第三十四章 試合開始④
対して身動き一つせず、無防備に立ち竦んでいる明那。
その様子はまるで、予想外の出来事に驚き、身体が硬直し動けなくなってしまったかのようである……
明那の口元へ勢いよく迫り来るブロードソードの切っ先。
一瞬先にある惨劇の予測に、そこかしこから悲鳴があがり、多くの学園生達が二人から目を背けるが、しかし――
「なっ!? バ、バカな……」
信じられない光景――あり得ない光景を目の当たりにしかのように、ビクトール先輩は驚愕に目を見開き、声を震わせた。
その、ビクトール先輩が目の当たりにした信じられない光景とは何か?
それは明那の唇から1センチ手前で止まった剣の切っ先と、先程まで横ピースをしていた二本の指で刀身を挟まれ、止められてしまった己の最強剣技であった……
その、あまりの光景にビクトール先輩のみならず、誰もが言葉を失い、まるで時が止まったかのように闘技場全体がシンっと静まり返っている。
ただそんな中、明那は真剣な表情でビクトール先輩を見据え、ゆっくりと口を開いていった。
「分かりましたか? 先輩は決して天才ではない。人より少し才能とセンスがあるだけで、私やお兄ちゃんから見れば殆ど普通の人と変わりません。確かに今はまだ、才能があるだけ同年代の人より頭一つくらい抜きん出ているかもしれませんけど、その才能におんぶに抱っこで基礎を疎かにしていた分、この先は伸び悩んでいくのが目に見えてますし、基礎を固めた同年代の人達にどんどんと追い抜かれて行くのも明らかです――」
「ぐっ……」
非情な現実を突き付けられ、苦虫を噛み潰したような顔で明那を睨みつけるビクトール先輩。
しかし、当の明那はそんな視線などお構いなしで、更に現実を突き付けていった。
「それと、戦いに身を置く以上、勝敗は兵家の常。勝つ事もあれば、負ける事もあるのは当たり前です。そして負け経験し、その敗因を改善して次に活かす事で人は成長しい行く。なのに先輩は、負けた事を認めず、敗因から目を背け、そこから何も学ぼうとせず、薬を使われだ何だと言い訳ばかり……正直、見てるコッチが恥ずかしです」
「ふ、ふん……それは貴様の兄と戦った時の事を言っているのか……?」
「そうですよ」
「バ、バカバカしい……決闘の前に薬を盛るような戦いから、何を学べと言うのだ? 正しい薬の盛り方か?」
「はあぁ……まだ、そんな事を言ってるんですか?」
頬を引きつらせ、精一杯に虚勢を張るビクトール先輩へ向け、明那はヤレヤレとばかりに肩を竦めた。
「そもそも、そんな狙ったタイミングで、しかも前触れもなく一瞬で意識を失わせる薬なんてある訳ないじゃないですか?」
「ぐっ……」
ため息まじりな明那の言葉に、頬を引きつらせ口ごもるビクトール先輩。
先輩とて、そんな都合のいい薬などある訳ない事は、薄々分かっているのだろう。
そう、薬云々などというのは、負けた事を認められない――認めたくない精神的な言い訳なのだ。
そんな先輩の様子に全てを察し、明那はもう一度ため息をついてから、剣を取っていた左手を後ろへと引いた。
「お兄ちゃんが使ったのは、多分これです……」
不意に剣を引っぱられれ、前のめりにバランスを崩して倒れそうになるビクトール先輩と、それを支えるように甲冑の腹部――鳩尾辺りに右手のひらを当てる明那。
そして――
「神道夢幻流、無手之型――――『寸勁鎧抜き』っ!!」
明那が右足を踏み出して大地を力強く踏み締めると同時に、先輩の身体がビクンッと大きく跳ねた。
そして剣を手から零れ落ち、全身から力が抜けて、ぐったりと明那へもたれ掛かるビクトール先輩……
まるで、一瞬にして深い眠りへと落ちてしまったかのような先輩の様子に、何が起こったのか分からず、観客席の生徒達がザワザワとザワつきだす。
そしてそんな中、エウルに抱かれていた村正が感心するような声を出した。
「ほおぉ。妹御も透勁を使いよるのか?」
「まあな。とはいえ、寸打ちで使う所はオレも初めて見たわ……」
知らないうちに成長する妹に、お兄ちゃん嬉しいやら寂しやら複雑な心境です。
「って、ちょっとっ! ちょっとちょっとっ!?」
「なっ、何っ!? 今、何が起きたんっ!?」
「そもそも、トーケイやらスンウチとは、」
「一体、何なのですかっ!?」
エウルの栃木出身双子芸人ネタみたいなツッコミを皮切りにして、ファニとメイド姉妹が身を乗り出し矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
まあ、質問しているのはその四人だが、オレは回りで聞き耳を立てている生徒達にも聞こえるよう、少々声のトーンを上げて答えていく。
「ええ~と、そうだなぁ……まず寸打ちっていうのは、拳をテイクバックさせる事なく、対象物に手を置いたまま身体の各部位で発生させた力と体重移動だけで衝撃を与える打撃法だな」
「して透勁いうは、打突面ではなく身体の内部へと衝撃を浸透させる打撃の打ち方じゃな。使いこなせば、鎧の上から心の臓を潰す事も可能じゃ」
「ちなみに、寸打ちを極めると、瓦の試し割りで――っても、瓦なんて知らんか。だとすると、そうだなぁ……煉瓦なら分かるよな? 重ねた煉瓦30個くらいなら、寸打ちで一気に割る事が出来るし――」
「更に透勁を極めれば、てっぺんの煉瓦に手を置いて、任意の煉瓦だけを割る事も出来るのじゃ」
オレと村正の解説に、目を丸くするエウル達。
まあ、コッチの世界は剣と魔法の世界だけあり、素手の格闘術はあまり進んでないからなぁ……
「え、え~と……一応確認なんだけど。魔法とか魔力は使ってないのよね?」
「ああ。寸打ちも透勁も、体捌きだけで打ってるぞ」
「もしかして去年……アキラがビクトール先輩を気絶させた技って……?」
「ああ。今、明那が使った技と同じ技だ。とはいえ――」
エウルとファニの質問に答えながら、明那達の方へと目を向けるオレ。
そして、その視線の先では、ぐったりと寄りかかるビクトール先輩を、明那が地面へと横たわらせているのだか……
「形にはなってるけど、ダメージコントロールの方は若干の難ありだな……」
仰向けに横たわり白目を剥くその先輩の姿に、オレは少しだけ顔を顰めた。
そう、白目を剥くだけならまだしも、先輩の鼻と両耳からはツーッと一筋の血が流れ出ており、ついでにズボンの股間とその下の地面には大きなシミが出来ているのだ。
恐らく、肋骨が何本か折れ、横隔膜は破裂。そして、両耳の鼓膜も破れているだろう。
まあ、異世界の治癒魔法ならすぐに完治するだろうけど……とりあえず、意識を刈り取るだけなら、あと三割は威力を落とすべきだったな。
公衆の面前で白目を剥き、大量失禁して気絶する公爵公子を見下ろし、
『やべっ……やり過ぎた』
とばかりに、困り顔で頭を掻く明那。
そんな明那へ目を向けていたオレの隣から、不意に聞こえきた拍手の音。
始まりからここまで、ほとんど笑顔で戦いを見守っていたソフィアが、二人の健闘を称えるように拍手を送り始めたのだ。
主人の拍手へ釣られるようにメイド姉妹が、更にはファニとエウルが両手を叩きだし、そこから観客席の生徒達へと一気に広がっていった拍手の音。
『し、失礼しました。只今の一回戦第一試合。アキナ・ツチミカド様の勝利ですっ!』
そして、恐らく呆気に取られていたのであろうサンディ先輩から、ようやく出た勝ち名乗りに、拍手と声援が更に大きくなっていく。
そんな万雷の拍手喝采に満面の笑みを浮かべ、両手を上げて応える明那。
トーナメントの第一試合としては異例な程の盛り上がりを見せた我が妹の戦い。
まあ、結果は最初から分かっていたけど、それでもオレは口元を緩ませ、明那の初勝利に大きな拍手を送ったのだった。




