第三十三章 騎士武祭②
無機物で、自分では身動きの取れない村正がセクハラをするというのは考えにくい――
そんな事を考えていた時期が、私にも確かにありました。
楕円形闘技場の観客席。
オレは自分のクラスが観戦している席へと足を運び、そこで見たエウルの奇行に思わず自分の目を疑ったのだった。
前から三列目の席。ファニ、エウルと並び、一つ席を空けてソフィアとメイド姉妹が並んで座っていた観客席。おそらく、その一つ空いている席がオレの席なのだろう。
オレが来た事に気付き、メイド姉妹が腰を上げて頭を下げ、その隣のソフィアが『おかえりなさい、アキラ様』と声を掛けてくる。
そんな三人に軽く右手を上げ『ただいま』と返しながら、オレはその空席の前に立ち、予想の遥か斜め上――常軌を逸した行動を行うエウルを見下ろした。
「おう、主よ。戻ったか?」
先に声を掛けて来たのは、エウルに抱かれ上機嫌な様子の村正。
ただ、その性剣の発した言葉に違和感を覚えながらも、オレは困り顔で思わず、
『ごめんなさい、こんな時どんな顔すれば分からないの――』
などという、ベタベタに使い古されたエヴァネタをかましそうになっていた。
まあ、とりあえず。エウルの奇行は、笑えばいい状況でないのだけは確かだ。
「聞いた聞いたっ!? 聖剣様が、コッチの世界の言葉を話してるのよっ!!」
などといいながら、嬉しそうな顔でオレを見上げるエウル。
先ほど覚えた違和感……
そう、性剣が発した言葉とは、いつもの日本語ではなく異世界の言葉なのだ。
ただ、このエロ性剣がコチラの言葉を理解していたのは知ってるし、それを話し出したからといって別に驚きはしない。
オレが我が目を疑ったのは、その性剣を抱くエウルの格好になのである。
この、商売人の娘は何を血迷ったのか……いや、このエロ性剣に何を吹き込まれたのか? 襟元のボタンを外し、そこから村正を服の中へと通して抱きかかえているのだ。
エウルの巨乳と呼ぶにやや物足りない、平均をやや上回る胸の谷間に挟まれてご満悦の村正と、このエロ性剣の正体も知らず、ニコニコ顔で村正を抱くエウル……
「な、なあ、木下藤吉郎……?」
「誰がサルよっ!?」
信長、秀吉の逸話が頭を過ぎり、ぽろりと出てしまった呼び名にエウルは眉を釣り上げる。
「ふむ。この場合のサルとは、太閤豊臣秀吉公の事じゃな」
「たいこう、トヨトミヒデヨシコウ?」
「ヒデヨシ公の事ならなら、わたくしも存じておりますわ」
と、ここで、会話の輪へと入って来って来るソフィア。
ってか、異世界人のソフィアが秀吉を知っているのは、真田幸村が伝えたという事なのだろう。
「元々は貧しい農民の子でしたが、武士を目指してオダノブナガ公に仕え、最後には関白と言う帝の補佐に登り詰めたお方ですわ」
「左様。そして秀吉公は、猿面冠者と呼ばるほどの猿顔でな、信長公からはサルと呼ばれ可愛がられておったじゃ」
「まあ、それは存じませんでしたわ。さすがは聖剣様、博識でいらゃいますわ」
「いやいや、なんのなんの」
第四王女殿下から博識と讃えられ、浮かれたご様子の性剣さま。
てゆうか、話がどんどんと逸れて行っている気がするのだが?
とはいえ、秀吉の話を振ったのはオレだし、無下に会話を切るのも躊躇われる訳で……
「して、その秀吉公が若かりし頃――当時は木下藤吉郎と名乗っていた頃じゃ。信長公の草履取りと言うて、履物の番をしていた時じゃった。雪の降る寒い晩に、信長が下駄を履くと温かくなっておってのう。信長公は藤吉郎が自分の下駄に腰掛けていたと思い、激しく激怒したのじゃ。しかし、藤吉郎は『寒夜なので御足が冷えているだろうと思い、懐に入れて温めておきました』と申して衣服を脱でのう、すると藤吉郎の身体には下駄の跡がくっきりと残っていた。という逸話があるのじゃ」
エウルとソフィア、更にファニやメイド姉妹も、村正の話す逸話をを興味深そうに聴き入っていた。
ちなみに、ほとんどのドラマや小説で、秀吉は下駄を懐に入れていたとされているが、実際は懐ではなく背中に下駄を入れていたそうだ。
「以来、信長公に甚く気に入られた藤吉郎は、サルと呼ばれて可愛がられ、どんどんと出世を重ねてのう。信長公亡きあと、ついには関白という帝の補佐――実質的に国の舵取りをするまでに至ったのじゃ」
「「「おおぉ~」」」
村正の話しに感心し、拍手まで送る五人。
まあ、日本じゃあ割りと有名な話しだし、特に感心するような話しではないけどな。
「いや~。貧しい平民から国の舵取りをするまでかぁ……。そう聞くとサルって呼ばれるのも、悪くない気がして来たわ」
村正を抱いたまま、納得するようにウンウンと頷くエウル。
てゆうか、チョロ過ぎないか、この女?
「そうか。じゃあ、エウル?」
「あっ、いや……アキラにそう呼ばれると、やっぱムカつく気がするわ」
どっちやねん?
「そんな事よりだ。オレは刀を温めていたからといって、感心もしなければ感謝もしないぞ」
「これは、そういうんじゃなくて! 聖剣様にウチの国の言葉を話して貰う儀式なのっ!」
「儀式……?」
儀式と言う言葉へ訝しげな目を向けるオレに、エウルはしたり顔で己の奇行の解説を始めた。
まあ、要約するとだ。
最初は自分の隣へ村正を立て掛けるように座っていたエウル。しかし、村正の鞘がエウルの生太腿に触れた時に『ウホッ』と奇声を出した後、少しの間だけコチラの言葉を話したらしい。
そして、その時に村正が、自分には素肌で触れた者の言語を受信し、話す能力があるのだと言ったそうだ。
ただ、勇者に選ばれる程の者であれば、手で握られただけでも言語を受信出来るが、並の者では鞘の大半が素肌に触れていないと長くは話していられないという。
結果、エウルは襟元から服の中へ村正を差し込み、抱きかかえるという奇行に走ったという訳である。
「そういえばワシのこの能力、まだ主には話しておらんかったのう」
エウルの話しが終えると、ジト目を向けていたオレに白々しいくそんな事を宣いやがるエロ性剣。
てゆうか、仮にも商人の娘が、こんなホラ話にコロッと騙されるとか、チョロ過ぎるにも程があるだろ?
オレは一つため息をついてから、エウルの襟元からはみ出ている村正の鞘を掴んだ。
「そうか、お前にはそんな便利な能力があったのか。それじゃあ――」
「っんあ……」
「お、おいっ主っ! 何をする気じゃっ!?」
「ちょっ、な、なにっ!?」
限りなく棒読み口調でそう言いながら村正をエウルの服から引き抜くと、その隣に座っていたファニの襟首を掴み後ろへ引っ張った。
鞘を引き抜いた時、胸に擦れたのか? 一瞬ピクンッと身を震わせるエウルと戸惑いの声を上げる村正。更には、いきなり襟首を引かれ驚くとファニの声を完全総スルーするオレ。
そして――
「鞘の大半が素肌に触れていればいいなら、これでもいいよな?性剣さまよ。 特にファニは猫背気味だから、矯正にもなるし一石二鳥だ」
オレはファニの背中へ村正を差し込みながら、ニヤリと口角を吊り上げた。
「や、やめよ主っ! ワシの能力は、波長の合う者の言語しか受信できんのじゃっ! 波長の合わぬ者じゃと、くぁwせdrftgyふじこlp……」
コ、コイツは……
途端に訳の分からない言語を話し出す村正へ拳を握りしめ、頬を引きつらせるオレ。
とゆうか、戦国時代にこの世界に来たにも関わらず、なぜお前はそんなネットスラングを知っている?
「ほらぁ……聖剣様の言葉が、また分からない言葉になっちゃったじゃない……」
呆れ気味にファニの背中から村正を抜き、自分の服の中へと戻すエウル。
「ふむ。やはりお主とは霊的な波長が合うようじゃ。もしかすると、将来ワシを使いこなす程の潜在能力を秘め手おるやもしれんな」
「ホントですかっ!?」
村正の口から出任せに、エウルは歓喜の声を上げ目を輝かせる。
ホント、チョロいなこの女……
オレはヤレヤレとばかり肩を竦めながら、エウルとソフィアの間に腰を下ろした。
そして、素肌で触れた者の言語を受信するという設定を一応は考慮し、チョロ女のはだけた胸元から伸びる柄を掴みながら、ご満悦のエロ性剣へと日本語で話しかける。
『おい、エロ性剣……エウルはギリギリ許すが、ソフィアに同じ事をしたら重りも付けて海に沈めるからな……』
『分かっておるわ。何より、そこの姫さんの乳房では、ワシを挟めんしのう』
日本語の会話に、キョトンと首を傾げるソフィア達……
てゆうか、今のセリフ……もし、ぽろっとコチラの言葉で喋っていたら、海に沈められるどころか火山の噴火口に投げ込まれても文句は言えないぞ。
分かっているとは思うがこのお姫さま。普段は温厚過ぎるほど温厚だが、胸の話題になると途端に人が変わるからな。
「聖剣様は、なんと仰られいるのですか?」
「あっ、いや……オ、オレや明那の戦い方は、コッチの国だと特殊だからな。オレや明那が試合でいない時には、代わりに解説してくれるそうだ」
純粋な眼差しを向けて問うソフィアに、オレは若干言葉を詰まらせながらも適度な理由をでっち上げた。
とは言っても。オレの出番は一回だけだから、そんな機会は決勝戦しかないのけど。
「まあ、さすがは聖剣様。なんと、お優しい」
「うむ。主の故郷でもある日ノ本では幾百の戦場を駆け抜けておったからのう。日ノ本人の戦い方においてワシより詳しい者など、そうそうおらんじゃろうて」
いやいや、幾百って……
真田幸村は、あちこちの家へ人質として差し出されていた訳だし。元の主が幸村だというのなら関ヶ原以外の戦場なんて、お前は殆ど知らんだろ?
あまりにも誇張しまくった村正の話しに呆れていると、観客席の一画を陣取っていた吹奏楽隊が立ち上がり、派手に楽器を鳴らし始めた。
『これより、第七十四回。ウェーテリード騎士武祭、第一回戦を行います』
続いて聴こえてきたのは、魔力で拡張されたサンディ先輩による開会宣言の声。
さて、去年は明那の事でイベント事など楽しむ余裕などなかったが、今年は心に多少は余裕も出来たし、オレもお祭りを楽しませもらいましょうか。




