第二十一章 安上がりな男
盗賊団のアジトへと続く道――
右手には深い森と左手には深い渓谷に挟まれた、さして広くない道を進む52人の騎士学園生達。
騎兵の乗っていた馬や馬車を牽いていた馬は、全て救助隊の方へと回してしまった為、コチラの隊は全員が徒歩での行軍である。
直線のなだらかな下り坂の前方。高い崖の下にある盗賊団のアジトが目視で確認出来る距離。
隊列を組む集団の先頭を預かる隊長のファニは、周囲に神経を尖られながら、ゆっくりとしたペースで慎重に歩みを進めていた。
「チョット、ファニ……あんた緊張し過ぎ。もっと肩の力を抜きなさいよ」
と、そんなファニの隣に並び、ため息混じりに肩を竦めるエウル。
「敵はこの先に罠を張って、私達を誘い込もうとしてるのよ。だから、この段階で伏兵に襲われるはずないんだからさぁ」
「わ、わかてるよ……」
ファニとてエウルの言う事は十二分に理解しているし、いくら神経を尖らせた所で何も起きないという事も分かっている。
しかし、隊長の経験など皆無に等しいファニ。しかも、任された隊というのが――
ファニはチラリと後ろへ振り返り、自分に続く学園生達を横目に確認した。
不安と緊張の色を隠せない学園生徒達。中には怯えて泣き出しそうな顔をしている者もいる。
そう、治癒魔法を使える者。医療知識のある者。探査魔法の使える者。そして何より、腕力のある者を救助隊の方へ引き抜かれてしまった為、コチラの隊は戦闘経験の浅いものばかりになってしまったのだ。
細かくは確認していないけど、この50人中、半分以上は学園に入学したばかりの一年生。
学園での自分の立ち位置を高めようと、入学してすぐに元の指揮官であるビクトールの取り巻きとなり、彼の実家であるエルラー公爵家へ媚を売る為に参加した者ばかりなのだ。
もし、万が一戦闘になれば、何も出来ずに総崩れはするのは必至。逃げるとなっても、まともに撤退戦ができるとは思えない。
ファニは、そんな者達ばかりの隊となる事に気が付かなかった自分の間抜けさ加減に呆れつつ、おそらく気が付いていながら丸投げしてきた明羅へ怒りにも似た感情を沸々と湧き上がらせていた。
「ったく、アキラの奴……帰ったら一週間は晩飯を奢ってもらうからな……」
「アンタって、貴族のくせに安上がりな男よね……」
ファニの貴族らしからぬ小市民的な発言に、エウルは呆れて、小さくため息をついた。
ちなみに、そんな彼らがこの状況で逃げ出さずにいるのか?
それは偏に勇者と聖女、そして第四王女での存在である。
とは言っても、勇者と聖女がいるから負ける事はないだとか、第四王女のおかげで士気が高まっているとか、そんな前向きな理由ではない。
単に、『この三人が参加している作戦で敵前逃亡などすれば、自分は生きる術を失ってしまう』と、そんな理由である。
家督を継ぐ事の出来ない、次男以降の彼らだ。
この作戦で敵前逃亡などすれば、家名に泥を塗ったとして間違いなく実家を勘当されてしまうだろうし、そうなれば当然、学園も退学せざるを得ない。
それでも、人並み以上に剣術や魔法などの技術があるのならまだ良いが、そういった者のほとんどは救助隊の方へと引き抜かれており、ここに残るのは何の技術も身に着けていない、あぶれ者ばかりなのである。
もし勘当され、実家の後ろ盾を失えば、何の技術もない彼らに生きる術などはないのだ。
事実、この国で家を取り潰された貴族の末路など、男なら物乞い、女なら娼婦。もしくは奴隷に身を落とすのが大半なのだから。
貴族嫌いのエウルであっても、そんな彼らには若干の同情心をいだきつつ、目を細めて盗賊団のアジトの様子を伺った。
「こっちの予想通り、出てくる気配はないわね」
「そうだね……ただ、ちょっと静か過ぎる」
遠視の魔法で視力を上げている二人。
木で出来た、高さ3メートル程ある柵の向こう。木と木の間から覗く陣の内部に、人の姿が全く見えないのだ。
「多分、向こうもコッチの進行には気付いているだろうけど、コッチに正確な数を知られているとは思ってないはずよ」
「だろうね。知っていたら普通、この人数で攻め込むなんて無謀な事するワケないし」
そう、普通の討伐隊であれば、150人の盗賊がいるアジトへ50人で攻め込むなどあり得ないのだ。
「だからさ、向こうは実際の人数を知られない為に、ギリギリまで天幕の中や影に隠れているんだと思う」
「で、コッチが罠にハマって混乱している所へ、一気に攻め込んでくると……まったく、いい趣味をした連中だよ……」
軽口をききながらも、いつもの飄々とした余裕はなく、苦虫を噛み潰したような表情を見せるファニ。
そして、遠視を使わなくても中の様子がある程度確認出来る距離まで近付くと、二人の眼前を一羽のツバメがスーっと通り過ぎて行った。
そのまま二人の頭上をクルリと旋回すると、谷沿いにあった岩の上へ羽根を下ろすツバメ……
見覚えのあるツバメに、それが明羅の式神であるとすぐに気付いたファニとエウルは、同時に明羅が偵察の報告をした時の言葉が脳裏へと蘇ってきた。
――ここの崖際に大きめな岩があるんだが、その岩の下に火炎系魔法の魔法陣が隠されている。おそらく、炎の障壁で道を塞ぐタイプの物だ。
「なるほど。あれがアキラの言っていた大岩か……」
森や崖、そして渓谷に囲まれたこの地方になら、どこにあってもおかしくはない――どこにでもありそうな大岩。
エウルは、その小型の軽自動車ほどはある岩へと慎重に近付き、そっと両手をかざした。
「これはまた……随分と巧く魔力を隠したものね。普通に行軍していたら絶対に気が付かないわよ、こんなの……」
エウルの言葉に、顔を青ざめさせて息を飲む学園生達……
その言葉は学園生達にとって、『もし今回の遠征に勇者と聖女が同道していなければ、自分達は確実に殺されていた』と、リアルに想像させるモノであった。
「エウル。魔法陣が隠されているのは、その岩で間違いないかい?」
「ええ。微かだけど、火炎系魔法の魔力を感じるし……多分、魔力を隠蔽するアイテムか何かで、それを隠しているんだと思うわ」
「そっか……」
エウルの返事を聞き、ファニは後へ振り返り、大きく息を吸い込んだ。
「全員、この場で待機っ! もし、敵がアジトから出て来たらすぐに逃げられるよう、準備しておいてくれっ!!」
「「「はいっ!」」」
隊員達からの返事に軽く頷くと、ファニは再び前方へと向き直り、大岩を不思議そうに調べているエウルへと目を向けた。
片膝を着き、大岩をペタペタと撫で回しているエウル――
「てゆうか、アキラもアキナちゃんも、あんな離れた場所からこんなの見つけるとか、どうなってるのよホント……」
そんなエウルの一人言へ呼応するように、ツバメが岩の上からエウルの頭、そして肩へと飛び移ってきた。
「そっか、ごめん、ごめん。見つけたのはキミだったね」
口元に笑みを浮かべ、そっと自分の肩に乗るツバメの頭を撫でるエウル。
「さてっ、キミのご主人様達は、ホントに上手くやってくれるかな?」
そう言って、エウルは明羅達がいるであろう、森の方へと目を向けた。




