第十八章 急展開③
ひとつ舌打ちをしてから、オレは現在の指揮官さまとファニに引き離されたエウルとの間に割って入った。
そして、殺気の込めた目で先輩を睨みつけ、ゆっくりと口を開いていく。
「おい、ビクトール先輩。指揮権を渡せ」
「なにっ!?」
「アンタの命令には従えないって言ってんだよ」
「お兄ちゃんっ!!」
オレが先輩に向けた言葉を聞き、暗殺者モードが解けた明那が歓喜の声を上げる。
「そうだっ! 指揮権をお兄ちゃんに渡せっ! こんな無能指揮官の命令になんて従えるかっ!!」
「誰が無能だっ!?」
明那の煽るような言葉に声を荒らげるビクトール先輩。
そして真っ赤な顔で眉を吊り上げ、その怒りの矛先をオレの方へと向けて来る。
「それからっ! ツチミカドもふざけた事を言うなっ! だいたい貴様らは、遠征に同道している見学者だっ! 僕はお前達へ、作戦に参加する許可をした覚えはないぞっ!!」
「なによっ! アキラとアキナちゃんの偵察がなければアンタらは全滅っ! 皆殺しにされていたのよっ!!」
「うるさいっ! 黙れ平民っ!!」
オレが反論するよりも早く、エウルが声を張り上げた。
そして、そのエウルに痛い所を突かれ、ビクトール先輩は更に大声で喚き散らす。
完全にヒステリー状態のビクトール先輩。
そんな先輩の姿に、周りの生徒達も先輩を見る目が変わって来る。
そう、逆上する先輩へ向けられているのは、作戦参加者達の冷ややかな目――
まあ、それはそうだろう。
今回の遠征。もしオレ達が付いて来ていなったら、おそらく全滅――自分達は死んでいたのだから。
その事実を受け止めず、周囲に大声で当たり散らすその姿は、甘やかされて育って来た子供そのものだ。
しかし、自分に向けられる冷ややか視線へ逆上し、ビクトール先輩は更に声を張り上げる。
「だいたいツチミカドッ! 貴様は勇者と言っても爵位があるわけじゃないっ! 結局はそこの女と同じ平民だっ! 平民風情が、公爵家の僕に大きな口をきくなっ!!」
まっ、確かに……
卒業と同時に、侯爵と同等の地位が約束されているとはいえ、今現在、オレに爵位がないのは事実ではある。
というより、こんなヒステリーに付き合っている時間すら惜しい。いっその事、ぶん殴って眠らせるか?
いやそれよりも、殺して適当に埋めしまおうか?
次期近衛騎士団の団長候補がコイツでは、この国の将来が心配だし……
「いえ、アキラ様は無爵ではありませんよ――」
オレの思考が少々物騒な方へと傾き始めた時。オレ達の耳に、よく通る澄んだ声が届いた。
オレとビクトール先輩が声の方へと同時に顔を向けると、そこには二人の美人メイドを侍らせた、この国の第四王女殿下様の姿――年下とは思えないほどの、威厳に満ちた表情でオレ達の元へと歩み寄るソフィアの姿があった。
さっきはかなり動揺していたようだけど、もうすっかり立ち直ったようだ。
「アキラ様には出発の前に、わたくしが王国第四王女の権限で戦時階級『騎士爵』の地位を叙爵いたしております」
「なっ!?」
ソフィアの言葉に驚き、目を見開くビクトール先輩。
戦時階級――基本的には、指揮官や部隊長などが戦死して指揮をとる者がいなくなたった場合、その下の者が指揮をとるために一時的な昇進した階級で、その戦闘時に限った階級である。
ただ、寄せ集めた部隊などで指揮官の数が足りない時などにも、一時的な階級として地位を授ける場合などもあるそうだ。
が、しかし……
叙爵なんて話、初めて聞いたぞ。
オレは軽く首を傾げ、ソフィアの方へと目をやった。
「………………」
無言のまま口元へ軽く笑みを浮かべ、パチンっとウィンクを送って来るソフィア。
なるほど、話を合わせろって事ね。
「ビクトール様の家は確かに公爵家。しかし、その爵位はエルラー家の物であり、現当主様の物。ビクトール様個人の物ではありません。対してアキラ様に授けた騎士爵は、世襲権を持たない栄誉称号とはいえアキラ様個人の爵位。この遠征中に限ってはどちらの階級が上なのかは、貴族至上主義のビクトール様が一番よくお分かりですよね?」
「ぐぬぬぬぬ……」
「もしも、それで納得して頂けないのであれば、王国第四王女権限でビクトール様から指揮権を剥奪。アキラ様へ譲渡致しますが、いかがなされますか?」
「この件――王室へ直接抗議させて頂きますよ……」
「かまいません。それに、もしアキラ様へ指揮権を渡し、それで作戦が失敗したのなら全責任はわたくしが取ります」
「ならば、勝手にすればいいっ! 僕はこの件から手を引かせてもらうっ!!」
荒らげた声を上げて踵を返し、肩を怒らせて立ち去って行くビクトール先輩。
その後ろ姿は、正に負け犬といった言葉がピッタリである。
そして、そんな負け犬先輩の背中へ向け、エウルと明那が揃って『あっかんべー』と舌を出していた。
「まったく……あんなのが三年生の主席とは世も末だわ。いくらガッコーのお勉強が出来たって、それを活かせなければ、何にもならないわよ」
「ホント……『真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方である』とはよく言ったものだわ」
「何それっ? 上手いこと言うわね」
「私の世界の有名人で、ヒットラーって人の格言だよ」
いや、明那……それはヒットラーじゃなくてナポレオンの格言な。
「とはいえ、ソフィアちゃんのおかげて、あっさり引いてくれたからホント良かったよ。『活動的な馬鹿ほど恐ろしい物はない』とも言うし」
「それも上手いっ! あの無能先輩にピッタリッ!」
「これはニーチェさんのお言葉」
いや、だから……
それはニーチェさんじゃなくて、ゲーテさんのお言葉な。ニーチェさんは、深淵を覗いていたら逆に深淵から覗き返された人だぞ。
てゆうか、キミらケッコー仲いいね。
いや、そんな事よりもだ。
明那の言う通り、ビクトール先輩が引いてくれたのはソフィアのおかげだし、何よりも――
「悪かったな、ソフィア。嘘をつかせて……」
「いえ、お気になさらずに。そんな事より、アキラ様のお役に立てた事の方が嬉しいですから……」
頬を桜色に染め、はにかむような笑みを浮かべるソフィア。
オレはその笑みへつられる様に頬を綻ばせると、その健気な少女の頭にへと手を――
「「………………」」
っとと……
無意識にソフィアの頭へ手を伸ばしかけた所で、オレはソフィアの後ろへ控えていたメイドさん達のジト目に気付き、慌ててその手を引っ込めた。
「あっ……」
寂しそうな、それでいて少し残念そうな表情を浮かべるソフィアに、若干困り顔のオレ。
う~む……
この場合、どうすれば正解なんだ? 頭を撫でた方が良いのか、撫でない方がよいのか……?
「アキラ……今は、そんな事をしている場合じゃないだろ?」
「――!?」
呆れ顔のファニに肩をポンっと叩かれ、ハッと我に帰るオレ。
そうだ。今は一分一秒を争う緊急事態なのだ。
「そうだったな……悪い、ファニ」
「いいよ。そんな事より、これからどうする?」
「そうだな……とりあえず作戦の説明をするから、全員こっちへ集合するよう指示を出してくれ。オレの名前を使っていいから」
「分かった」
即座に踵を返し、手近にいた生徒達へ指示を出し始めるファニ。
アイツ、何気に顔は広いし、何をやらせても卒なくこなすからな。こういう時は、ホント頼りになるわ。
まあ、何でも人並みにこなす分、器用貧乏の典型みたいになってるけど。
「ソフィアとエウル、それと明那もファニを手伝って、みんなを集めて来てくれ」
「かしこまりましたわ」「了解!」「OK!」
三者三様に返事を返し、散っていくソフィア達。
オレは三人の後ろ姿を見送ってから、地図を広げていた机を片付けようとしていたメイドさん達へと目を向けた。
「アリアさん。地図は片付けてもいいですけど、机の方はもう少し待ってください」
「かしこまりました」
「それとリリアさん。紙と何か書くものを持っていませんか?」
「少々お待ちください」
軽く頭を下げ、荷物の置いてある馬車の方へと走っていくリリアさん。
さて、指揮官なんて正直ガラじゃないけど、四の五の言っている場合じゃないからな。
ちょっと気合入れてやりますか。




