第十五章 騎士武祭への参加に向けて①
「はい、アキナちゃん。この"ぷりん"とか言う、アキラが学食のおばちゃんに頼んで作って貰ったデザート。とても美味しいですよ」
「あーん」
「それじゃあ、次はこのホットミルクはどうだい?」
「うむ、ごくごく」
椅子ごと明那の隣へと移動して、スプーンをその口元へと差し出すエウルと、正面からテーブル越しにマグカップを差し出すファニ。そんな二人を侍らせ、明那は王様気分でノーハンドディナーならぬノーハンドデザートを堪能していた。
かと思えば――
「アキラ様、コーヒーが届きましたわ。はい、どうぞ」
学食のメイドが持って来たコーヒーを受け取り、そのままオレの口元へと運んで来るソフィア。
「い、いや……そのままだと、ちょっと熱そうなんだが……」
「これは、気が利かず申し訳ありません。ふ~っ、ふ~っ、ふ~っ。はい、どうぞ」
「あ、ああ……」
ソフィアの差し出したコーヒーを、やはりノーハンドで口を着けるオレ。
仮にも第四王女殿下にコーヒーを手ずから飲ませて貰っているとか、お前いったい何様だっ! と言った感じである。
ちなみに、なぜ二人してノーハンドな飲食をしているのか?
別に王様気分を味わいたい訳ではなく、手が使えないから……
そう……何を隠そうオレ達は、二人揃って腕ごと椅子へと縛り付けられているのだ。
明那の甘えたおねだりがあまりにも可愛いく、その可愛さに目が眩んで校舎を更地に変えようとしたのは、確かに少し(?)やり過ぎだったかもしれんが……この仕打ちはどうなのだろうか?
まあ、ソフィアがコーヒーをオレの口元へと運ぶ際、左腕へと当たる慎ましくも質素な二つの膨らみは、侘び寂びを重んじる大和民族であるオレにとって――うぐっ!?
突如、左足の甲に痛みが走り、顔を顰めるオレ。
「あ、あの~、ソフィアさん? 左足が痛いんですけど……」
「これは、失礼致しました。何やら突然不愉快な気分になり、思わず踏んでしまいましたわ。申し訳ありません」
ニッコリ微笑んで謝罪の言葉を口にしながらも、なぜか踏むのを止める気配のないソフィア……
おっとりしているようでも、そこはやはり王族。治政の頂点に立つ家柄である。
言葉の裏側を読んだり、顔色から思考を読む術には長けているのかもしれない。
ニコニコ笑いながらも、足をグリグリと踏み続けるソフィアからそっと視線を逸し、オレは反対側に座る明那達へと目を向けた。
「たまにギルドや王室から盗賊とか魔物の討伐依頼が学園に来るから、それに参加すれば手加減なしで戦えるかも」
「あとは、そうだね……来週の週末に学園で年に一度開かれる騎士武祭という祭典があるんだけど、そこならある程度思い切りやっても大丈夫だと思うよ」
分かりやすく、この先の伏線を張る――もとい、明那へとストレス解消の手段を提示しているエウルとファニ。
「きしぶさい……?」
「そう。クラスの代表が学年関係なしに一対一で決闘をするトーナメント戦で、王族の方も拝覧にいらっしゃるから安全管理は万全。闘技スペースと観覧席の間には十数人の宮廷魔導師が魔法障壁を張っているからね」
「なんとっ!? そんなステキイベントがっ!!」
ああ、そういえば、騎士武祭って来週末だったっけ。すっかり忘れてたわ。
まあ確かに、そこでなら少しくらい無理をしても安全なのだが……
「ちょっと待ちなさいよ、ファニっ! 出場者はもう殆ど決まってるんだし、今から出場は無理でしょうがっ!?」
と、ファニの出した案へダメ出しをするエウル。
そう、騎士武祭は王族も来賓として出席する、年に一度の大イベント。一週間前ともなれば、出場選手はほぼ確定しているのだ。
「ああ……そういえば、そっか……」
「ええぇ……飛び入り参加とかないんですかぁ?」
「ファニも言っていたけど、王族の方もいらっしゃる、けっこー厳格な祭典だからねぇ……はい、プリン」
「でも、アキナちゃんなら、来年には出られるよ、きっと。ミルクもどうぞ」
ガックリと肩を落とす明那を、餌付けしながら慰めるエウルとファニ。
「ちなみに、ウチのクラスの代表って、誰なんですか?」
「ふふ~ん♪ ウチのクラスの代表は、私ことエウルリア・トーレでございます」
「あと、アキラが昨年の優勝者枠で出場するから、ウチのクラスからは二人が出る事になってるね」
「なるほど……」
鼻高々に胸を張るエウル。
まあ、昨年は代表決定戦でオレに負け、出場を逃したからなぁ……
しかし、そんな少々浮かれ気味のエウルに、明那がニヤリと口角を上げ怪し気な目を向けた。
「つまり、エウルさんに不慮の事故が起れば、出場枠に空席が出来ると……」
「えっ!?」
「知ってます……? 手足って、村正ちゃんみたいな鋭い刀で斬り落とされると痛みを感じないんですよ……」
「あ、あの……アキナちゃん……?」
「しかも断面が綺麗だから、治癒魔法で傷も残らず元通りになりますし……フフフ」
明那の言葉にエウルは顔を青ざめさせ、両腕を抱いて竦み上がる。
『オナゴの手足を斬るのは好かんのぅ……着物のベルトなら喜んで斬るのじゃがな』
ついでに、明那の言葉を受けて、自身のしょうもない趣味をカミングアウトする村正。
ただ、当然にして村正の言葉――日本語は現地民の方々に通じていないし、仮にも魔王を滅ぼした聖剣の趣味が女の服の帯を斬る事だなどと夢にも思っていないだろう。
しかし、その村正の話す言葉の分かるオレは、その無粋な趣味にヤレヤレとばかりに肩を竦めた。
『ふっ、分かってないなぁ、村正……着物の帯を斬るなど無粋の極み。着物の帯は『良いではないか、良いではないかぁ~』と言いながら、女の子を回すように引っ張るのが、日本における古き良き伝統だ……ぞごっ!?』
村正へ日本の正しい伝統と分化を語って聞かせていると、突然右足の甲へと激痛が走る。
「いやいや、冗談ですよ。エウルさん」
「だ、だよね……ほっ」
エウルへ向けてニコニコと笑みを浮かべながら、オレの足をグリグリと踏みしめる明那……
ゆ、油断した……
日本語はオレ達だけじゃなく、明那も分かるんだったな。
てゆうか、明那ちゃん?
知っているとは思うけど、そこは太衝のツボという人体急所の一つで、踏まれるととても痛いのよ。
「てゆうか……エウルさんへの闇討ちを実行しない為にも、何か良い方法はないですかねぇ?」
「えっ? あ、あれ……? じょ、冗談なのよね……?」
「はい、冗談ですよ…………二割くらい」
「八割もホンキッ!?」
安心しろエウル。ああは言っても多分100%冗談だ。
むしろ、もし明那が八割本気だと言うのなら、すでにお前の両腕はなくなっている。
とはいえ、どうしたもんか?
明那が出たいと言うのなら、何とかしてやりたいが……
「話は聞かせてもらいましたわ」
「うおっ!?」
どこから生えて来たのか?
エウルが明那の隣り合わせへと移動した事で空いていた正面の席。そこへいつの間にやら現れ、腰を下ろしている金髪で綺麗な長い髪の女生徒。
その場にいる全員から驚きの目を向かられながらも、柔らかな笑みを浮かべ優雅にティーカップを口元へと運んでいたのは、学生会会長のサンディ先輩だった。
てゆうか、いくら明那に踏まれている足の痛みを堪えていたとはいえ、オレに気付かれる事なくこの距離まで接近してくるとは……
明那やソフィアの五倍くらいは体積のありそうなその大きな胸で、その身のこなし。
この女……出来るっ!! って、痛い痛い……
チミ達? 無言で人の足を踏むのはやめたまへ……
「そ、それで、サンディ先輩……? 何かご用でしょうか?」
両サイドから聴こえて来る、
「削りたい……鉋で削ぎ落としてやりたい……」
「もげればいいのに、もげればいいのに、もげればいいのに……」
という囁くような呪詛の言葉に頬を引きつらせながら、突然現れたサンディ先輩へ話しを振るオレ。
対する巨乳会長は、その呪詛が聴こえているのかいないのか?
見せ付ける様に、その大きな膨らみを揺らしながら椅子へ深く座り直すと、柔らかな笑みを崩さずに薄くリップの塗られた唇をゆっくりと開き始めた。
「はい、聖女様が騎士武祭への出場をご希望なら、学生会でお力になれるかと思いまして」
「へっ?」
サンディ先輩の口から出た言葉に、明那の唱えていた呪詛の呟きが止まった。
そして、目を丸くしてキョトンとする明那へ向け、サンディ先輩は更に言葉を綴っていく。
「学生会には騎士武祭の特別推薦枠があるのですが……ここ最近、激務が続いていたせいでまだ選考が終わっていないのですよ」
「激務……?」
この時期の学生会って、そんな忙しいのか?
新年度が始まってある程度経っているし、落ち着いた頃だと思うのだが?
それに、騎士武祭の方も、準備は運営委員が別に組織されているから、学生会はほぼノータッチのはずだし……
「ええ、激務……特に昨日今日などは、人の恋路の応援などという通常業務外の仕事が大量に舞い込み、寝る時間もないほどに……」
化粧でも隠し切れていない、目元にクマのある瞳で見据えられ、そっと視線を逸らす土御門兄妹。
な、なるほど、そういう事ですか……
余計な仕事を増やしてしまって、ホント申し訳ありません。




