第十六章 公爵公子からのお申し出②
「それが不思議なんですよね……パッと見ですが、ガチで戦えばウチのクラス代表のエウルさんの方が強そうですし。実はみなさん、公爵公子の肩書きに気を使って、わざと負けてくれたんじゃないですか?」
「なっ!?」
「聞いたところによると、去年はウチの愚兄に瞬殺されたそうで――」
「うるさいっ! 黙れーっ!!」
明那に痛いトコを突かれ、ビクトール先輩はその言葉を遮るように声を張り上げた。
まったく……
その話をすると面倒だから禁句だと言っておいたのに……てゆうか、誰が愚兄だ!?
「あんな試合は無効だっ! 僕は負けていないっ!!」
「無効……?」
「そうっ、無効だっ! お前の兄はなっ、仮にも勇者を名乗っておきながら、試合で卑怯な手を使って来る騎士の風上にも置けんような奴たのだっ!」
「フッ……卑怯な手って……」
エキサイトして声を荒らげるビクトール先輩。しかし明那は、その主張を鼻で笑って見せた。
「何がおかしいのだっ!?」
「孫氏曰く、兵は詭道なり……」
「なに……?」
「所詮、戦いなんて裏のかき合い化かし合い。だから勝つ為に策を練るの当然のことですよ。なのに、それを卑怯な手だなんて吠えるとか……そういうのを、負け犬の遠吠えって言うんです。しかも、先輩のその遠吠えは『ボクはその策を見抜けなかった大マヌケな負け犬ですぅ~、ワンワン』って喧伝しているのと同じじゃないですか? ホント、見ていて実に滑稽ですワン♪」
負け犬先輩を、もう言葉の暴力というレベルで煽りまくる明那。
そして、そんな明那へ向け、
「いいぞっ、アキナちゃんっ! もっと言ってやれ~っ!!」
と、エウルがオレから首吊り用のロープを取り上げ、更にヘッドロックを決めながら、小声で応援していた。
てゆうか、エウルよ。胸がオレの頬に、思い切り当たっているぞ――って、思っていたより柔らかいな。
てっきり、コイツの胸は硬い大胸筋で覆われていると思っていたのだが……
「ふざけるなァーーっ!!」
オレが優雅にクラスメイトの柔らかさを堪能していると、耳を劈くほどの怒声が響き渡った。
「戦いには、その場に応じた戦い方と言うのがあるっ! 敵国との戦争、それに盗賊やモンスターとの戦いでなら、どんな策を弄してもいいだろう。だが、騎士同士の試合――決闘は、策など弄さずに正々堂々と戦うのが慣わしだっ! だというのに、キミの兄は卑怯な手を使ったっ! しかも、対戦相手へ試合前に薬を盛るなどという、卑劣な手をなっ!!」
真っ赤な顔で怒りを顕にして、一気にまくし立てる負け犬先輩。
まだそんな事、言ってんのか、この人は……
まあ、そう思われても仕方ない勝ち方だったけど。
「お兄ちゃんが薬を……?」
「ああ、そうだ」
「何か証拠はあるんですか?」
「そんな物はない……」
当然だ。仮に薬を使っていたとしても、土御門の人間が犯行の証拠なんて残すなどあり得ない。
「だがなっ、試合開始早々に一合も打ち合う事もなく僕は気を失ったんだ。当然、キミの兄も打ち込んていないし、魔法を使った形跡もない。強いて言えば、鎧の上から僕の腹部に手のひらを当てていたそうだけど、鎧には傷ひとつなかった。こんなの薬で眠らされたとしか考えられないだろ?」
「鎧の上から腹部に手のひら……なるほど、そう言う事か……」
何かを納得したように頷く明那……
まっ、明那なら当然カラクリに気付くわな。
「なるほど……だと? そう言う事もとは、どう言う事なのだ?」
「いえ、コチラの話しですので、お気になさらずに。そんな事より先輩? 先輩は、ちゃんとした戦いならば兄に勝てると思っているのですか?」
「ふっ、そんなの当然じゃないか。正々堂々とした戦いなら、僕に負ける要素など見当たらない。だいたい、僕が彼より先に聖剣の儀へ挑んで入れは、聖剣は僕を勇者と認めていたはずだ」
オレの方でも、先輩に負ける要素は見当たらないけどな。
それにしても、聖剣の儀へ先に挑んでいればねぇ……
『って事らしいが、村正。そこの所はどうなんだ?』
『ふむ……彼奴と一緒におると無駄に疲れそうじゃのう。まあ、彼奴の方がオナゴの肌を拝む機会は多そうじゃが――それを差し引いても、今の主の方が幾分かはマシじゃな』
お前にとって、勇者を選ぶポイントはそこなのか?
オレが勇者選考基準に苦笑いを浮かべていると、ビクトール先輩は再度ナルシーモードへ突入を開始する。
「それに僕は、戦術、戦略の授業だって、一年の時からずっと首席だったんだ。個人としての武勇だけでなく、指揮官としての才能だって僕の方が上さ」
優美なイケメンスマイルで前髪をかき上げながら、自己陶酔するビクトール先輩。
実は間違えた解釈も多いけどな、あの授業……
「わたくし……何やらお姉様が、少々不憫に思えてきましたわ」
ナルシー先輩の言動に悲嘆の表情を浮かべて、ドン引きするソフィア。
いくら王族の責務とはいえ、あんなのの婚約者とは流石のオレもお姉さんに同情するわ。
生け垣の陰で、全員がドン引きしてる視線の先。先輩の目の前に立つ明那も、やはりドン引きした目をして言葉を失っていた。
しかし、先輩はそんな視線などお構いなしに自分の世界へ入り込み、一方的に言葉を綴って行く。
「そうそう、指揮官で思い出した。エミリアくん、キミをここに呼んだのには婚約の了承の他に、もう一つの理由があったのだったよ」
「了承した覚えはありませんが?」
「僕は明後日の土曜日から、遠征に行く事になっていてね――」
「いや、だから聞けよ、おい」
「先日、優秀な僕が目をかけている手の者が、盗賊団のアジトを発見したのだよ。そこで僕が指揮官となり、学園内で募った有志で討伐へ向かう事にしてね」
「えっ……?」
「そこで、その討伐隊へ同道してもらおうをと、キミ誘いに来たのだよ」
「そ、それって、私も盗賊と戦えるのッ!?」
先程までのドン引き顔から一転。明那はビクトール先輩の言葉に目を輝かせて身を乗り出した。
しかし……
「いやいや。戦力は十分だし、役割分担も決まってるから、エミリアくんの出番はないよ。それに天才の僕が作戦をたて、指揮するのだからね。現状の戦力でも勝利は間違いない」
「むう~ぅ……だったら、なんの為に誘ってるんですか?」
「うむ。未来の妻たるキミに、夫となる僕の神がかった天才的な采配を見てもらおうと思ってね」
「妻ちげぇーし……」
上がったテンションが、一気にダダ下がりの明那。
てゆうか、この先輩の指揮って……大丈夫なのか、その討伐隊。
週が明けたら、在校生の数が大量に減っていたなんて事にはなってないだろうな……




