第二十四章 八艘飛びと幽幻輪舞②
恐怖で誰も口を開けない中、おそらくこの中で最年長であろう三十代半ばの女性が恐る恐る、そして絞り出すように口を開いた。
「ア、アナタは……いったい……?」
「騎士学園の土御門明羅。って言えば分かるかな?」
「ツ、ツチミカド様と言えば――勇者様ですかっ!?」
「ああ」
オレの自己紹介へ、女性達は一斉に顔を輝かせた。
明那を探す過程で名前を売ろうと頑張った成果か。この国でオレの名前を知らない者など殆どいないだろう。
場の空気が安堵に包まれ、お互いに抱きしめ合い、喜び合う女性達。中には歓喜のあまり泣き出す者までいる。
『尊いのう……』
「ああ……」
腰の辺りから漏れる村正の呟きに、微笑みながら同意するオレ。
『あの輪の中に混ざりたいのう……』
「ああ……」
『そしてあの豊満な胸たちに挟まれ、もみくちゃにされたいのう……』
『ああ…………っ!?』
オレは咄嗟に腰から鞘ごと村正を抜くと、それを突き出すように後ろへと振り返った。
直後、鞘を握る手に伝わる衝撃――
その衝撃の正体に目を向けると、オレの頬を一筋の冷や汗がスーッと流れ落ちた。
『これっ、主っ! 刀は人を斬る物じゃっ! 盾に使う奴があるかっ!?』
うるさいっ、黙れっ! こうでもしなきゃ、死人が出ていたわっ!!
そう、オレの突き出した鞘には、二本のクナイが突き刺さっていたのだ。
背後から飛来したクナイ……
もし気付くのがあと0.1秒遅ければ、そのクナイはオレの延髄と心臓へ突き刺さっていただろう。
更にもし、剣の鞘で受けずに避けていたら、後ろの女性へ被害が出ていたはずだ。
絶対に避けないという信頼の元に、投擲されたクナイ……
明那ちゃん……? その信頼、お兄ちゃんにはちょっと重すぎるよ。
ついでに、あの乱戦の中でオレ達の小さな呟きを拾い、かつオレの致死点へ的確にクナイを投げる技量……
知らぬ間に成長した妹に、お兄ちゃん嬉しいやら寂しいやら……とても複雑な心境です。
オレは鞘に刺さった二本のクナイを抜き取ると、その内の一本は懐へと仕舞い、代わりに懐から一枚の呪符を取り出した。
そして、その場に片膝を着いて呪符を地面に置き、残ったクナイを逆手に持ち替える。
「バン……」
そう唱えて、地面の呪符へクナイを突き刺すオレ。
そして目を閉じて精神を集中し、そのクナイへと霊力を送り込んだ。
「ウン・タラク・キリ・アク・ウン」
一つのワードを口にするたび、地面へと青白い光の線が浮かび上がり、馬車を取り囲むよう五芒星を描き出して行く。
そして、星の形が完成すると、その頂点同士を結ぶように半透明な光の壁が現れる。
高さ的は、ちょうど鉄格子とほぼ同じくらい壁。
厚み自体はそれほど厚くはないが、自衛隊の10式戦車の砲撃にも耐えられる、土御門家秘伝の結界だ。
「すぐに助け出すから、もう少しだけ辛抱してくれ」
「はいっ!」
聖女さまの投擲によりオレの、延いては自分達の生命が危険に晒されていた事にも気付いていない女性達は、頬に一筋の冷や汗を流すオレの言葉へ満面の笑みで応えた。
オレはその返事を聞くと思い切り大地を蹴り、彼女達のいる荷車の屋根の上へと飛び乗って辺りを見渡した。
あちこちに火の手が上がる盗賊団のアジト。
明那は両手に持つ二本クナイ、そして鉄杭の付いた二本の鎖を操り、舞いを舞うように盗賊達を仕留めていた。
神道夢幻流、四の舞い『幽幻輪舞』。
明那は『ファントム・ロンド』などと言っているが、神道夢幻流の中で明那が最も得意とする剣技である。
燃え盛る炎と舞い上がる血飛沫の中で、幻想的に舞う明那。
その舞いは、まるで洗練された歌舞伎や神楽舞いを思わせるほどだ。
特に、荷車を取り囲む半透明な結界越しに見えるその舞いは、囚われていた女性達の目にさぞ美しく、そして神々しく映っているだろう。
でもこの結界、実は窓ガラス並に透明度を上げる事も出来るのだ。
そして出来る事なら、我が自慢の妹の美しい舞いを4K大画面TV並の綺麗な解像度で観てもらいたいとも思っている。
しかし――
喧騒と轟音の鳴り響く中、オレは耳に意識と霊力を集中させて明那の声を拾っていった。
『――ヒャッハー! 踊れぇ、盗賊共っ! 死ぬまで踊れぇ~っ! って、逃がすかっ! 逃げる奴は盗賊だーっ! 逃げない奴は訓練された盗賊だぁーーっ!!』
そう、確かに明那の美しい舞いは多くの人に観てもらいたいのだが――
あの限りなく快楽殺人者に近い顔を、善良な一般人にお披露目するのはかなりの抵抗があるのである。
『うひゃひゃひゃひゃぁ~♪ 悪い子はいねぇが~っ!!』
明那よ……
仮にも土御門は公家の家系。一応、お前はイイとこのお嬢様なんだぞ。腕白で逞しく育ってくれたのは嬉しいが、もう少し慎みや淑やかさがあってもいいんじゃないかな?
てゆうか、そこには悪い子しかおらん。
観てもらいけど見せたくないと言う二律背反の複雑な心境。
そして最愛の妹が浮かべる、なまはげも真っ青のサイコパスな笑みという現実から逃避するように、オレは高い位置から辺りを見渡した。
天幕に燃え移った炎は徐々に辺りへと燃え広がり、盗賊達の逃げるスペースを奪っていく。
何より、正面と森手側を囲んでいた防護柵が激しく燃え上がっている為にアジトの外へ逃げる事も出来ない盗賊達。
このペースなら、防護柵が燃え尽き崩れ落ちるより、明那が全員の首筋をカッ斬る方が先だろう。
正直、ここまで来たら、あとは消化試合だ……
オレは一応、荷車の屋根の上で辺りを警戒しながら、このあとの予定を考え始めた。
盗賊団は明那の頑張り……とゆうか、ストレス解消の結果、その脅威なくなると見ていい。
なら、ファニ達の隊を更に二つに分けても問題ないだろう。そして、一つは下の女性達を安全な場所まで護衛させ、もう一つはソフィア達に合流し、村の救助を支援するって――感じか。
護衛隊の方は、引き続きファニとエウルに指揮してもらって、ソフィアへ合流する隊はオレと明那が――
いや、護衛隊はファニ一人に頑張ってもらって、ソフィアへ合流する隊はエウル。オレと明那は二人で先行した方が効率いいな。
オレは視線の遥か先。なだらかな坂の途中で待機しているファニ達の隊へと目を向けた。
まあ、ファニには文句を言われそうだが、晩飯を一週間も奢ってやれば機嫌も良くなるだろう。
そんな事を考え口元へ笑みを浮かべていると、オレは視界の隅を何かが動くのを捉えた。
そう、崖の真下にある山小屋みたいな建物。その裏口のドアが開くのが見えたのだ。




