第二十八章 助かる命①
「わたくしは……無力だ……」
呼吸が止まり、そして心臓の鼓動までもが止まってしまった女の子。その血の気を失った顔へ呆然と目を向け、地面にペタリと座り込むソフィア。
虚空を見つめるような瞳から溢れた涙はスーッと頬を伝い、乾いた地面に黒い染みを作る。
持てる魔力をフルに使い、女の子の治癒に臨んだソフィア。
魔力を使い果たし、憔悴仕切ったその姿は、まるで抜け殻のようであった。
「ソフィア様……」
治癒魔法に協力していた女生徒も、そんな彼女にかける言葉が見つからず、ただただ悲痛な表情を浮かべる事しか出来ないでいた。
「…………ん?」
そんな、悲しみと悔しさに表情を曇らせる彼女達の耳に、遠くから喧騒の声が届く。
徐々に、彼女達の方へと近付いて来る喧騒。
驚愕と狼狽、中には悲鳴にも似た声も聴こえてくる。
ソフィアの傍らに至る女生徒、そして母親の治癒に当たっていたメイド姉妹が何者かの襲来に備え、警戒のレベルを上げた。
しかし――
「こんな無力なわたくしが、アキラ様、アキナ様の後見人などと、笑い話しにもなりません――」
そんな喧騒すらも耳を素通りし、力のない自虐的な笑みを浮かべるソフィア。
「わたくしの能力など、お二人の足元にも及ばない……そんな無力なわたくしが、どのような顔でお二人と接しろというのでしょか……?」
「どのような顔でって――よっと!」
野次馬達的に集まる村人と学園生の喧騒の中。
ブツブツと呟きながら座り込むソフィアの元へ背後から近付くオレ。そして、両脇に手を差し込むと、その軽い身体を抱き上げるように持ち上げた。
「笑えばいいと思うよ」
「お兄ちゃん。それセクハラ」
「セクハラ? エヴァネタがか?」
「ちっがーうっ! 女の子の脇の下に、いきなり手を入れる事っ!」
そんなオレ達のやり取りを背中で聞き、慌てて振り返るソフィア。
「アキラ様……アキナ様……」
野次馬達の怯えるような視線を集める白い虎の前。
並んで立つオレ達に、ソフィアは呆気に取られたような表情を見せる。
が……
「アキラ様ぁ……」
涙腺が決壊し、その綺麗な瞳から涙が一気に溢れ出す。
そして、オレの胸へ――というか腹へクシャクシャに歪めた顔を埋め、ソフィアは号泣を始めた。
「アキラ様、アキラ様ぁぁ……わたくしは……わたくしはぁ……」
「って……お、おい!? 笑えばいいって言ったそばから泣くなっ!」
「なぁ~かした、なかした。せ~んせいに言ってやろっ」
先生って誰だよっ!? てゆうか、兄が困っているんだから助けろっ!
しかし、オレの発する心のSOSを完全スルーし、我関せずとばかりに頭の後ろで手を組んで、横たわる女の子の元へと歩み寄っていく明那。
くっ……最愛のお兄ちゃんが困っているのに、なんて冷たい子なんでしょう、この子は。
泣き止む気配のないソフィアを宥めるように頭を撫でながら、オレは女の子の様子を伺う明那へと目を向ける。
「どうだ、明那? イケそうか?」
「ん……呼吸が止まってから、3分弱。裂傷に骨折、それに内臓の損傷も見当たらない――うんっ、イケるよっ!」
笑顔で振り向く明那の言葉を聞き、オレは泣きじゃくるソフィアへと視線を落として、頭をポンポンと叩いた。
「お手柄だ、ソフィア。お前のおかげで、あの子は助かる」
「えっ!?」
驚きに、泣き腫らした目をパチクリさせて顔を上げるソフィア。
「お前は無力じゃない。お前が最後まで諦めずに頑張ったから、あの子は助かるんだ」
「っ!!」
オレの言葉にソフィアが慌てて女の子の方へと振り向くと、その傍らにいた明那がニッコリと笑みを浮かべた。
「この子は死なないわ。私が守るもの」
「………………」
いや、先にエヴァネタかましたオレが言うのもなんだけど、その子を助けるのはお前だけじゃない。事前にソフィアの頑張りがあったればこそだ。
「あ、あの……アキラ様……?」
明那の物言いに苦笑いを浮かべていると、女生徒の一人が遠巻きに声をかけてきた。
てゆうか、なんでそんな遠くから――って、白虎のせいか。
オレは軽く手を上げ、女生徒が遠巻きに怯えた顔を見せている原因であろう白虎を式札へと戻した。
オレがヒラヒラと舞う式札を片手でキャッチすると、女生徒は安堵の表情を見せ、歩み寄って来る。
「あ、あの……アキラ様? お言葉ですが、助けると言っても、その娘はもう死んでいるのですよ……?」
おずおずと疑問を口にする女生徒。
まあ、そう思うのも仕方ない。脳死という概念が存在しないこの世界では、心肺停止イコール死亡というのが当然の考えなのだから。
「まだ死んでないよ。単に、呼吸と心臓が止まっただけだ」
「えっ……?」
オレの答えに、ポカンとする女生徒――いや、女生徒だけではない。不思議顔で見上げるソフィアを始め、オレの声が届く所にいた殆どの者が、その意味を理解出来ずにポカンとしていた。
それも、当然の反応だろう。
「悪いけど、詳しく話している暇はないんだ。とりあえず、黙って見ていてくれ」
オ口元に笑みを浮かべながら、ソフィアの肩をポンと叩き、オレは女の子の傍らで待つ明那の方へと向かった。
「ア、アキラ様……まさか、反魂魔術をお使いに為るおつもりでは……?」
オレの背中に問い掛けるソフィア。
そして、そのソフィアの問いに、周りの人達が一斉に顔を青ざめさせる。
反魂魔術――死した魂を呼び戻し、死者を蘇らせる禁忌の魔法。
かつて、そんな魔法があったと一年の時に習ったな。
およそ千年前に失われ、現在は禁呪に指定されている魔法。その魔法を使う事はもちろん、研究する事自体も禁止されている……とかなんとか。
まあ、ホントにそんな魔法があったかどうかは知らんけど――
「そんな大それた魔法、オレには使えないさ。それに、なにより――この子の魂は、まだここにある」
そう、心臓が止まっていても、この子の脳はまだ活動を止めていない。つまり、魂も失われてはいないのだ。
オレは明那の傍らに立つと、横たわる女の子を静かに見下ろした。
「明那、準備はいいか?」
「OK! 準備万端っ!」
女の子の胸に開いた左手を置き、その上へ右手を組むように重ねる明那。
いわゆる、心臓マッサージの体勢だ。
「力加減を間違えるなよ。子供はまだ身体が出来上がってないから骨も弱い。力を入れすぎると肋骨が折れるからな」
「わかってるよっ! お兄ちゃんこそ、ヘマしないでよねっ!」
明那の返しに一つ頷くと、目を閉じて指印を結び、精神を集中させた。




