第十七章 鈍感勇者①
「有名な兵法のひとつに、『十なれば即ちこれを囲み、五なれば即ちこれを攻め、倍なれば即ちこれを分かち、敵すれば即ちよく闘い、少なければ即ちこれを逃れ、しかざれば即ちこれを避く』というのがあってだね。守りを固める敵に包囲戦を仕掛けるなら、相手の十倍の戦力を用意する必要があり。正面から戦うなら五倍の戦力を用意する必要があるとされていて――」
まだ夜も明け切らない早朝。
盗賊討伐の遠征へ参加する為に校門前へ集合したオレは、うんざり顔で隊長様の講釈へ耳を傾けていた。
まあ、実際には参加ではなく付き添いであり見物人であるけど。
未来の義妹へ対する点数稼ぎのつもりか? 自身の知識をひけらかす様に、ソフィアへ本日の作戦を解説しているビクトール先輩。
遠征に参加する生徒達が出発の準備に忙しく駆け回る中。少し離れた位置から、ソフィアへと熱く語りかけるビクトール先輩に目を向けているオレと明那。
「ここにも、間違った孫氏の解釈をしてる人がひとり……」
先輩の話しを傍から聴くともなしに聞いていた明那は、そんな先輩へジト目を向けながらポツリと呟いた。
「まあ、あながち全部が間違いではないけど、正解には程遠いな……」
孫氏のこの言葉。裏を返せば、守る方は少数であっても戦い方しだいで五倍十倍の敵でも退けられるし、攻める方とて戦い方が悪ければ大群であっても攻めきれないという意味も含まれているのだ。
とゆうか先輩の場合、そもそもの考え方が逆なのだ。
『包囲戦をするなら十倍の戦力を用意する必要がある』ではなく、『十倍の戦力があるなら包囲戦を仕掛けるべき』である。
実際、包囲戦がやりたいから十倍の戦力を用意しよう。正面から戦うため五倍の戦力を用意しよう。などと思っても、実戦でそれが出来るケースなどそうそう有りはしないし、集めようと思っても戦力などそう簡単に集まるものではないのだ。
まあ、有るとすれば、それは余程の戦力差がある場合――
「やはり騎士は騎士らしく、正面から正々堂々と戦うべきなのだよ。そして、事前の調査で盗賊団の数は二十前後と判明しているからね。だから、コチラはその五倍である百人の戦力を用意したと言うわけなのさ」
そう、小規模な盗賊団などという小勢に対して、国家直属の騎士学園くらいの戦力差があれば、そんな無茶な作戦立案も可能だろう。
そんな圧倒的な戦力差を前提としたイージーモードの作戦を、ソフィアに向けてドヤ顔で語るビクトール先輩。
対してソフィアはといえば、若干頬を引きつらせながらも、笑顔を絶やさず静かに話しを聞いて――
いや、聞いてないか。あれは、話しを右から左へ聞き流している顔だ。
ちなみに、その後ろに控えているソフィア付きのメイド姉妹、アリアさんとリリアさんも、先輩のウザさにかなり苛ついているご様子である……
ホント、面倒な役を押し付けてしまって、すみませんねぇ。
先輩の相手を押し付けている三人へ心の中で謝りながら、オレは事前にビクトール先輩――ではなく、サンディ先輩から聞いた今回の作戦を思い返していた。
ちなみに、なぜサンディ先輩からなのかと言えばだ。
学園の生徒が他の生徒を募って遠征や討伐を行う場合、学生会に作戦内容と細かい日程を提出して許可を取る必要があるからである。
となれば当然、学生会会長のサンディ先輩が作戦の内容を知らないはずはない。
ビクトール先輩から一方的に嫌われているオレ。
どうせ、尋ねた所で素直に教えては貰えないだろうと思い、サンディ先輩へ聞きに行ったという訳である。
遠征と言っても、日程は一泊二日ほど。距離的には、ベテランの兵士なら日帰りで帰って来れる距離。
まあ、実際は遠征というよりも、遠征の訓練と実戦訓練を兼ねた行軍と言った感じだ。
そして、盗賊団の数は二十人前後。
それに対して、ビクトール先輩の集めた有志の生徒が百人。そして先輩本人とオマケでオレと明那。そしてファニとエウル。更にソフィアとアリアさんリリアさんで、総勢108人という大所帯。
この戦力差をもって、正面から一気に殲滅するというのが、ビクトール先輩の立てた作戦である。
まあ、数だけ見れば問題はない。
しかし、相手は幾つもの修羅場をくぐって来た海千山千の盗賊団。対してコチラは、実戦経験の乏しい学園生。
しかも、参加者のほとんどが次期近衛騎士団長候補の公爵公子との繋がりを少しでも作りたいだけの生徒達であり、更にその中の1/3がビクトール先輩目当ての婚活女生徒なのだ。
正直、これを戦力と考えて良いのか、はなはだ疑問である。
なにより問題は、アジトのある場所――というか立地。
簡易な柵で囲まれた場所へ、簡易な建物と幾つかの簡易天幕を張っただけの簡易尽くしなアジト。
一見すると、盗賊団にお似合いのおそまつなアジトではある。
しかし、造りはおそまつでも、そのアジトのある立地が問題なのだ。
というのも、アジトの背後は切り立った崖に守られており、左手は落ちたら命がないレベルの渓谷。更に右手には、深い森が広がっている。
三方が塞がれた状態であれば、攻め口は当然にして正面しかない。そして、その正面は逆に見晴らしが良く奇襲をかけられない上、左右を谷と森に挟まれていて大群を展開することが出来ないという、ないない尽くし。
守りに易く攻めるに難い、正に天然の要塞なのである。
それともう一点。どうしても気になるのが、アジトの広さだ。
地図で診た限りでは、二十人程度の盗賊団が使うには広すぎる。
まあ、以前に別の大きな組織のアジトだった場所を、居抜き物件ならぬ居抜きアジトとして使って転用しているだけの可能性もあるけど……
これは明那の予想通り、オレ達の出番もあると考えておくべき――
「な~に、難しい顔してんのよ?」
楽天的な隊長さまの立案した作戦に眉を顰めていると、出発の準備を終えたエウルとファニがオレ達の元へとやって来た。




