第三十七章 必殺の四連撃?②
静まり返る闘技場。
その場にいる全員の視線を釘付けにしている二人――闘技場の中央で静止する二人を見て、オレは口元へ笑みを浮かべた。
「とりあえず、第一関門通過だな……」
隣りに座るファニ――いや、観戦席にいるほぼ全ての人間が呆気に取られ目を見開いている中、オレは誰に語り掛ける訳でもなくポツリと呟いた。
至近距離で視線を交錯させる明那とエウル。
そんな二人の口元へと目を向けて、オレは双方の唇を読んでいく。
「やりますねぇ、エウルさん。今のもお兄ちゃんからのアドバイスですか?」
「まぁね。正直、ホントにこれでいいのか半信半疑だったけど――アキナちゃんの様子を見るに、コッチに変えて正解って事かな?」
「そうですね。授業中に以前見せてもらった四連撃より今の四連撃の方がずっと厄介ですし、より実戦的です」
そう、エウルの得意技であり、必殺技でもある突進からの四連撃。
確かにスピードは前と比べて格段に速くなっているが、型だけ見ればあまり変わってないようにも見える攻撃。
しかし中身は――技の本質は、以前の四連撃と全く別物になっているのだ。
静まり返る観戦席の中、ソフィアを挟んだ一つ隣りの席から、
「わ、わたくし達二人掛かりの攻撃すらも、片手一本で軽くいなしていたアキナ様に両手を使わせた……?」
「い、いえ……それどころか半歩でもアキナ様を後ろへと下がらせるなんて……」
などという、絞り出したような言葉が聴こえて来る。
そういえばこの二人、ソフィアと明那がまだエリ女にいた頃、何度か模擬戦をした事があるとか言ってたな。
そう、メイド姉妹の言葉が示す通り、明那の右足は半歩ほど後ろへと下がり、右脇腹の寸前まで切っ先の迫る短刀を右手のクナイで押し止めているのだ。
王国第四王女の護衛を務めるほどの実力者であるメイド姉妹を手玉に取り、更に今日の一回戦では前々回優勝者であるビクトール先輩が放った魔法が付与された突き技すら、後ろへと下がるどころか二本の指だけで止めていた明那。
その明那に右手を使わせただけでなく、衝撃を殺し切れず半歩とはいえ右足を後ろへと下がらせたのだ。
正直、エウルの素早い動きを完全に目で追えた生徒がどれだけいるかは分からないが、その事実だけでも驚愕で言葉を失わせるには充分な出来事であったろう。
では、何が起こったのか? 今までの四連撃と先程の四連撃の何が違ったのか?
その答えは、先ほど明那が最後に口にした『より実戦的』という言葉と、そして――
「ただ……実戦に出て殺し合いになった時にならともかく、学園内では私とお兄ちゃん以外の学園生には使わないよう気を付けて下さい」
「ええ、分かってるわ。アキラにも同じこと言われたしね」
「結構です。正直、この威力……もし、綺麗に決まれば、模造刀でも十分に相手を死に至らしめますから」
という、二人の会話の通り。技の本質が、学生の試合用から実戦用に――実戦で殺し合い用の剣になっているのだ。
試合用と実戦用……
その二つの違いとは何か?
そもそも訓練や試合、そしてゲームなどと違い、実戦――真剣での殺し合いにおいては、必殺の四連撃など必要ないのだ。
そう、実戦の殺し合いは訓練や試合のように、綺麗に攻撃をクリーンヒットさせるか戦闘の続行が不可能になるまでダメージを積み重ねていけば勝ちという訳ではない。
ましてやゲームのように、相手のHPを0にすれば勝ちとか、HP4000Pの敵へ一撃1000P程度の攻撃を四回当てれば勝ちなどという単純なものではない。
――いや、逆か?
実戦の殺し合いは、試合やゲームなどよりも単純にして明快だな。
実戦では、相手の急所――致死点へ一太刀が届けば、それで全てが終わりなのだから。
ちなみに、元の四連撃がどういう攻撃だったかと言えばだ。
まず、短刀二刀を逆手に持ち突進。
そして、右手を袈裟斬りで振り下ろしつつ左手を逆袈裟で振り上げ、そこから今度は両手を広げるように首筋と腹部を横薙で斬り付けるというもの。
袈裟斬り、逆袈裟斬りの同時攻撃から、首筋と腹部へ横薙の同時攻撃という四連撃……
まあ、綺麗に決まれば確かに四連撃。仮に左右どちらがガードされても、もう片方の二連撃が決まるようにはなっている。
しかしだ、その全ての斬撃へほぼ均等に力を振り分けている上、両手で同時攻撃を行っている為、斬撃には腰も入っておらず体重も分散してしまうので、一発一発の威力が下がってしまうという、とても非効率な攻撃。
分かり易く言えば、ボクシングで左右のストレートを同時に打ち、更にそこから左右のフックを同時に打つようなものだ。
そんな体重の乗っていないパンチなど、当たったところで大したダメージにはならない。
ただ、威力の低い下手な鉄砲でも、数撃って当たれば勝ちと判定されるのが、学生レベルの訓練試合。
しかし、実戦――真剣での斬り合いとなれば、致死点に届かない、致命傷とならない決め技など逆に命取り。
肉を斬って骨を断たれるのがオチである。
ましてや、そんな大振りの大技。動かない訓練用人形や余程の格下、もしくは相手に余程の大きなスキでも出来ない限り綺麗に決まる事などないだろう。
まさに独学の弊害。典型的な、実戦経験の乏しい人間が机上の空論で考えた、見た目のカッコいい派手な決め技である。
とはいえ、長年の稽古で身につけた技ではあるし、全てを捨てるのは勿体ない。
そこで、四連撃の動作自体は大きく変ず、三つの虚構攻撃から本命にして必殺の一撃へと繋いでいく四連撃にしたらどうだと提案したのだ。
では、どう変えたのかと具体的に言えばだ――
まず、最初の袈裟斬りと逆袈裟斬りを、手首も握りも柔らかく、必要最低限の力でしなやかに振り抜くようにする。そうする事で、仮に相手の剣でガードされたとしても、短刀がまるで柳の枝のようにスルリとすり抜けて行くのだ。
そこから、逆袈裟で斬り上げた左手の短刀を首筋へと横薙に走らせたら、その腕を影として死角からの本命――
袈裟斬りで振り下ろした右手で相手の脇腹めがけ、短刀を一気に突き入れる。
型だけ見れば、この横薙ぎを突き技へ変えた箇所だけが以前の四連撃と唯一違う動きである。
そして、突進からの右袈裟斬り。更には、左逆袈裟から横薙を放つ腕の振りと腰の捻りから生まれる遠心力。その全てが、本命である最後の突き技へと勢いを付ける為の予備動作になっているのだ。
それだけの威力がこもった突き技である。刃引きした模造刀であっても、柔らかい脇腹なら簡単に穿いてしまうだろう。
ただでさえ殺傷能力の高い突き技。そして狙いは腎臓、もしはく肋骨の下から斜め上に突き入れた先にある肝臓や肺――そのどれもが人体の急所である。
腎臓であれば即座に意識を失い一分程度で死亡。肝臓や肺であっても一分程で意識を失い、五分も経てば死に至らしめる事が出来る。
そう、今のエウルの四連撃は、まさに実戦の剣。
独学の、更に見た目重視な机上の空論でしかなかった四連撃が、真剣での斬り合いで敵を殺す為の剣へと昇華した瞬間である。
そして、その実戦の剣は、殺し合いにおいて一日の長――いや、千日以上の長がある明那に右手を使わせ、半歩とはいえ後ろへと下がらせたのだ。
駆け出しの剣としては、充分に及第点であろう。
そして、その評価は明那も同じようだ。




