第二十九章 聖女様式ブートキャンプ①
「私が訓練教官のエミリア軍曹であるっ!」
バスケットコート二面分くらいの講堂。学園内に複数存在する訓練場の一つである第四訓練場。
学園指定の運動着を着て整列する50人の男子生徒を前に、明那は声を張り上げたのだった。
ちなみに、何故そんな事になっているのか? その原因は、あの盗賊団討伐の日にまで遡る。
チコちゃんママの治療が成功に終わり、意識を取り戻した二人が親子感動の対面を果たしていた頃。
王国正規軍の騎馬隊がようやく到着し、オレ達は彼らに後を引き継いでもらった。
まあ、負傷者はあらかた治療してあるし、なにより第四王女が指揮をとっていた現場の後任だ。手を抜いたりして、彼女の顔に泥を塗るような事はないだろう。
オレ達はそのまま、村の近場に天幕を張り一泊。深夜の家族法廷を経た翌日には、正規軍から補充人員も追加でやって来たので当面の心配はなくなった。
その後、一般生徒は帰還する事となったが、オレと明那、そしてソフィアとメイド姉妹、あとオマケでビクトール先輩は、村と盗賊団アジトの現場検証に付き合わされる事になる。
昼過ぎから夜までかかった現場検証。
一応、こちらで得た情報と黒幕の存在を伝え、何か分かった事があれば教えるようにと頼んで、オレ達は帰路へとついた。
そして、夜半過ぎにようやく学園へと戻ってきたオレ達。当然、盗賊団壊滅の祝勝会など上げる気も起こらず、その日は即解散。
更に翌日には、朝から学校と中々のハードスケジュールだった。
そして、事件が起こったのが、その日の早朝。
明那とソフィアと共に眠い目を擦りながら登校すると、校門前にいたサンディ先輩が目の下に酷いクマを作り、必死の形相で駆け寄って来たのだ。
話を聞くと、明那の盗賊討伐を見た者や話を聞いた者達が、挙って学生会へ押し寄せ来ているのだという。
なんでも、明那の武勇伝は昨日の日曜日――オレ達が現場検証へ付き合っているあいだに、男子寮を中心として一気に広まり、非公式の親衛隊まで出来上がったそうだ。
そんな彼らが、早朝から学生会に押し寄せ、明那に稽古をつけてもらえるようにして欲しいと談判しているらしい。
当然、そんな話には難色を示す明那。
しかし……
『もし、引き受けてくださるのであれば、エミリア様へお誘いの手紙を渡す事を学生会で適当な理由をつけて禁止するように致します』
と、サンディ先輩からそんな提案を出され、明那は二つ返事でOKを出したのだ。
ちなみに、ならオレも女生徒に稽古をつけるから――と、提案してみたが、
『いえ、アキラ様は結構です』
と、素気なく断られてしまった。
ちなみに、その稽古とやらは火曜、木曜の週二回。午後の自由訓練の時間に定員は抽選で50人との事。
そして今日が、栄えある第一回目の訓練日というわけなのだ。
「私から話しかけられた時以外は口を開くなっ。そして口を開く時には、言葉の前と後ろへ"サー"と言えっ! 返事は、サーイエッサーだっ、分かったか、ウジ虫共ぉーっ!?」
「「「サ、サー、イエッサ……?」」」
「ふざけるなっ! 大声を出せっ! かーちゃんの腹ん中にタマ忘れて来たかっ!?」
「「「サーイエッサーッ!!」」」
「よろしい」
ちなみに、なぜ米国海兵隊式みたいな事をしているかと言えば、
『ちょっと厳しくシゴイてやってやれば、ここの男子生徒なんて、すぐに根を上げるでしょ? そうなれば、私は合法的にお役御免♪』
との事だ。
「いいかっ!! 貴様らはウジ虫だっ、いやそれ以下だっ!! 大陸で最も劣った生き物だっ! 貴様らは人間ではないっ! 両生類のク○をかき集めた値打ちしかないっ! パパの精○がシーツのシミになり、ママのおマ○コに残ったカスがお前らだっ! 分かったか、フェ○豚どもッ!!」
ちょっと明那ちゃん? いくらなんでも、お下品すぎるわよ?
正直、男のオレでも顔を顰めたくなる罵詈雑言。
しかし、オレの隣で見学していたソフィアが、なぜかこの下品な罵倒を顔色一つ変えずに聞いていた。
不思議に思い、横目で様子を確認したら、顔を真っ赤にして視線を逸らすメイド姉のアリアさんに背後から耳を塞がれていたのだった。
まあ、若干過保護過ぎる気もするが、王族なら一生使わないような言葉だし、無理に人ン家の教育方針に口を出す事もないだろう。
ちなみに、この場にはエウルの姿はなく、ファニの姿は明那の前に整列する50人の中にあった。
どうやら、先の討伐で明那の戦う姿を見て、二人とも何か思う所があったようだ。
「私の訓練を生き延びたとき、貴様らはウジ虫から一人前の騎士となれる! それまでは、泣いたり笑ったり出来なくなるまで可愛がってやるから、覚悟しろウジ虫どもっ!!」
「「「サーイエッサーッ!!」」」
「では、まず素振り千本だっ! 各自、広がって木刀を構えろーっ!」
「「「サーイエッサーッ!!」」」
前後左右に2メートルほどのスペースが空くように広がる生徒達。
そして、全員が木刀を構えると、明那は高々と上げた右手を勢い良く振り下ろした。
「素振り始めぇーーっ!!」
「「「1! 2! 3! 4! ――」」」
素振りをする生徒達を見回しながら、その間を鬼教官の顔でゆっくりと歩いて行く明那。
「気合いを入れろーっ! 大声を出せっ!」
「「「14! 15! 16! ――」」」
「貴様らは厳しい私を嫌うだろうっ! だが、憎めばそれだけ学ぶ。私は厳しいが平等だっ! 乳差別は許さんっ! 美乳、巨乳、爆乳、全て平等に価値がないっ! 乳など所詮ただの脂肪の塊だっ!」
「「「52! 53! 54! ――」」」
「しかしっ! 唯一価値があるのは貧乳だっ! 貧乳はステータスだっ! 貧乳は希少価値だっ!! 復唱しろ、ウジ虫どもっ!!」
「「「貧乳はステータスだ。貧乳は希少価値だっ!」」」
「声が小さいっ! タマ落としたかーっ!?」
「「「貧乳はステータスだっ! 貧乳は希少価値だっ!!」」」
「もう一度だっ!!」
「「「貧乳はステータスだっ!! 貧乳は希少価値だぁーっ!!!!」」」
おい……
何を洗脳しようとしてるんだ、お前は……?
しかし、明那の悪質な洗脳行為に顔を顰めるオレの隣では、
「アキナ様――なんという素晴らしい金言を……」
と、感動に溢れる涙をハンカチで拭う、ソフィアの姿があった。
「よろしいっ! 貧乳の素晴らしさが分かった所で素振り再開だっ、気合を入れろーっ!」
「「「55! 56! 57! ――」」」
「なんだ、そのへっぴり腰はっ! ジジイのファッ○の方がまだ気合入ってるぞっ!!」
悪質な洗脳を挟みながら、更に罵倒を続ける明那。
しかし、その伏せ字の入った罵倒に、素振りをする生徒達の手が止まった。
「エミリア軍曹殿っ!」
「なんだぁーっ!?」
「ファッ○とは、何でありますかっ!?」
「そんな事、花も恥じらう乙女が口に出来るかっ!!」
どの口がっ!? と、思わず突っ込みを入れかけるオレ。
まあ、それでも……明那にも、かろうじて恥じらいという物が残っていたようで、ほんの少しだけ安心し――
「どうしても知りたければ、そこにいる勇者にでも聞いてこいっ!」
「なぜ、そこでオレに振るっ!?」
安心したのも束の間。明那のムチャ振りへ反射的に突っ込を入れるオレ……
しかし、そんな突っ込みも虚しく、オレの元へ集合してくる男子生徒達。
「勇者様っ! ファッ○とは、何でありますかっ!?」
「そ、それはだな……」
まあオレも、その程度を野郎相手に教えるのを恥ずかしがるほど純情でもなければ子供でもない。
が、しかしだ。オレの隣で興味のないフリをしながらも、しっかりと聞き耳を立てている温室育ちのお姫様を前に口にするのは、やはり躊躇われるのだ。




