第七章 近衛騎士、突然の死。そして…… 02
「クソっ! アタイらが見つけた時には、まだ息があったんだ! もう少し早く見つけていれば――」
「え……!?」
砂浜を蹴りながら、悔しさを滲ませるミラさん。
ちょっと待て……何だこれは……?
そのミラさんの言葉と集まっている人達の行動に、オレは何か違和感を覚えた……
その違和感の正体を確かめるべく、横たわるトレノっちの隣に膝を着く銀髪の猫獣人へと声をかける。
「プ、プレオさん。まだ、息があったって……?」
「えっ? ええ、脈が止まったのは今さっき。シズトくん――いえ、正確には姫さま達が来る直前よ」
「――!!」
先ほどまで、トレノっちの首筋に手を当てていたプレオさんの言葉。
その言葉で、違和感の正体がハッキリした。
そして、それと同時に身体が動き出す。
「ラーシュアッ!」
「心得たっ!」
オレは動きやすいように上着を脱ぎ捨てると、プレオさんの対面から横たわるトレノっちの上体を起こした。
それに合わせて、ラーシュアがトレノっちの身に着けている鎧を器用に外していく。
そう、違和感の正体は、医学や医療技術の違い。
脈が止まってまだ間がないというのに、誰一人として救命措置を行っていないのだ。
ただ、それも仕方のない事なのだろう。
なにせ、医学が発達していないこの世界では、脳死という概念がないのだ。ゆえに心肺停止はイコール死であり、死んだから心肺が停止すると考えられている。
しかしオレにとって――いやオレ達にとって、心肺停止と死は決してイコールではない。
まして、心肺の停止が姫さまとステラの到着直前というなら、時間はまだ二分と経っていないはず。
「ちょ、ちょっ……シズトさん?」
「お、お前達……いったい何をしておるのだ?」
「説明は後じゃ! 少し下がって、黙って見ておれっ!!」
ステラと姫さまの問いを、バッサリと切り捨てるラーシュア。
そして、上半身の鎧を外し終えたところで、自身も後ろへと下がった。
「男共は急ぎ焚き火の用意じゃ! 女共はタオルと毛布を用意せぇーっ!」
テキパキと指示を出すラーシュア。その指示を傍らに聞きながら、オレはチューブトップ姿になったトレノっちを再び横たわらせる。
濡れて身体に張り付き、その大きな胸の形をハッキリと浮かび上がらせる黒いチューブトップ。
しかし、今はそんな事に気を取られている場合ではない。
胸の上から心臓の位置――二つの乳頭を線で結んだ中央に左手のひらを乗せ、その上に右手を重ねて指を組む。そして肘を真っ直ぐに伸ばして体重をかけ、垂直に強く、速く、そして絶え間なく圧迫していく。
心臓マッサージは、一分間に百回のテンポで三十回を一区切りに。高校でやった防災訓練が実際に役立つ日が来るとは……何事も経験しておくものだ。
「三十っ!」
回数を数えていたラーシュアの声を合図に、心臓マッサージを停止する。
次いでトレノっちの顎を右手で上げ気道を確保しつつ、左手を額に当てながら鼻をしっかりと摘む。
そして大きく息を吸い込んでから、軽く開いているトレノっちの唇を覆うように自分の口を重ねた。
「ちょ、シ、シズトさん!?」
「シズトッ!! 死者を凌辱し辱めるような真似、いかなソナタとて許さ――」
「黙って見ておれと言うたであろう……」
オレの行為に激高し、護身用の短刀を抜いた姫さま。
しかし、その短刀はラーシュアに弾き飛ばされ、後方の砂浜に突き刺さる。
ラーシュアの幼女とは思えない物言いと迫力に気圧され、押し黙る姫さま――いや、姫さまだけじゃない。ステラを始め、集まっている者全員が気圧されるように押し黙った。
こうゆう時は、ホント頼りになる奴だ。
そんな様子を横目で見ながら、もう一度トレノっちの口に息を吹き込むと、再び心臓マッサージを開始する。
心肺蘇生は、心臓マッサージ三十回に人口呼吸二回をワンセットにしてループさせるのが基本だ。
集まった人達の見守る中、オレは心臓マッサージと人口呼吸を繰り返していく。
そして、そのループが四ループ目に差し掛かった時――
「主っ!!」
「おうっ!」
心肺蘇生を見守っいたラーシュアが声を上げ、オレもそれに応える。
そう、松明と月明かりに照らされたトレノっちの顔に――血の気を失い青ざめていた顔に、微かだか赤みが刺して来たのだ。
何より心臓マッサージをしている手には、まだ微弱ながら心臓の鼓動も伝わって来ている。
よし、いけるっ!
オレは更に強く力を込めながら、心臓マッサージを続けた。
「三十っ! コレで決めろよ、主っ!」
「分かってるっ!」
ラーシュアの檄に力強く応え、大きく息を吸い込むオレ。
戻って来いよ、トレノっち……
そう心で願いながら、血色の戻ってきたトレノっちの唇を覆うようにしっかりと口を合わせて、一気に息を吹き込んだ。
「………………かはっ!! けほっ、けほっ、けほっ!」
トレノっちの身体がビクんっと大きく跳ね、飲み込んだ海水を吐き出しながら、むせるように咳込んだ。
「オッシャー!」
「でかした、主っ!」
歓喜の声を上げるオレとラーシュアは、満面の笑みでハイタッチを交わす。
しかし、周りの人達はその光景が信じられず、唖然として声も出せずにいた。
「何をしておるっ! 女共は急ぎ濡れた服を脱がせ、身体を乾かしたら毛布と焚火で身体を暖めてやるのじゃ! それから、男共は今すぐこの場を立ち去れっ! 五つ数える間にワシの視界から消えんと、股間の粗末なモノを蹴り潰すぞっ!!」
幼女のモノとは思えない、威厳のあるテキパキとした指示。
その指示に、我を取り戻したおばさん達はトレノっちの身体を抱え上げて焚火の近くへと移動させる。
そして男達の方はと言えば、股間を押さえ悲鳴を上げながら、脱兎の如く走り去っていった。
「主もっ――と、言うのは少し酷かのぉ?」
「ああ、悪い……腰が抜けてる……」
へたり込んだまま、苦笑いで答えるオレ。
「最後の最後で情けない姿を晒しおって――まあよい、ならば天井のシミの代わりに、空の星でも数えておれ」
「ああ、そうさせてもらう……」
オレはゴロンと後ろに倒れ込み、大の字で砂浜に横たわった。
てか、こんなの数え切れるかってぇの……
そこにあったのは、満点の星空――
人口の光のない夜空には、東京では決して見られない壮大な光景が広がっていた。
トレノっちが助かったという安堵感と人の命を救ったという満足感に包まれながら、その壮大な光景をぼんやりと眺めるオレ。
そんなオレ耳に潮の香りに乗った波の音と、指示を出すラーシュアの声が届いて来る。
なんにせよ、ラーシュアに『あれれぇ~、おかしいぞ~』なんて言わせるような事態にならなくてホント良かった。まだ意識は戻ってないようだけど、あとはラーシュアに任せておけば大丈夫だろう。
なんせアイツは、見た目は子供だけど頭脳は――




