第三十章 勘違い③
「って! 全然、話が進まないじゃないっ!」
「ふむ。確かに少々、話が逸れてしまったな」
「ぜん~~っぜんっ!! 少々じゃないと思うけどっ!?」
話が逸れたのは全部オレの責任だとばかりに、ジト目を向けて来るエウル。まあ実際、全部オレのせいだけど。
「それで? 昨日の下着パーティーがどうしたって?」
「下着じゃなくて、パジャマね、パジャマッ!」
どんだけ下着ネタを引っ張る気よっ! と愚痴りながら、話の続きを語り出すエウル。
「そこでさぁ、アキナちゃんが使っている"くない"――だっけ? それを見せてもらったんだけど……あれって、武器としてはかなり粗悪な造りよね……?」
「まあ、そうだな。アレは元々"飛苦無"といって、使い捨ての投擲武器としても使われる物だしな。造りとしては弓矢の先に付いてる鏃をデカくしたようなもんだ。斬れ味という意味なら、剣や槍には遠く及ばない」
「そうなのよね……でも、盗賊達の遺体を調べたら、物凄く鋭利な刃物で斬られたような傷痕だった。それに、斬る時の腕の動きだって決して速くはないじゃない? むしろ、ゆっくりなくらいだし……」
「それで、その動きを真似て見ようとした訳だ」
コクンと頷くエウル。
そう、ゴーレムに斬り掛かった時。エウルの動きがチグハグだったのは、踏み込みのスピードはエウルのものだったのに対して、斬撃の動き――短刀を振る腕のスピードが明那のものだったからだ。
そして、腕の振りを遅くして斬ろうすれば、必然的に力に頼らざるを得ず、力任せの斬撃になっていたのである。
クナイ逆手二刀流の明那。そして、短刀逆手二刀流のエウル。
ファイトスタイルは全く違うが、使っている武器の大きさや形状はよく似ている。
なので、そのファイトスタイルを自分のスタイルに取り入れ、レベルアップを図ろうという考えは、決して悪くはない。
「武術と芸術は模倣に始まる――」
「え?」
「武術も芸術も最初は師の真似る事から始まり、そこへ自分ならではモノを加え、そして師を超えた時に人は一人前になる」
「………………」
「そしてなにより、技術とは教わるモノではなく盗むモノだ。だから、エウルが明那を自分より優れていると認めたのなら、その技術を盗み、それを真似るというエウルの行動は正しい――って、どうかしたか?」
エウルはオレの言葉にポカーンと口を開け、何か信じられない物――そう、強いて言えば、宇宙人でも見るような目を向けていた。
「い、いやだって……アキラが珍しく真面目なこと言ってるから……」
「失礼な。オレは、いつだって真面目だ」
「いつも、エッチな事ばっか言ってるのに?」
「それは当然だ。そもそも思春期男子の頭ん中は、半分がエロで出来てるんだからな。だからオレは、エロい事を言う時も真面目だ。真面目にエロい事を言っている」
真面目にエロいことって、何よそれ……? などと呟きながら、呆れるように肩を竦めるエウル。
ただ、その口元には、少しだけ笑みが浮かんでいるのが見えた。
「じゃあ、話を戻すぞ」
「うん」
エウルの笑みに、オレも少しだけ頬を綻ばせ真面目な話を続けていく。
「そもそもパンチラとは、チラリズムと呼ばれる性的嗜好の一種で、時間的もしくは空間的な制約の中で偶発的に目に入る下着――」
「いや、戻り過ぎ、戻り過ぎ……」
「あれ? そうだったか?」
「てゆうかアンタの頭ん中、半分じゃなくて大半がエロで出来てんじゃないの?」
「いや~、それほどでもぉ」
「だから、褒めてないからね」
照れるように謙遜するオレに、冷静な突っ込みを入れるエウル。
「それで、どんな話をしてたんだっけ?」
「私の行動は正しい。って話でしょっ!!」
「あぁ? ああ……確か、そんなしょうもない話もしていたな……」
「こ、この男は……」
顔を引きつらせ、エウルは拳をぷるぷると握り締めている。
ちょっと、からかい過ぎたかな……?
心の中でミジンコ程度の反省をし、ミドリムシ程度には気持ちのこもった謝罪をするオレ。
「じゃあ、あらためて話を戻すと」
「またパンツの話題まで戻ったら、殺すからね」
はいはい。
マジな殺気を醸し出すエウルから視線を逸しつつ、オレは話を再開していく。
「真似るという行動は正しいが、やり方が間違っている」
「やり方……?」
「やり方というか、方向性か? 技術を盗み真似をするのはいいが、その本質を理解せず上っ面だけ真似しても意味がない。つまりお前には、その技術の本質を見極める観察眼と洞察力が足りていないんだよ」
「本質……? 本質って……?」
「明那が盗賊相手に使っていた技。神道夢幻流、四の舞い『幽幻輪舞』――まずは、盗賊を相手に立ち回っていた明那の動きを、もう一度よく思い出してみろ」
オレの言葉に、エウルは口元へ右手を当て、真剣な表情であの時の状況を思い出していく。
「まず、あの技は……周囲を舞う鎖で相手を翻弄し、自分の剣の間合いへと誘導していく技……」
「そうだな。まずは正解だ」
「でも、私にあの鎖の動きを再現させるのは、まず不可能だと思う……」
「ああ。正直、オレでも不可能だ。そして、その部分こそ、師の動きに明那が独自の動きを加えた部分。明那ならではの――明那にしか出来ない動きだ」
真剣での戦いは、いかに相手の動きの先を読むかに勝負の明暗が掛かっている。
そう、達人同士の戦いともなれば、相手の十手二十手先を読んで戦うのが当たり前になってくるのだ。
そして先の読み合いという点では、一対一での戦いならばオレの方が上であるが、一対多の戦いでは明那の方が上なのである。
「じゃあ、明那の動きの中で、自分の剣技に取り入れられるのは? お前はさっき、何を取り入れようとして訓練していた?」
「取り入れられるもの……取り入れようとしていたのは――アキナちゃんの剣捌き……」
「それは、どんな剣捌きだ?」
「ゆっくりとした動き。そして粗悪な武器でありながら、名刀で斬られたような傷跡を付ける、力強い剣捌き」
「はい、そこだ。その認識が間違ってるんだよ」
「えっ? ま、間違いって……?」
オレの指摘に、キョトンと目を丸くするエウル。
まあ、そもそも幽幻輪舞は、その間違いを引き起こさせる技なのだから、それも仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「最初に間違いを教えておくとだな、明那の斬撃は決して遅くはない。むしろ、お前の斬撃より速いくらいだ」
「はぁっ……? い、いや、そんな訳ないでしょ! アキナちゃんの腕は、こんなの感じでゆっくり動いていたしっ!」
右腕を横から正面へスーッと動かずジェスチャーを交えながら、エウルは食って掛かるように声を上げる。
しかし――
「いや、そんな感じで動いていたのは、腕じゃない。袖だけだ」
「えっ?」
あの時、明那が纏っていたのは、いわゆる巫女服である。
日本人には馴染みある服だし、ここの読者である紳士の皆様であれば、その造形に詳しい人も多いであろう。
「明那の着ていた巫女服――まあ、オレの狩衣もそうだけど、袖の部分がかなり大きい造りになっているだろ?」
「う、うん……」
「寸法で言えば、袖下は約60センチ。そして袖口は30センチ以上も開いている」
余談だが、明那の巫女服は普通の巫女服よりも、袖下が若干長く造ってある。
「じゃあ、もう一度回想だ。明那の動きは基本、両手を広げ、円を描くように回転しながら動いていたのは覚えてるな?」
「ええ」
「じゃあその時、袖はどうなっていた?」
「袖……? 袖下は地面とほぼ水平になって、ヒラヒラとはためいていたわ」
「そうだ。では、その回転する動きの途中――例えば、敵を斬りつける直前。もし腕だけを袖口のぎりぎりまで後ろへ引いたら、その時、袖はどう動くと思う?」
「そ、それは……」
言葉を詰まらせながら、状況を思い出し懸命に思考を巡らせるエウル。
そして、出て来た回答は――
「もしかして、そのまま進む……の?」
自信無さげに答えるエウルへ向け、オレは口元へ浮かべた笑みを返した。
「正解だ。そこまでの勢いと遠心力で、袖口はそのまま身体の回転に合わせて進んで行く。で、引いた腕を即座に切り返し、勢いを付けて相手を斬り付けた後、袖の動きに腕の動きを合わせれば――」
「まるで、ゆっくり動いて斬りつけたように見える……」
「その通り――袖下60センチ。袖口30センチ。そして袖の中は袋状。腕はその見えない袋状の中を、常に変幻自在に動いている。つまり、明那の動き――幽幻輪舞って技は、袖の動きと腕の動きがリンクしてないんだよ」
「………………」
「まあ、更に言えばだっ。腕を後ろへ引いた所から、切り返して相手を斬り付けるまでの剣速は、お前の剣速を超えてる。正に目にも止まらぬ速さだ。そして何より、あの大きな袖はヒラヒラとたなびいて、嫌でもそっちへ目を引き寄せるからな。勘違いしたとしても仕方ないさ」
オレの解説に言葉を失い、呆然とするエウル。
まあ、初めて見る技。しかも、遠目に見ていた技だからな。逆に、あの一回で技の本質を見抜ける奴がいたら、たいしたもんだ。




