第二十二章 鵯越の逆落とし②
「まさか……ここから奇襲をかけるなんて、二人で正面突破するのと変わらないですよ」
「じゃあ、どうすると言うのだっ! 何か作戦があるのではないのかっ!?」
そう、作戦はある。横腹を突くなどと言う安易な作戦ではなく別の作戦が。
そして、その作戦というのは――
「「鵯越の逆落とし」」
である。
口元へ笑みをうかべ、その口を揃え作戦名を発表するオレと明那。
『ほおぉ。九郎判官を気取るか?』
「まあな」
楽しげな口調で問う村正へ、端的に答えるオレ。
九郎判官――源九郎判官義経。
源平合戦で源氏を勝利に導いた立役者の一人であり、幼名はかの有名な牛若丸である。
そして、鵯越の逆落としとは、その源義経が使った有名な作戦の一つである……のだが。
「ヒ、ヒヨドリ……ゴエ……?」
しかし、オレ達の口にした作戦名に、ビクトール先輩は怪訝そうに眉を顰めていた。
村正には作戦名だけで、それがどういった作戦なのか伝わったけど、ビクトール先輩には伝わらなかったらしい。
そんな、訝しげな表情を浮かべるビクトール先輩に対し、明那がしたり顔で一歩前へと踏み出した。
「説明しようっ! 鵯越の逆落としとは、江戸四十八手に数えられる体位の一つである。やり方は、まず女性をうつ伏せにし、うぐっ!?」
「そっちじゃない、そっちじゃない……」
とんでもない事を口走り始めた明那の口を慌てて塞ぐオレ。
ちなみに、江戸四十八手が何なのか知りたい人は、自分でグー○ル先生にでも聞いてくれ。
間違っても学校の先生やご両親などには聞かないように。
「フザケている場合かっ!? その、ヒヨドリがなんだと言うのだっ!!」
オレ達の態度に激昂し、声を張り上げるビクトール先輩。
まあ、距離もあるし気付かれないと思うが、コチラは奇襲の為の隠密行動だという事を忘れてないか、この人は……?
いや、それよりも――
「なんだ、真田ゆ――初代勇者は、壇ノ浦の話しは伝えていたみたいだけど、一ノ谷の戦いは伝えてないのか?」
「ダンノウラ……だと? あのゲンジとヘイシの戦いの事か?」
「ああ」
壇ノ浦の戦い。言わずと知れた、源氏と平氏の最終決戦である。
この学年に入学してすぐの頃に、戦術の授業で壇ノ浦の戦いについて触れていたのを覚えている。
ただ、今も昔も航海技術が未発達であるこの世界。海上戦がメインの壇ノ浦については、あまり詳しくは教えていなかったな。
「しかし、イチノタニとは何だ? 初代勇者の残した書物には一通り目を通したが、そのような戦い聞いた事はないぞ」
どうやら、一ノ谷については、三年生になってもやらないらしい。
「一ノ谷の戦いっていうのは源平合戦の一つでな、崖を背後に強固な防衛陣を張っていた平家に対して、平家滅亡の立役者である源義経が少数精鋭で奇襲をかけた戦いだ」
「で、その奇襲というのが、高い崖を背に安心して余裕をかましていた平家に対し、その崖を馬で駆け下り、無防備な背後を突いたというもの。それを『鵯越の逆落とし』というのですよ」
懇切丁寧に説明するオレと明那。
しかし、オレ達の説明を聞き、ビクトール先輩は呆れるように鼻で笑っていた。
「馬で駆け下り奇襲? 馬鹿馬鹿しい……この崖をどうやって馬で駆け下りると? いや、それ以前にどうやって馬で崖の上に登ると言うのだ?」
先輩の言葉に振り返り、崖の上を見上げるオレ達。
ほぼ垂直にそそり立つ、高さ100メートル強のゴツゴツとした岩の崖。確かに馬で駆け登るのは不可能だ。もし馬で上に行きたいのなら、ぐるりと大回りをして登るしかない。
しかし……
呆れ返る先輩の方へと向き直り、オレはニヤリと笑みを浮かべた。
「先輩の言う通り、馬で登るのは無理。なら――自分の足で登ればいいだけだ」
「そゆことぉ♪」
「なっ!?」
驚きに目を見開く先輩を余所に、オレ達は揃ってクルリと回れ右。
そのまま勢い良く走り出すと、垂直の崖を斜めに――敵陣の真後ろ頂上目指して駆け上がり始めた。
確かにほぼ垂直な崖。しかし、コンクリートのビルみたいに人工的な真っ平らの崖ではなく、デコボコとしてそこかしこに凹凸がある、岩で出来た天然の崖なのだ。
霊力でバランスの補佐をしながら、窓枠の出っ張りだけを足掛かりに高層ビルを駆け上がる訓練をさせられたオレ達にとっては、この程度の崖を駆け上がるなどさほど難しくはない。
「お、おいっ! ちょっ、待てっ!? 止まれっ、ツチミカドッ!!」
置いてけぼりをくらい、慌ててオレ達を呼び止めるビクトール先輩。
って、アホか? この状況で足を止めたら、そのまま転落するわ。
「じゃあ先輩! 着いて来れるなら、勝手に着いて来て下さい!」
「あっ!? 帰るなら、私達が乗ってきた馬も連れて行って下さいねぇ~っ!」
忌々しげに見上げる先輩へ後ろ手に軽く手を上げながら、オレ達は言いたい事だけ言って一気に崖を駆け上がって行く。
直線距離で100メートル強の崖。それを斜めに進み、およそ150メートルの距離を10秒そこそこで一気に走り抜けたオレと明那。
晴天の空に春風のそよぐ高い崖の上は、中々の絶景スポットである。
しかし、そんな大自然の中。明那は眼下を見下ろし、不敵な笑みを浮かべていた……
「くっくっくっ……まるで、盗賊がゴミのようだ……」
まあ、比喩ではなく、実際にゴミのような盗賊団だしな。出来ることなら『滅びの言葉』の呪文で殲滅してやりたいところだ。
まるで隠れるように、天幕の陰や物陰に身を潜めているゴミ共。
おそらく、総兵数がこちらへバレている事に気付いておらず、全体の人数を隠しているつもりなのだろう。
対するファニ達はと言えば、オレの指示した通りに、きっちりと罠の手前で待機しているのが見える。
ただ、ゆっくり進軍と言っておいたのに、想定より少し到着が早い。
まっ、ファニの奴も始めての隊長という事で気が逸っていたのだろうが、それでも十分に許容範囲だ。
ちなみに、ビクトール先輩の方はと言えば、忌々しそうな顔で、まだコチラを睨んでいるが……どうでもいいか。
「さてっ。コッチの世界では、これが明那の初陣だ。こっからは派手に行こうかっ!」
「さすが、お兄ちゃんっ! 話が分かるぅ~♪」
オレが両手に数枚の呪符を取り出すと、明那はニッコリと微笑みながら六本のクナイを指へ挟み込む様にして取り出した。
さあ、パーティーの始まりだ。




