第六章 理由 02
「よいのか……?」
「よいのじゃ。ワシは主を強い男子に育てる義務があるでな」
何でオレが、見た目は子供、頭脳はババァのロリッ子に育てられなければならん。
お前はどっかで死体でも見つけて、
『あれれぇ~、おかしいぞ~』
とか言っていろ。
「ふんっ、好きなだけ悪態を吐いてればよかろう」
オレの考えてを読んだのか、ひとつ鼻を鳴らしてから、姫さまに向かって語り始めるラーシュア。
「さて、どっから話したらよいモノか――主の家は代々、永田町と言う場所で高級料亭をしておってな」
「ながたちょう?」
「国会議事堂に、首相官邸、各政党の本部、近くには議員宿舎――コチラで言えば、王城に王室、元老院みたいなモノかのぉ……とにかく国政と国家の中枢機能が集中しておる町じゃ」
「ほおぉ……」
モップを動かしながら語るラーシュアの言葉に、真剣な表情で耳を傾ける姫様。
やはり王家の人間として、他国の政治には興味があるのだろう。
「その町にあって、主の家は会員制の高級料亭。そして部屋は全て個室――会員には議員や豪商のような身元の確かな者しかなれず、料金は一般人がおいそれと手が出せぬ額。そして、食事をとるのは完全密室じゃ。さて姫さんよ、そんな場所に腹黒い議員共が会したら、どのような話になると思う?」
「ふぅ~む……あまり想像したくないのう――」
ラーシュアの問いに顔を顰める姫さま。
まっ、どこの世界にでも腹黒い政治家はいるだろうし、そんな奴らのやる事なんて変わらないのだろう。
「まあぁ、間違っても、民の暮らしを想うような話にはならんじゃろうな」
「じゃろうな。いかに私腹を肥やすか、いかに対立勢力を貶めるか……そんな話ばかりじゃ。どれだけ主達が丹精込めて美味い物を作ろうと、奴らにはそんな物なぞ二の次、三の次じゃ。極端な話、ブタの餌を出したところで奴らは気にも止めんじゃろ」
「そうじゃろうな……」
ため息をつく姫さま。多分この国にも、思い当たる事があるのだろう。
ただ、オレはラーシュアの話に、一つだけ納得いかない部分があった。
「ラーシュア、ひとつ訂正だ。オレはあんな奴らに、丹精込めた料理なんて一度だって出した事はない」
「かっかっかっ、そうであったな。あの頃の主は、何も考えず、ただ機械のように手を動かしておるだけじゃったな」
「シズト……」
「シズトさん……」
ステラと姫さまから向けられる視線。憐れみや同情のこもった視線……
オレは心の中で舌打ちをしつつも、何事もないように洗い物を続けた。
「そして、そんな状況で起こったのが後継者争いじゃ」
「後継者争い……」
姫さまは悲痛な表情を更に顰めた。王族に取って後継者争いは他人事ではないのだろう。
「主には姉と妹がおってな。特に長子である姉の技量は、お世辞を抜きにしても当主として十分な技量があった。何よりその仕事に誇りを持っておったし、当主になる事を強く望んでおったわ。じゃが、当主に選ばれたのは――弟の方じゃった」
「…………」
一瞬、息を飲むように言葉を失う姫さま。しかしラーシュアは、そんな事お構いなしに床へモップをかけながら淡々と言葉を綴っていく。
「皮肉なモノじゃろ? 十分な技量もあり家業に誇りを持っていた姉と、家業を嫌っていた弟……しかし、当主に選ばれたのは弟の方じゃ」
「な、なぜじゃ? なぜ、そのような事が……ソナタらの国では、女性が当主にはなれんのか?」
「まあ、家によっては、そうゆう仕来りのある家もあるがのぉ。じゃが、主の家では女子が当主になるのも珍しくはないな」
「では、なぜっ?」
「簡単な事じゃ。弟には、その姉を凌ぐ天賦の才があったからのぉ」
「…………」
再び言葉を失う姫さま。
そして短い沈黙の中、カタンッという音が響き、全員の目が音の方へと向けられる。
「わ、私……」
そこには、落とした箒を拾うステラの姿……
「ごめんなさい、私、お風呂沸かして来ますね」
拾った箒を胸に抱いて、逃げるように母屋へと走り去るステラ。
確かにこの続きは、聞いていて気分のよい話ではない。
ラーシュアもそれが分かってか、ステラの姿が見えなくなるまで待ってから続きを話し始めた。
「さて、姫さんよ――技量も十分で長子。そして、なにより当主の座を欲していた姉は、次にどんな行動を起こすじゃろうな?」
「どんな行動じゃと……?」
「お主も王家の人間なら、さして珍しい事ではないと思うがな」
「珍しくない……って、まさか……?」
ラーシュアの思わせぶりな質問……
姫さまは、すぐにその答えを導き出せたようだ。
「そう、そのまさかじゃ。姉は弟を手にかけた……背後から心の臓をひと突きじゃ」
「いや、待てっ!? ではシズトは、何故に生きておるっ?」
なんか、オレが生きていては悪いみたいな言い方だな……? まあ、姫さまにそんな意図は、ないのだろうけど。
しかし、何故かと言われれば――
「何故じゃろうな……正直、ワシらにも分からん」
としか答えようがない。
「いや、分からんって……」
「ただ言えるのは、あのとき主は確かに死んでおった。それは間違いない――じゃが、なぜか主は目を覚ました。そして、その目を覚ました先が、なぜかこの国じゃったとゆうワケじゃ」
「…………」
三度言葉を失う姫さま……
いや、今度は言葉を失うというより、絶句という表現の方が正しいようだ。
まるで幽霊にでも会ったような、唖然とした顔でオレを見つめる姫さま。
「よしっ! 掃除は完了じゃ――で、姫さんよ。ここまでの話を聞いてみて、どうじゃった?」
「い、いや……正直、にわかには信じられん話じゃが……」
まっ、そうだろうな。正直、当の本人でも信じられんし。
「じゃが……じゃがもし、今の話が全て本当だとしたら、シズトか政を嫌うのも頷ける」
「ナニをゆうておる? 『ここまでの話を聞いて』と、申したろう? これでもまだ、主が政を嫌う話の一端じゃ」
「まだあるのかっ!?」
「ああ――主が為政者を嫌う最大の原因は、主自身が政の最高府である――」
「ラーシュアッ!!」
オレは、ラーシュアの言葉を遮るように声を上げた。
怒声にも近い声……
しかしラーシュアは、そんなオレにからかうような視線を向け、飄々と答える。
「なんじゃぁ? 主よ」
「お前……掃除が終わったなら、着替えてこいよ。いつまで振り袖を着てる気だ?」
そんなセリフとはうらはらに、睨み付ける様な目でラーシュアを見据えるオレ。
当然ラーシュアは、オレの真意に気付いているだろう。
ひとつため息をつくと――
「そうじゃな……着物がシワになるといかんし、着替えてくるかの。姫さんよ、続きはまた今度じゃ」
「あっ……」
沈痛な面持ちで何か言いた気な姫さまを残し、母屋へと足を向けるラーシュア。そして、その沈痛な面持ちの視線が、ラーシュアからオレへとシフトする。
「シズト……」
姫さまの口から漏れる声……
オレは、その声から顔を背けるように、厨房の後片付けを続けた。




