第二十八章 助かる命②
「東方浄瑠璃世界の教主。衆生の傷病を癒やし、災難を鎮め、あらゆる苦悩から救う薬師瑠璃光如来よ。この者に無明の病を治す法薬を与え、瑠璃光を以って病苦より救いたまえ。オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ。オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ――」
オレがそう唱え出すと、女の子の身体が帯緑色の光を発し始める。そして、それを合図に心肺蘇生――心臓マッサージと人工呼吸を開始する明那。
女の子を中心に霊力が渦を巻き、上昇気流が起こる。
おそらくオレの背後では、ソフィアが捲れ上がるスカートを必死に押さえているという素敵な光景があるのだろうが、とても振り向いて堪能する余裕はない。
薬師瑠璃光真言――いわゆる薬師如来の力を借りる真言でり、効能は先程までソフィアが唱えていた治癒魔法とほぼ同じ効果である。
そう、この二つはほぼ同じ物で効能もほぼ同じなのだ……
しかしである。たとえ同じ術であったとしても、術者が変われば効果も変わってくる。
そして、オレとソフィアでは、大きな違いは二つ。
まず一つは魔力量――いわゆる霊力量の差。
自分で言うのもなんだが、霊力量はオレの方がはるかに大きい。
しかし、量の差では術の強さや持続時間が変わっても、術の効果に大きな変化は現れない。
では、もう一つの違いは何か。オレとソフィアの一番の違い、そして決定的な違いは知識――そう、医療知識の差である。
人々を救いたい、そして守りたいという強い気持ちと信念で術を行使するソフィアと、土御門家で叩き込まれた薬学や医療知識を以って術を行使するオレ。
そう、近代化により科学技術、医療技術が飛躍的に進歩した日本。その技術を取り入れる事により、オレ達陰陽師の術も飛躍的に進歩しているのである。
例えば今回のケース。女の子の心肺停止の原因は、大量出血により血圧が急激に低下して起こる出血性ショックだ。
そして、魔法でも真言でも血液は再生する事は出来ないし、輸血するにしても血液型を調べる方法もない。
ではどうするか?
現代医学には、急性出血や出血性ショックの治療薬に人工血漿というものがある。代替血液とも呼ばれ、どんな血液型にも使用でき、血液感染症の心配もない事から、外科手術などでも輸血の際に血液の代用として使われる事あるのだ。
そう、オレ達は今、霊気に人工血漿と同じ効能を持たせるようイメージして心臓から伸びる動脈へと送り込み、心臓マッサージでその霊気を全身へと送り出しているのだ。
幸いな事にソフィアの治癒魔法で外傷もなければ、内臓の損傷や骨折も完治している。
あとは、動脈へゆっくりと細く人工血漿代わりの霊気を流し、止まっている心臓と肺を再び動かす為に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返していけば――
「う、うそ……」
「顔に血色が戻って来ている……?」
背後から呟くように聞こえる、女生徒達の声。
そう、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返していけば血圧が戻り、当然血色も戻ってくるのだ。
そして、明那が心臓マッサージと人工呼吸のループを十数回ほど繰り返した頃。
女の子の口へ、明那が大きく息を吹き入れた瞬間――
「ングッ、ケホッ……ケホッ……」
小さく咳き込みながら、女の子は自発呼吸を再開させ始めたのだった。
「よっしゃーっ!」
拳を突き上げ、跳ね上がる明那。
オレはひと息つくように大きく息を吐き出して、ゆっくりと右手のひらを上げた。
口元に笑みを浮かべるオレの上げた手に、明那が満面の笑みで飛び上がりパチンっとハイタッチを交わす。
まだ意識は戻っていないけど、当面の危機は脱した。
あとは――
「え~と……そこのキミ達?」
オレは後ろへ振り返り、呆然とする女生徒達に声をかける。
「は、はいっ!」
「悪いけど、この子を頼む。まだ体温が戻り切っていないから、毛布と焚き火で暖めてやってくれ」
「わ、分かりましたっ!」
まだ、混乱しているであろう頭を切り替えて、女の子の元へと駆け寄る女生徒達。
そして、女の子を抱き抱え、焚き火の方へと移動する女生徒達を横目に明那が軽くため息をついた。
「ほらほらっ! 他のみんなもボケッとしてないで、早く仕事に戻った、戻ったっ!!」
事の成り行きに付いてこれず、惚けるように立ち竦んでいた学園生達に向け、両手をパンパンッと叩き声を上げる明那
そんな聖女様の檄で我に返り、学園生達はあたふたと作業を再開させ始める。
忙しく動き回り始める学園生。そんな中、ソフィアは胸の前で手を組み、静かな足取りでオレ達の方へとやってきた。




