカートを握る拳へ更に力がこもり、ぷるぷると肩を震わせながらも、何とか平静を装い、頑張ってポーカーフェイスを維持する二人。
まあ、その態度だけで、状況証拠としては充分だけど……
「アキラ様っ! 確かにアリアもリリアもアキナ様との模擬戦で何度か粗相を致しましたが、それを詮索するような行為。紳士としていかがなものかと思いますわっ!」
「「ちょっ、ソ、ソフィアさまぁ!?」」
ひ、姫さまよ……
家臣の二人を庇ったつもりなのかもしれないけど、必死に無かった事にしようとしていた二人の努力が水の泡になってるぞ。
顔を真っ赤にしながら裏返った声を上げるメイド姉妹を背に、悪気なく粗相の事実を暴露しながら頬を膨らませる天然お姫さまへ苦笑いを浮かべるオレ。
まあ、そもそもの発端はオレだけどな。
「で、でも、エウルのヤツ……あの距離であれだけの殺気を受けてるのに、どうして立っていられるんだ? 正直、この距離でも気を抜いたらチビりそうなのに……」
おいおい、勘弁しろよファニ……
美人メイド姉妹のならともかく、ヤローの失禁シーンなんて見たくもないぞ。
「まっ、慣れの問題だな」
すぐに退避出来るよう尻をソフィア側に半分ずらしつつ、若干引き気味に頬を引きつらせながらファニの口から漏れた疑問に答えるオレ。
「慣れ……?」
「ああ。明那がお遊びモードから試合モードになれば、こういう展開になるのは分かっていたからな。事前にエウルには、殺気慣れするための訓練をしておいたんだよ」
そう、エウルにはこの一週間。自主練の締めに殺気慣れする為の特訓メニューを取り入れさせ、オレもそれに協力していたのだ。
「いやいや、殺気慣れって……こんなのどうやったら慣れるんだよ……?」
「どうやったらって、それはオマエ――いま、明那の出している殺気以上の殺気を慣れるまで受け続けるのが一番手っ取り早いだろ? 幸い、オレもあの程度の殺気は出せるしな」
「い、いやっ! でもっ、そ、そんな事したら……」
反論しかけて言葉を詰まらせる――とゆうか、続きの言葉を飲み込むファニ。
まあでも、言いたい事は分かる。
第四王女付きのメイド兼護衛であるリリアさんとアリアさんですら、間近で受ければ粗相をしてしまう程の殺気だ。
それを慣れるまで受け続けるという事は、美人メイド姉妹と同等――いや、それ以上の惨事を生むという事にほかならない。
実際、最初の頃は腰を抜かしてヘタリ込み、脱水症状が心配になるくらい大地に水分を撒いていたし……
「エウル様……この戦いの為に、そこまでされていたなんて……」
ファニに限らず、ソフィアと美人姉妹にもその事が容易に想像出来たのだろう。
明那の殺気を受けながらもファイティングポーズを崩さずに立つエウルへと、揃って憐れむような目を向けていた。
一応、アイツの名誉の為に――って、名誉がまだ残っているかは甚だ疑問だが、まだ名誉が残っていると仮定して言っておく。
確かに初見でオレの殺気を受けた時には、オレの目の前で盛大に粗相をし、更にそこへヘタリ込んでしまった為、制服のスカートまでもが大惨事になってしまっていた。
それを踏まえ、二日目からオレは強引に目隠しをされていたし、本人もあらかじめ下着を脱ぎ、ヘタリ込まないよう近くの木にしがみついて訓練をしていたのだ。
ちなみに、オムツを穿けばいいんじゃないかと提案したら、無言で右ストレートが飛んで来た。
まあ、掠りもしなかったけど。
全くの余談ではあるが、中世おフランスの女性が穿いていたスカートがあんなに膨らんでいたのは、立ったままの用を足せるようになのだそうだ。
しかも、野外ではそのまま垂れ流しにして、屋内でも携帯用のオマルに用を済まし、それを窓からポイ捨てしていたので、当時の道路や庭は汚物塗れだったという。
ちなみに、ハイヒールとは、そんな汚物塗れの道を歩く為に生まれたという説もあるそうだ。
そんな、どうでもいいようなトリビアを思い出しながら続けた、約一週間の殺気慣れ特訓。
その特訓の成果として、彼女はどうにか殺気を受けても怯まずに動ける様になったのだった。
さて、エウルちゃん。それは人として、そして女性主要キャラとしての大切な何かと引き換えにしてやり遂げた特訓の成果だ。
間違っても瞬殺なんてされないでくれよ。




