第三十四章 試合開始①
サンディ先輩の紹介と共に闘技場へ姿を現した二人。
オレ達から見て右手側が騎士甲冑に身を包んだビクトール先輩で、左手側が巫女服の明那だ。
割れんばかりの拍手と歓声が上がる観客席。
声援の大きさは、黄色い歓声でビクトール先輩を応援する女生徒達と、野太い声で明那へエールを送る男子生徒達とで、ほぼ半々といったところか。
『さて、一回戦から大変な盛り上がりを見せる今年の騎士武祭。しかし、それもそのはず。なんと初戦から、前々回優勝者にして代々近衛騎士団団長を務めるエルラー公爵家の長男でもあるビクトール様と、先日の盗賊団討伐で脅威の強さを見せた聖女アキナ様との対戦。有識者の間では、この試合が事実上の決勝戦であるという見方も多い注目の対戦カードなのです』
サンディ先輩のアナウンスで、更なる盛り上がりを見せる観客席。
しかしそのアナウンスに、隣に座る村正を抱いたエウルだけは眉間にシワを寄せていた。
「誰よ、その有識者って? 事実上であり、実際の決勝戦は私とアキナちゃん。そして、勝った方がアキラと戦うの。コレは決定事項なのよ、まったく……」
グチグチと愚痴るように呟くエウル。
とはいえ、エウルのその意見には、オレも大いに同意する。
特に、この四日間。エウルのパンツ――ではなく、エウルの自主練を見守っていたが(まあ、パンツも見守っていたが)、彼女はオレのちょっとしたアドバイスを元に中々の成長を見せていた。
正直、三年生主席のビクトール先輩を相手にしたとしても、楽勝とは言わんが十回戦えば八回は勝てるレベルまで成長している。
逆にビクトール先輩はといえば、近衛騎士団団長の息子で公爵家の跡取りという派手な肩書きが独り歩きしているだけ。そして、今までの対戦相手は、その肩書きに萎縮して本来の実力が出し切れず負けているというケースが殆どだ。
恐らくだがビクトール先輩の本当の実力は、学園内で見て中の上ないし上の下レベル。
更にオレや明那から見れば完全に格下なのである。
とはいえ、明那と対峙しているその格下さん。
未だに自身の身の程というものが分かっていないみたいで、自分の勝利を確信しているとばかりに余裕の笑みを浮かべ、明那へ何かを語りかけていた。
ホント、あの根拠のない自信はどこから来るのだろうか?
あそこまで楽天的に物事を捉えられるポジティブさは、正直ちょっと羨ましい。
湧き上がる歓声と声援にかき消され、当然二人の声はここまでは届かない。
なのでオレは、両目に霊力を集中させ視力を上げると二人の口元へと目を向け、その唇の動きから会話を読み取っていった。
「――く逃げずに来た事は褒めてあげるよ」
「いえ褒めてもらわなくても結構です。そもそも逃げる理由ありま――」
「しかし、一回戦で僕と当たるとは、キミも運が悪い」
「いや、人の話し聞けよ」
「分かっていると思うけど、一回戦は魔法の使用が禁止。純粋に剣技、槍技のみの戦いだ」
「知ってます。てゆうか剣のみの戦いでも、先輩相手に負ける気はしませ――」
「はっきり言って、魔法を使えないキミは僕の敵じゃない。降参して逃げ出すなら今のウチだよ」
「いや、だから人の話し聞けよ……」
相変わらずの自己陶酔モードで一方的に話している先輩へ、引き気味にジト目を向ける明那。
ホント、あの自信はドコから来るのやら……
「一つ宣言しよう。キミは何も出来ないまま、僕の前に屈するとね」
そう宣言して、右手に持つ剣の柄を顔の前にかざすビクトール先輩。
ちなみにあの構えが、この国の騎士にとっての礼に当たるポーズ。
決闘の準備と覚悟が出来たという意味を表すポーズだ。
「はいはい。せいぜい頑張って下さい……」
ビクトール先輩の物言いにヤレヤレとばかりため息をつき、げんなりとした顔で明那も右手に持つクナイを顔の前にかざした。
『騎士武祭、第一回戦、第一試合――始めっ!』
二人が礼を取ったのを確認し、サンディ先輩が試合開始を高らか宣言する。
と、同時に、ビクトール先輩が思い切り地を蹴り、一気に間合いを詰め明那へと斬り掛かった。
「――!?」
「速いっ!!」
先輩の予想外の攻撃に、眉を顰めるエウルと目を見張るファニ。
初手で渾身の一撃を放ったビクトール先輩だが、その斬撃は明那の右手に持つクナイで軽く受け流されてしまった。
しかし――
初撃を受け流されてもなお、ビクトール先輩は手を休める事なく連撃で攻め立て始めた。
まあ、先輩が先手を取りに行くのは、オレも少し予想外ではあったし、明那にとっても予想外であったろう。
開始前にあれだけ余裕を見せていたのだ。先輩の作戦は、当然どっしりと構えた横綱かと思っていただろうし。
とはいえ、多少予想外でも慌てる様子もなく、明那は両手に持ったクナイで冷静に先輩の剣戟を捌いている。
『速い速いっ! ビクトール様の素早い連撃っ! 変幻自在に降り注ぐ斬撃に、アキナ様は防戦一方だっ!!』
サンディ先輩の実況に、メイド姉妹の表情が曇る。
まあ確かに、一見すれば明那が一方的に攻め立てられ、苦戦しているように見えるわな。
ただ、そんな美人姉妹とは対照的に、主であるソフィアは顔色一つ変えずに試合を見守っていた。
丸一年、明那と一緒に過ごしていたのだ。当然、メイドの二人よりは明那の実力は知っているはず。そして、そんなソフィアには、明那が苦戦しているようには全く見えていないのだろう。
てゆうか……
「変幻自在って……まあ、物は言いようだよな――」
メイド姉妹だけでなく、一つ隣のファニの顔まで曇り始めた所で、そんな三人を安心させるよう、軽い口調でサンディ先輩の実況にチャチャを入れた。
「と、申しますと?」
眉を眉間に寄せ、オレの軽口の真意を問うアリアさん。
そんな、表情を曇らせる美人メイドさんに向け、オレは口元へ笑みを浮かべながら、ゆっくりと語り始める
「あれは変幻自在なんて良い物じゃなくて、ただメチャクチャに剣を振ってるだけ。ドタバタとガムシャラに剣を振っているだけの、ド素人まる出しな剣筋。子供のチャンバラと大差ないよ」
「それに、サンディ先輩は素早いとか言ってるけど、アレって言うほど速くないわよ。アキナちゃんはもちろん、私でも対処出来るわ」
オレのセリフに言葉を繋げるエウル。
確かに、今のエウルならあの程度なら、十分に対処出来るだろう。
「それに、アキナ様のお顔。まだまだ余裕がございま――っえ!?」
エウルの言葉へ、更に言葉を繋げていたソフィア。
しかし、その言葉を言い切る前に目の前の状況が一変し、ソフィアは戸惑いに言葉を詰まらせてしまった。
いや、戸惑っているのはソフィアだけではない。
ファニやエウル、そしてメイド姉妹も戸惑い、そして驚きに目を見開いてしまっていた。
そして、その場にいた全員の見開いた目に映っている物。それは、高々と宙を舞う一本のクナイ……
そう、ビクトール先輩の剣戟を余裕で受け流していたアキナのクナイが――右手に持っていたクナイが弾き飛ばされ高々と舞い上がってしまったのだ。




