第二十章 休日の学生会①
「んん~~っ……」
アンティーク調に統一された、学生会室。
長机の上座に座り、固まった身体をほぐすように大きく伸びをする学生会長のサンディ。
「ちっ……」
そして、そんなサンディの大きく上下に弾んだ胸を前に、左隣に座る小柄でスレンダーな女生徒が舌を鳴らした。
「どうにか、今日中に終わる目処はついたわね」
「そうですね――」
サンディの言葉に素っ気ない返事を返す、ボブカットに黒縁の眼鏡を掛けた女生徒――
平日であれば、十人以上の役員が集まる広い学生会室。
しかし、休日という事もあり、部屋にいるのは会長のサンディと書記で二年生のリズベット・カイエルの二人だけ。
そう、そのたった二人だけで、長机の上に山のように積まれた書類を朝から黙々と処理していたのである。
「この辺で少し休憩しましょうか? リズ、紅茶を淹れてくれるかしら、砂糖とミルク増し増しで」
「承知しました」
時刻は間もなく午後の三時。確かにお茶をするには、ちょうど良い時間である。
内心のイラつきを隠し、リズベットはポーカーフェイスで淡々と紅茶を淹れ始めた。
休日だというのに朝からサンディに叩き起こされ、更に事あるごとに不快に揺れる胸を見せ付けられていたリズベット。
ホントなら文句の一つも言ってやりたい所ではあるが、サンディの家であるスェート家は伯爵家。そして、リズベットの家であるカイエル準男爵家の寄り親でもあるのだ。
子供の頃から付き添いがある二人。サンディの性格上、多少の事で家名を持ち出す事は無いとは分かっていても、貴族の家に生まれた娘としては、寄り親の申し出を無碍には出来ないのである。
「んん~♪ 甘くて美味しい~♪」
紅茶の風味など吹き飛ぶ程に甘くした紅茶を口にするサンディを横目に、リズベットはお茶菓子のクッキーへと手を伸ばした。
「でも、サンディ様? 無理して今日中に終わらせなくても、半分は明日に回せばよいのでは?」
週休二日制の騎士学園。
休日が二日とも潰れるのは痛いけど、特に用事がある訳でもなし。
それに、若干低血圧気味のリズベット。せめて休日の朝くらい、ゆっくりと寝ていたいという気持ちが強いのだ。
しかし……
「それはダメ。明日はお買い物に行くの。新作が出るから、朝から並ばなくっちゃ」
「買い物って……また下着ですか?」
「そうよ。学園ではみんな同じ制服なんだもの。下着くらいオシャレして、他の娘達と差をつけなくっちゃ♪」
「見せる相手もいないのに……(ぼそっ)」
「ん? 何か言った?」
「いえ、別に……」
いくら新作とはいえ、店側としても商売だ。朝から並ばなくても、早々に無くなるものではないだろうと思うリズベット。
しかし、本人曰く――
『私くらいのサイズになると、作られる数も少ないから並ばないといけないのよ』
との事だ。
「ホント、もげればいいのに……(ぼそっ)」
「ん? なに?」
「いえ、何でもありません」
リズベットは何事もないように、紅茶へと口を着けた。
「そうだ。何なら、リズも一緒にお買物に行く?」
「いえ、高い下着を買っても、当分は見せる相手を作る気はありませんので遠慮させて頂きます」
「はぁ……アナタ、何を言ってるの……?」
リズベットの淡々としたお断りの言葉に、サンディは深くため息をつく。
「いい、リズ? 貴族の娘たるもの、いつ既成事実を作るチャンスが訪れてもいいよう、常に備えておくものなのよ。もし、備えを疎かにして、そんなチャンスが巡って来た時に下着の上下が揃っていないだとか、洗濯をサボってクタクタになった穴開きショーツを穿いていたりだとか、朝の支度で横着してスリップの上からブラを着けていてしまったりで、服を脱ぐに脱げないなんて事になったら悔やんでも悔やみきれないわよっ! もう、それこそ、部屋に戻ったら毛布に包まり、ベッドの上でのた打ち回るくらいにっ!」
「随分と例えが具体的ですが、実体験ですか?」
「い、いえ……級友から聞いた話しよ……」
リズベットの素朴な問いに、そっと視線を逸らすサンディ。
美人でスタイルもよい伯爵家のご令嬢であるサンディ様も、一年生の時には随分と苦労をしたようだ。まあ、半分以上は自業自得という気もするけど。
それでも一年程前からは、勇者であるアキラ様一本に狙いを定めたおかげで少しは落ち着いているようだ。
ただ、その狙いも本人は上手く行っているつもりらしいけど、私の目からは正直疑わしい……
そんな事を思い、リズベットは小さくため息をついた。
「そんな訳でリズも、今の内にから見えない所のオシャレに気を配らないと、良い相手が見つかった時に困るわよ。あっ、そうだわ。衝動買いしたのはいいけど、どうもしっくり来なくてまだ身に着けていない下着が何着かあるから、今度持って来てあげましょうか?」
「いえ、大変光栄ですが、お気持ちだけで結構です(アンタのサイズが私に合うかっ! この乳デカ女っ!)」
弱小貴族の末娘として鍛えられた、本音と建前の使い分けで丁重にお断りするリズベット。
「それに三年生になれば、婚活にあぶれた男の子達も出てくるでしょうから。そういった男子を適当に見つけますので」
「まあ、確かに……三年のクラスでも、そろそろあぶれた者同士がくっつき始めてるけど……夢がないわね。目標は高く持たないと」
「現実的と言って下さい。私は、自分の身の程というものを弁えておりますから」
そう、準男爵という下級貴族の末娘であるリズベット。長女は運良く子爵家の次男と結婚し、長男も男爵家の長女と結婚する事が出来た。
なので末娘であるリズベットには、両親もそこまで過度な期待などしてはいない。
騎士学園に通えるくらいに経済力がある商家の嫁。もしくは、男爵家の側室くらいに収まってくれれば御の字。という程度である。
そもそも、彼女がこの学園に来たのは、嫁ぎ先を見つける為ではない。
リズベットが騎士学園へ入学した最大の目的は、目の前で大きな胸を揺らしながらお茶請けのクッキーを咀嚼する学生会会長。一年生から学生会に入り、二年生の後期には会長となったサンディ・スェートにある。
そう、サンディの実家――寄り親であるスェート家へのごますりの為に、リズベットはこの学園へ入学させられたのだ。
世襲称号の最下位である準男爵家とはいえ、貴族は貴族。
そして貴族の娘である以上、家長の意向に逆らう事は出来ず、リズベットは興味もない学生会に一年から所属し、それからずっとサンディの補佐をしているのである。
「ところで、リズ。アナタから見てどう思う? 私はもうそろそろだと思うのよ?」
「何がですか?」
サンディの主語の抜けた言葉足らずの質問へ質問で返すリズベット。
「アキラ様よ! 今回の件でかなり点数も稼げたし、そろそろ彼の方からデートに誘ってきてくれる頃だと思うのだけど……」
「その件ですか……サンディ様がそう思うのなら、そうなのではないですか」
リズベットは心の中で『アナタの中ではな』と付け加えると、サンディの空になったカップへと紅茶を注いでいく。
「むうぅ……なんか、他人事ねぇ……?」
「申し訳ありません。私は殿方とお付き合いなどした事などありませんから、そういった事には疎いものでして」
ただ、他人事と言われると、リズベットに取ってこの件は決して他人事ではないのである。
もし、寄り親の家であるサンディと勇者の間に子供が出来れば、当然寄り子であるリズベットの家にもその恩恵があるからだ。
なので父親からも、二人の仲をサポートするよう言われているのである。
とはいえ、リズベットの目から見て明羅は、貴族の常識が通用しない難敵だった……




