第三十一章 エルラー家の腹黒メイド③
特別棟の屋上へと続く階段。
まだ授業中という事もあり、人気ない静まり返った階段を足音を殺して登っていくメイド服姿のサーシャ。
そして、屋上へ繋がる扉の前に立つと、鍵の掛かったドアノブに手を掛け、解錠の呪文を唱えた。
短い呪文が終わるとすぐに『カチャリ』という小さな音が聴こえて来る。
初級の解錠呪文であっさりと開く鍵。
王侯貴族の子供達が集っているはずの騎士学園。しかし、そのセキュリティーの低さに、サーシャは呆れ顔で肩を竦めた。
「まっ、屋上は本来立入禁止だし、盗まれる様な物などないからなのでしょうけど」
そんな事を呟きながら屋上へ出ると、後ろ手に扉を閉め鍵を掛ける。
晴天の空に初夏の爽やかな風が吹き抜ける中、サーシャはゆっくりとした足取りで手摺りの前まで進むと、眼下にあるとある訓練場――明那達が使用している第四訓練場を見下ろした。
窓ガラス越しに見える明那達の訓練風景。その異様な光景に眉を顰めていると、不意に背後へ人の気配が現れる。
「随分とお楽しみだったようじゃねぇか?」
突然かけられた声に慌てる風もなく、サーシャは後ろで束ねていた髪を解き、耳のイヤリングに手を掛けた。
「ふん……あんな下手くそなガキを相手に、何を楽しめって言うのさ?」
先程――ビクトールに接していた時の口調から一転。公爵家に仕えるメイドらしからぬ口調で話し出すサーシャ……
いや、一転したのは口調だけではない。サーシャが耳に着けていたイヤリングを外すと、色白だった肌が褐色に変わり、耳が大きく尖り出したのだ。
「なんだ? 欲求不満か? 何ならこのあと、オレが相手をしてやってもいいぜ?」
「生憎だけど、口のデカい男は好きじゃないんだよ」
「そりゃ残念だ」
辛辣な物言いに肩を竦めながら、鱗で覆われた身体に革鎧を纏う大きな口のトカゲ顔をした男はサーシャの隣へと並び立った。
褐色の肌に尖った耳の女と鱗の身体にトカゲ顔の男。
ダークエルフの女とリザードマンの男……
そう、例の盗賊団へ情報を流していた黒幕の二人であり、魔王復活を目指す過激派組織、魔王の羽根の二人である。
「それで? 例の件は……?」
「ああ。本国へ詳細を記した報告書は送った。本部の連中も、アレを見ればコチラの要求を飲むだろうさ」
「そう……で、騎士武祭には間に合いそう?」
「間に合う……いや、間に合わせるさ」
リザードマンから返って来た言葉に、口角を吊り上げ黒い笑みを浮かべるサーシャ。
コチラの要求――サーシャ達が本国にした要求とは、魔王の力を借りる為のアイテムを送って欲しいというものだった。
特殊な製法で造られたアイテムで、余程の事がなければ使用許可など出ない貴重な物だ
「でもよ。生け贄は、ホントにあの小僧でいいのか?」
「ええ。本来の使い道とは違うけど、勇者と聖女……二人と刺し違えてくれるなら、これ以上はない使い道だわ」
あの小僧。そして、本来の使い道――
二人の言う"小僧"とは、当然ビクトールの事である。
では、本来の使い道とは何なのか?
エルラー家は、代々近衛騎士団長を輩出している家柄。
貴族の世襲制度が強く残るウェーテリード王国において、エルラー家の長男であるビクトールが次の近衛騎士団長へ就くのは既定路線である。
その為、サーシャはエルラー家へ使用人として潜り込み、ビクトール付きのメイドとなったのだ。
そして彼女は、ビクトールが自分達の操り人形となるよう、彼まだが幼い頃から刷り込みと洗脳を行って来たのである。
ちなみに、彼女の使っている香水。
この香水は魔力を込める事により、香りに催淫と催眠の効果が現れる物で、サーシャはこれを使い何年もかけてビクトールを洗脳していったのだ。
「しっかし、随分とあっさり切り捨てられるもんだな、おい? 何度も身体を合せてんだ。ちったぁ、情が移らねぇもんかね?」
「情……? そんなもん、移ってるに決まってんじゃないのさ」
リザードマンの素朴な問いに、サーシャは愉悦のこもる歪んだ笑みを浮かべて振り向いた。
「あたしはあのガキが、まだ十歳になる前から何百回と抱かれているんだ。あたしにとっては、もう自分のガキみたいなもんさ。そのガキが、あたしの為に勇者と聖女と刺し違えて死のうってんだ。こんな嬉しい事はないだろう? フフッフ……」
「怖ぇ女……」
サーシャの倒錯した笑みに、リザードマンの男は本音をポロリと漏らし肩を竦めた。
勇者と聖女――彼女とて、自分が恨みを抱く初代の勇者達と明羅達が別人なのは百も承知である。
しかし、勇者と聖女の名を冠するだけで、彼女にとっては許し難い存在なのだ。
どんな事をしても――自分の身がどんなに穢れようとも、復讐すべき相手なのである。
「じゃあ、そろそろあのガキも目を覚ます頃だろうから、あたしは行くよ」
「おう。あのガキの身体で物足りなくなったら、オレが抱いてやるから、いつでも言えよ」
「ふん。その口がもう少し小さくなったら、考えてあげるわ」
そう言い残し、踵を返すサーシャ。
そして、その時に視界を掠めた、訓練場の様子――声を張り上げる明那の顔に、サーシャはニヤリと口角を吊り上げた。
「もうすぐ、その可愛らしい顔を真っ赤な血で染めて上げるから、楽しみにしておいで……」




