第十六章 公爵公子からのお申し出③
「ちなみにそれって、友達とか誘ってもいいですか?」
「もちろんだよ。僕の華麗な指揮を多くのギャラリーに観てもらうのは大歓迎さ。なんなら、キミのお兄さんも誘ってくれたまえ」
「いいんですか?」
「ああ。僕の本当の実力を知ってもらう良い機会だ」
オレは、別にアンタの実力なんて興味ないけどな。
「ふうぅ~ん……なら、退屈しのぎにピクニックがてら付いて行くのも悪くないかな――いや、待てよ?」
何を思いついたのか?
それほど乗り気には見えなった明那の表情が、一気に引き締まり真顔になった。
「指揮を執るのが、この無能な――もとい、天才(自称)な先輩なら作戦が失敗する可能性は十分にある。そうなれば、私の出番だって……」
「おい……」
明那のひとり言の様な呟きに、顔を顰めるビクトール先輩。
額に手をやり、ヤレヤレとばかりに肩を竦めて首を降った。
「どうもキミは、私の事を過小評価している節があるように見えるな……」
「いや~、それほどでもぉ~」
「別に褒めている訳ではないのだが……」
埼玉県春日部市在住の五歳児口調で照れる明那へ、ビクトール先輩から冷静なツッコミが入る。
まあ、ツッコミは冷静なのだか、頬をひきつらせ、コメカミの辺りをヒクヒクさせているけど。
ちなみにオレの隣では、そんなビクトール先輩の姿をエウルが声を殺して笑っていた。
「まあ、いい。僕は寛容だからねぇ。それに、盗賊討伐や騎士武祭での戦いを見れば、その認識が間違っているという事も分かるだろうさ」
「いえ、そんな回りくどい事をしなくても、間違っているかどうかなんて、すぐにでも分かる方法がありますよ」
明那はニヤリと笑うと、後ろへと下がり距離を取った。
そして……
「セイッ!」
「――!?」
気合一閃。まるで、空手の教本に出てくるお手本のような後ろ回し蹴り。
咄嗟の事に驚き、目を見開いて身体を硬直させるビクトール先輩。その驚いた顔の前を一瞬で通り過ぎた明那の踵、そして爪先が先輩のウザい前髪を揺らしていた。
「次は当てに行きますから、避けて下さいね」
「なに……?」
不敵に笑い、身構える明那。
しかし、その明那の口から出た言葉の意味が理解出来ず、ビクトール先輩は訝しげに眉を顰める。
「だから、私の認識が間違っているかどうかの確認ですよ。それとも、避けられる自信がありませんか? 自信がないならやめますけど」
「はんっ……何を言い出すのかと思えば。キミも多少は出来るようだけど、今のような不意打ちではなく、事前に来ると分かっている攻撃、避けられないはずないだろう?」
「なら、いいですよね」
「好きにしたまえ。それで、自分の認識が間違っていると理解出来るならね」
若干、重心を低くして構える明那に対して、口元へ笑みを浮かべ、腕組みをして悠然と立つビクトール先輩。
そして、そんな二人の対決を、固唾を呑んで見守っているオレ達……
「いきますよ――セイッ!」
「ふっ……」
明那は低い重心から軸足を大きく踏み出し、一気に間合いを詰めると右回りに後ろ回し蹴りを放った。
対するビクトール先輩は、高速で接近する明那の蹴りを、余裕の表情を浮かべたまま軽く上体を反らして対応する。
口元に笑みを浮かべる先輩の鼻先を明那の踵が通り過ぎ、爪先が紙一重で通過していく……
「ま、まあ、そうなるよね……直前に一度見せているんだ。ビクトール先輩が躱せないはずないよ……」
「てゆうか、思っていたよりキレがないわね。アキラが散々脅かすから、どんだけ速いのかと期待していたけど、アレなら私でも躱せるわ」
「ふっ……アレなら躱せるか……」
ファニとエウルの口から漏れるように溢れた感想……
しかしオレは、その言葉を思わず鼻で笑ってしまった。
「な、何がおかしいのよ?」
「アレが明那の本気なわけないだろ? もし明那が本気で蹴っていたら、今頃あのイケメンフェイスはグチャグチャに潰れたトマトみたいになって胴体から吹き飛んでいるよ」
「マ、マジで? シスコン――じゃなくて兄バカの贔屓目ナシに?」
「贔屓目ナシに――ってか、その言い直し、意味あるのか?」
むしろ、罵倒を二つ重ねられた気がするぞ。
「でも……確かに本気ではなかったですね。以前、エリシェース女学院の敷地に、大型のワイルドボアが迷い込んで来た事をがあったのですが――」
オレが横目にエウルをジト目を向けていると、反対側にいたソフィアが静かな口調で言葉を挟んで来る。
ワイルドボア……?
ああ、あのでっかいイノシシか。確か、体長は通常3~5メートル。大きい奴は全長10メートルを超えるっていう、大型の魔獣だな。
「アキナ様は、興奮して突進して来たワイルドボアへ先程と同じ型の蹴りを打ち、一撃でその突進を止めていましたし」
「マ、マジ――じゃなくて、本当にですか……?」
「はい。失った生命を無駄にしないよう、ボアのお肉は学院のみんなで美味しく頂いたのですが――首から上が吹き飛んでしまっていたため、一番美味しいと言われる頬のお肉が食べられず、とても残念でした」
「………………」
シュンとするソフィアに、口をポカンと開け絶句しているファニ。
何気に食いしん坊だな、この姫様。まあ、確かにボアの肉は臭みもなくクセの少なくて美味いけど。
ちなみに、オレの隣にいるエウルはと言えば――
「良かった……模擬戦なんてやらなくて、ホント良かった……」と、安堵の息を漏らしていた。
そんな二人へ向け、オレは口元へ笑みを浮かべながら先程の状況を分かりやすく解説してやる事にした。
「明那は先輩の体幹や重心の取り方、それと事前に見せた空振りに対する対応で反応速度を予測。そして、先輩が紙一重で躱せる速度を計算して蹴りを打ったんだよ。先輩みたいな自意識過剰で虚栄心の強いタイプは、攻撃を紙一重で躱すのが格好いいと勘違いしてるからな」
「でも……何で、そんな事したのよ……?」
「それは……まあ、見てればわかるよ」
そう言ってオレは、口元へ笑みを浮かべながら再び明那達の方へと目を向けた。
「ふっ、これで少しは僕の実力が分かってくれたな?」
明那の蹴りを躱し、ドヤ顔で問うビクトール先輩。
しかし……




