第三十一章 エルラー家の腹黒メイド②
「もしや、ビクトール様……? 自信がないのは、アキナ様の方にでしょう?」
「……………」
サーシャの問いに肩をピクリと反応させるも、ビクトールは口を開く事なくサッと視線を外した。
「(図星か……まあ、あんな戦いを見せられては致し方なしか……)」
とはいえサーシャとしては、ここで彼に尻込みされる訳にはいかないのだ。
「ビクトール様らしくありませんわ。いくら聖女様とはいえ、あのような小娘に尻込みなさるとは……」
「お前は、あの戦いを見ていないから、そんな事が言えるのだっ!」
「はい。見ておりませんし、報告書に目を通しただけでございます。しかし、直接見ていないからこそ、あの奇抜な動きに惑わされず、弱点がハッキリと見えております」
「弱点……だと?」
ビクトールはソファーに腰をおろしたまま、期待するように目を見開き、サーシャの顔を見上げた。
ビクトールが幼い頃から、彼の専属のメイドとして仕え、更には家庭教師も兼任していたサーシャ。
彼女からは、戦術や戦略、そして剣術などの教えを受けていた事もあり、ビクトールの彼女に対する信頼と期待はかなり高い。
本人に自覚はなく、サーシャ自身もそう思われないように立ち回っているが、ビクトールのそれは、もはや依存と呼べるレベルである。
「(ホントに馬鹿な男……)」
そんなビクトールから向けられる期待の眼差しを心の中で嘲笑いながら、サーシャはゆっくりと話を続けていく。
「そう弱点……そして、見方を変えるだけで、ビクトール様にも簡単に弱点が見えて来るはずでございます」
「見方……?」
「はい。ビクトール様は、彼の者を騎士として見ておられるから強敵に見えるのです。しかし、彼の者の本質は騎士ではなく魔導師に近い」
「………………」
「先の戦いを思い出して下さいませ。アキナ様はまず火炎系の魔法で奇襲をかけ、敵陣を燃やし、相手を動揺させ、そして相手が正気を取り戻す間も与えず一気に殲滅いたしました。確かに多少なりとも反撃はされておりましたが、いきなり炎に巻かれ動揺し、火事の恐怖に怯えた者達に本来の実力が出せるはずもなく。ましてやアキナ様は、そのような者達の攻撃すら、あの魔法の鎖で身を守らなければならぬ程度の技量なのです」
報告書に目を通しただけと言いながら、まるで見てきたように語るサーシャ。
しかし、そんな違和感すら感じられない程に、ビクトールは彼女の話しに感心し没頭してしまっていた。
「剣術科に所属し、最終的な一撃はクナイという小さな剣で刺していたので、そちらへ目を奪われがちになりますが、あの動きは全て魔法の力があってこそ。故に、アキナ様の本質は魔導師に近く、鍛えられた騎士ではなく魔導師の細腕なれば、あのように小さな剣しか振るえないのです」
「なるほど……確かに、お前の言う事はもっともだ。だとすれば、どう戦えば良い?」
「アキナ様と戦う上で注意すべきは、あの奇抜な動き。しかし、剣術の基本にない奇抜な動き、我流の動きとは得てして、攻においては威を発しますが、守に転じては威を失うモノでございます。なれば、開始と同時に攻勢に出て、ビクトール様の素早い剣戟にて翻弄し、手数で勝負するのが最良かと」
「そうか、相手に攻撃する間を与えなければ良いのだなっ!」
「左様でございます」
難攻不落に見えていた明那攻略の道筋が見え、ビクトールの表情から不安の色がどんどんと消えていく。
「(まあ、そうなるようにガキの頃から教育してきたんだけど、ここまであたしの与太話しを盲目的に信じるようになるとは……)」
すっかりと自信を取り戻したビクトールに、サーシャは呆れて肩を竦めた。
「(自分で言っておいて何だけど、この愚か者には、あの聖女の動きが本当に基本の出来ていない奇抜な我流に見えるのかねぇ……?)」
そう、サーシャの目には、明那の動きがとても洗練されたモノに見えていた。
我流どころか、何十代にも渡り受け継がれ、何百年も掛けて完成される洗練された動きに……
そして、彼女は明那の本質を魔導師だと言っていたが、当然それも嘘である。サーシャから見た明那の技術は魔導師でもなければ、当然騎士でもない。
強いて分類するのならば、自分と同類――日の当たらない世界の技術。騎士とは対極に位置し、騎士の天敵とも言える者……暗殺者の技術だ。
しかし同類とは言っても、自分の実力が明那相手に遠く及ばない事を理解しているし、目の前にいる愚か者など、更にその足元にも及ばない事も理解していた。
そして、それが分かった上で彼女は、ビクトールを明那へぶつけようとしているのだ。
「となると……あの鎖が問題だな。あの鎖をどうやって掻い潜って間合いを詰めるか……?」
サーシャの話術に丸め込まれ、すっかり自信を取り戻したビクトールは、冷静に対明那戦の戦略を立て始めていた。
「確かにあの鎖は難敵です。しかし、掻い潜る必要はございません。使わせなければ良いのです」
「なんだと……?」
「ビクトール様? 騎士武祭のルールをお忘れですか?」
「ルール……?」
顎に手を当てて真剣に考え込むビクトール。その姿にサーシャは口元を綻ばせ、ゆっくりとヒントを口にする。
「はい。ルールでございます。アキナ様にはビクトール様に"一回戦"で負けて頂きます」
「一回戦で……? なるほど、そういう事か」
サーシャのヒントで答えを導き出し、ビクトールは口元へ歪んだ笑みを浮かべた。
騎士武祭のルール――
まず、ウェーテリード騎士学園には、各学年に剣術科が3クラス、槍術科が2クラス、魔導科が2クラス、弓術科が1クラスと三学年トータルで24のクラスがある。
しかし、騎士武祭とは武を競う祭りであるため、参加出来るのは前衛を務める剣術科と槍術科の生徒達のみ。そして対戦方式は、剣術科、槍術科合わせて15クラスの代表一名。そこへ、学生会の特別推薦枠を加えた16人が一対一で戦うトーナメント戦である。
もし、昨年の優勝者が卒業していれば、トーナメント戦を勝ち抜いた地点で優勝。
しかし、在席しているのであれば、その昨年優勝者と決勝戦を行い、最終的な優勝者が決定するのだ。
つまり今年でいえば明羅がディフェンディングチャンピオンであり、トーナメントを勝ち抜いた者は決勝戦では明羅と戦うという事である。
競技上のルールとしては、相手を死亡させてしまった場合は失格。
それ以外は、基本何でも有り有りのルールであるが、騎士らしくない振る舞いは反則とされ、反則三回で失格。悪質は場合は一回で失格になる事もある。
しかし、一年生と三年生では実力差があり過ぎる場合もあるし、特に入学したての一年生は実戦経験も殆どない。
その為、一回戦に限っては予選という意味合いも込めて、魔法の使用が禁止されているのだ。
当然、明那の鎖は霊力を物質化し、それを霊力でコントロールしている為、魔法に分類され使用禁止となる。
「で? 当然、根回しは済んでいるのだろうな?」
「はい。ビクトール様とアキナ様は、一回戦の第一試合となっております」
「第一試合か? それはいいな。聖女だなんだとチヤホヤされておきながら、彼女は一番最初の敗者となる訳だ」
「はい。そして、ビクトール様が最初の勝者でございます」
最初の勝者という言葉に、ニヤリと笑うビクトール。
そんなニヤけ顔へ、サーシャは切れ長の瞳を寄せ、ビクトールの目を正面から間近で見据えた。
「ビクトール様、全てわたくしにお任せ下さいませ。わたくしが必ず貴方様を学園のトップ、延いては騎士団の頂点へと導いて差し上げます」
「あ、ああ……お前には、期待している……」
サーシャ愛用の嗅ぎ慣れた妖艶な香水の香りと潤んだ瞳。そして妖艶な雰囲気に気圧され、ビクトールは上体を逸らしした。
しかしサーシャは、逃げるビクトールを追うよう更に距離を詰め、視界にはその切れ長の瞳以外入らないという程に顔を近付けていく。
そして、ビクトールの右手を自分の胸へと導き、空いている手でネクタイを取りシャツのボタンを器用に外していった。
「ビクトール様は何も考えなくてよいのです。わたくしの言う通りにしていれば、地位も名誉も全てが手に入ります」
「何も……考えなくても……地位も名誉も全てが……」
顔に吐息がかかる程の距離で、艶っぽく囁くサーシャ。
そして、その囁きにビクトールは、まるで催眠術にでも掛かったかのように虚ろな目を浮かべ、されるがままに服を脱がされていく。
サーシャの体温と吐息、そして香水の香りを間近に感じながら、ただただ本能に従い、右手のひらに収まる乳房を揉みしだいているビクトール。
「はい。地位も名誉も、そして……女も。全てがビクトール様の物です」
サーシャはそう言って妖艶な笑みを浮かべると、そのままビクトールをソファーへと押し倒し、唇を合わせて激しく舌を絡ませ初めた……




