第十八章 急展開②
自称、優秀な公爵公子が目をかけている、手下の者が描いた手描きのアジト周辺図。
正直、子供のいたずら描きレベルの画力であるし、式神を通して見た実際の映像と比べると縮尺がおかしい上に分かりにくい。
実際のアジトの面積は、だいたいサッカーグラウンド程度だし、後ろの崖の高さは100メートル強――おおよそ30階建てのビルくらいはあったはずた。
とはいえ、新しく描き直しているヒマはないし、状況の説明をする分には、これでも問題ないだろう。
「えーと……この辺りか?」
オレは地図上にあるアジトから左へ約200メートルの地点――このまま進んだ場合の進行ルート上にある地点を指差した。
「ここの崖際に大きめな岩があるんだが、その岩の下に火炎系魔法の魔法陣が隠されている。おそらく、炎の障壁で道を塞ぐタイプの物だ」
「なっ……?」
みんな、仮にも学園で戦術を学んでいる学生達だ。
それがどういう効果を生むのか簡単に予測でき、一斉に顔を青ざめさせる。
そんな中、生徒達を代表するように、エウルが言葉を絞り出した。
「って、て事は……もしも気付かずに進軍していたら……?」
「ああ、全軍がこの地点を越え時点で罠が発動。背後の道を炎に塞がれる。そして、コチラが混乱したところを狙らい、盗賊達はアジトから一斉に出て来て挟み討ちにする――って作戦だろうな」
オレはエウルの問いへ静かに頷き、全員の頭に浮かんでいるであろう結果を言語にして表した。
全員を沈黙させるには、十分過ぎる衝撃の内容だろう。
だが、しかし……
「それに、悪い話しはまだあるよ――」
明那は一歩前へと踏み出すと、オレに代わってゆっくりと口を開く……
「敷地の奥に鉄格子の檻が乗った荷馬車が三台停まっているんだけど。そこに二十人以上の若い女性が捕まっていた」
「な、なんてこと……」
明那の声が届く場所にいた全員が目を見開く中、ソフィアが口元を抑えフラフラと後ずさった。
「そ、そんな……」
「いったい、どこから……?」
フラつくソフィアを支えながら出たメイド姉妹の言葉へ、オレは静かに北西の方角を指差した。
「ここから北西へ3キロほど行った所に、さほど大きくはない村があったけど……その村がほぼ壊滅していた」
「まだ襲われてそんなに時間も経っていないみたいだし、多分アジトに捕らえられている女の人達は、そこから攫われて来た人達で間違いないと思う……」
「……………」
オレ達の言葉に呆然とし、ペタンとその場へ座り込むソフィア。
「ひ、姫様っ!?」
「お気を確かにっ!!」
そんなソフィアと、慌てて声をかけるメイド姉妹から視線を外し、他の生徒達へ目を向けるオレ。
いくら訓練を受けているとはいえ、実戦経験など殆どない者も多い。リアルに肌で感じる戦場の空気と、自身に迫る死の匂いに慄き、怯え始める生徒達。
女生徒の中には、ソフィア同様にヘタリ込んでいる者もいた。
ただそんな中、いち早く冷静さを取り戻したファニがオレの傍らへと歩み寄って来る。
「それでアキラ? その村は、今どんな状況か教えてくれるかい?」
「ああ……おそらく住人は全部で200から250人程度だと思う。そして生存者は半分以下の100人ほど。しかも大人、子供問わず、無傷の者は殆どいない……」
「そっか、なら救助を急いだ方がいいね」
「ああ、そうだな……」
オレはファニの意見を肯定し、指揮官であるビクトール先輩へと目を移した。
茫然自失で言葉を失っているビクトール先輩。
オレはその虚ろな目を正面から見据え、低い声で問いかける。
「それでビクトール先輩? 先輩達は、このあとどう動く?」
「ど、どう動くだと……? それは……」
まだ、心ここにあらずと言った感じだが、懸命に頭を捻り、このあとの事を考え始める先輩。
そして、出て来た言葉が……
「お、おい、セバスッ! 盗賊のアジトとその村へ斥候を出し偵察させろ。それと早馬を出して、学園を通じ王室へ増援の要請。本隊は、増援が来るまでこの場で待機だ」
「!?」
セバスと呼ばれた副官へと出された指示。
その内容にオレは――いや、オレと明那は目を細め、鋭い視線で先輩を睨みつけた。
「ちょっと待ちなさいよっ!!」
当然、先輩の出した指示に納得行かないのはオレ達だけではない。
その指示に、やはり納得のいかないエウルが声を張り上げ、先輩の方へと歩み寄って行く。
「アジトに囚われている女性はどうするのよっ? 早く助けないと、どんな酷いめにあわされるか分かったもんじゃないし。それと村への救助も急務。なのに、この場で待機ってどういう事よっ!?」
詰め寄るエウルへ胡散臭そうな目を向けるビクトール先輩。
「キミ? クラスと名前は?」
「二年A組のエウルリア・トーレよ。それが何?」
「トーレ……? ああ、成金商会のジャジャ馬娘とは、キミの事か?」
エウルの名前を聞き、ビクトール先輩は見下した目でヤレヤレとばかりに肩を竦めた。
「実家が成金なのも、私がジャジャ馬なのも否定しないけど、今はそんなの関係ないでしょッ!?」
「関係大ありさ。僕は公爵家の次期当主であり、この隊の指揮官でもある。そしてこれは、その僕が決めた決定事項なのだよ。大局的に物事を見れない平民は黙っていたまえ」
「なんですってっ!? じゃあ、囚われている女性も怪我をしてる村人も見捨てるっていうのっ!?」
「囚われている女も村人も、所詮は平民だろ? 対して、この学園の生徒は大半が貴族の子息であり、将来騎士となって王国を護っていく者達だ。その命を同じ天秤に乗せようとすること自体、不遜も甚だしい」
「くっ!?」
ビクトール先輩の自己中心的な発言にカッとなり、エウルは拳を振り上げる。
しかし……
「ちょっ!? 落ち着け、エウルッ!!」
「放してよっ、ファニッ!! このクソヤロー、ぶん殴ってやるんだからっ!!」
既の所で、ファニに羽交い締めにされ、エウルはその動きを止められた。
まあ、エウルの気持ちも分からなくはない。それに、明那の気持ちも――
「お前も落ち着け、明那……」
オレは明那の右手へと目を落とした。
オレに手首を握られ、動きを抑えられている明那の右手。その右手には、逆手に持ったクナイが握り締められているのだ。
「何を言っているのですか、兄さん? 私は落ち着いているし、冷静ですよ」
怒気も殺気もない、光の消えた瞳で見上げる明那……
冷静……? いや、確かに冷静だ。
口調まで変わり気配が消え、意識しなければ、その存在自体があやふやになるほどに希薄になっている状態。
そう、何の気配も感情もなく、ただ機械のように人を殺す事の出来る暗殺者モードの明那だ。
もし、明那の手首を掴むのがあと一秒遅れていたら、周りの者はおろか当の本人ですら自分に何が起こったのか分からぬままに頸動脈が斬り裂かれ、先輩は血の海へと沈んでいただろう。
「いいから、クナイを仕舞え。命令だ」
「はい」
オレの言葉に従い、大きな袖口へとクナイを引っ込める明那。
現場では――暗殺者モードの状態では、オレが明那の上官であり、上官の命令は絶対だと刷り込まれている明那。
仮にオレが、そのクナイで自分の喉を穿けと命令すれば、明那は迷う事なく実行していただろう。
「ちっ……」
もう、明那をこんな状態にはしないと思っていたのに……




