第二十六章 叶う二つの夢③
「えっ!?」
戸惑うような明那の声。
そして、その明那の眼前でいきなり胸を押さえ、スキンヘッドの男は苦しそうな呻き声を出しながら、その場へと蹲った。
「ぐぐっ……がががぁ……」
もし、オレ達を騙す為の演技だというのならアカデミー賞モノの演技であるけど、どうやらそうではないらしい。
「があぁぁぁぁぁぁああっ、いぎぎぃぃぃがああああぁぁーー」
「お、おいっ!?」
「ちょっと、おじさんっ!?」
慌てて駆け寄るオレ達の前で倒れ込み、のたうち回るスキンヘッドの男……
胸や顔、そして頭を血が出る程に掻きむしりながらゴロゴロと転げ回り、地面にドス黒い染みを幾つも作っていく。
な、何だ、この症状は……?
恐怖のあまりに気が触れたとしても、こんな風にはならんだろ?
訝しげに視線を落とすオレ達の前で、スキンヘッドの男は次第に動きが弱くなっていき、やがて見開いた目で虚空を見つめ身体をビクビクと痙攣さていく。
そして、苦しみ始めてから、二、三分くらい経った頃だろうか?
成す術もなく見守るオレ達の眼前で、ついに男はピクリとも動かなくなってしまった。
どうなってんだ、いったい……?
オレは、口から血の混じったピンク色の泡を吹いて横たわる男の傍らに膝を突き、警戒しながら遺体の様子を窺った。
同じように、オレの反対側へ膝を突き様子を窺う明那。訝しげに男の顔へと自分の鼻を近付けていく。
「こ、このアーモンド臭は……」
しない、しないっ。アーモンド臭なんてしないから。
多分、それも言ってみたかったセリフなのだろうけど、残念なことのに今は明那の冗談に付き合っている場合ではない。
明那の『お兄ちゃん、ノリ悪いよ』という言葉をスルーしつつ、オレは目を閉じて男の身体へと手を当てた。
精神を集中して、体内の様子を探っていくオレ。
超音波検査の要領で、手のひらから気を放ち、その反響を読み取ってっいった。
って、これは……
オレは男の身体から手を離すと、深呼吸をするように一つ大きく息を吸い込んでいく。
そして――
「心臓が……握り潰れている……」
ゆっくりと絞り出すように、診断の結果を口にするオレ。
「そ、それって……」
「ああ……」
その簡潔な診断結果で、全ての状況を察したのだろう。
眉を顰め、ゴクリと息を飲む明那。
たまにだが、急性の心筋梗塞などで心臓が破裂する事などはある。
しかし、破裂ではなく潰れているのだ。
病死、毒殺、自殺……そういった死に方では、こんな症状は起こり得ない。
こんな症状が出るとすれば、それは――
「呪殺……口封じに殺されたな」
「それじゃあ、やっぱり……?」
明那の口から出た"やっぱり"という言葉。まあ、当然明那も気づいているのだろう。
そもそも今回の遠征。いくら指揮官があの無能なビクトール先輩だったといっても、あまりに不審な点が多すぎる。
それにザッと見だが、盗賊団の中にあの火炎陣を張れるような魔導師は見当たらなかったし、なにより頭であるはずのスキンヘッドが口封じに殺された。
つまり今回の件には、盗賊団と別組織――盗賊団を影で操っていた存在があるという事だ。
そう、コチラの情報を盗賊団に流し、ビクトール先輩へは偽の情報を掴ませていた黒幕という存在が……
「目的は何だろうね……?」
「さあな……とはいえ今回の遠征には、勇者に聖女に神託の巫女姫、おまけで次期近衛騎士団団長候補さまもいる。もし万が一、この四人が一網打尽にされたとなったら、この国にとって大打撃にはなるが――」
「その四人を相手にするには、戦力が小物過ぎるよね」
そう、ソフィアやビクトール先輩だけならともかく、この程度の戦力ならオレか明那のどちらか一人でもいれは十分に対応出来る。
これだけの罠を張る奴らだ。ずっとエリ女にいた明那はともかく、オレの戦闘能力は当然把握しているだろうに……
いや、逆にずっとエリ女にいた明那やソフィアの能力を測るのが目的という可能性もあるのか?
「まあ、色々と推測は出来るけど、現状ではどれも憶測に過ぎないな……」
「だねぇ。それに、ゆっくりと検証してる暇はないし」
「そうだな」
盗賊団は壊滅させたけど、オレ達の仕事はまだ終わりではないのだ。
そう、今この瞬間もソフィア達は、懸命に救助活動を続けているはずなのだから。
「で、明那? ここはファニ達に任せて、オレはソフィアの所へ先行するつもりだけど、お前はどうする? 行けそうか?」
「当然っ! 置いて行くって言われても、ムリヤリ付いて行くよっ!」
「そっか。じゃあ、今度は本気で飛ばすから、しっかりしがみついてろよ。その平らな胸を押し付けるようにっ!」
「誰の胸が平らだっ!? このセクハラ兄貴っ!!」
明那の後ろ回し蹴りをヒョイっと躱し、洞窟の出口に向かい走り出すオレと、そんなオレを鬼の形相で追いかけて来る明那。
さてっ。この長い一日も、もうひと踏ん張りだ。




