第十四章 午後のひととき③
「と、ところで……もう授業が始まってますが、みなさん、行かれないのですか?」
どうにか痛みが収まり、オレが這いつくばりながら席へと戻ると、話題を変えるようにソフィアが話を振ってきた。
若干、引きつった笑顔で問うソフィアへ、それが当然の事であるかのように口を揃えて答えるオレ達。
「「「うん。行かない」」」
「なんでっ!?」
あまりにも躊躇なく、さもサボるのが当たり前のように答えるオレ達に戸惑うソフィア。
まあ、エリ女の授業は、日本の義務教育のように全て必修だったそうだしな。驚くのもムリないのだろう。
「騎士学園の午後の授業はさぁ、学園OBの所へ出向いて行う課外授業か、数人の講師が立ち会いの元に行う自由訓練なのよ」
「そして課外授業は、OBの騎士に稽古を付けてもらったり、OBの出す課題をこなしたりします。そして自由訓練っていうは、言葉のまま。講師にアドバイスを貰いながら、自由に自主練するですよ」
「で、月一くらいのペースで模擬戦をやって、成績が決まる訳だ」
この辺は大学の単位制に近い。そんな、エリ女と騎士学園の違いを説明するオレ達。
しかし、今ひとつピンっと来ないのか? オレ達の話にソフィアは、ちょこんと首を傾げていた。
「簡単に言うと、授業には出ても出なくても、模擬戦の結果だけで成績が決まってしまう。つまりは、出ていなくても、模擬戦で良い成績を出せれば問題ない訳だ」
「なるほどです? でも……授業に出た方が、良い成績を出せるのではないですか?」
ソフィアの正論によるカウンター攻撃、いや口撃。
確かにその通りなのではあるが、しかし……
「授業に出なくても、学年トップになれるし」
「授業に出なくても、学年上位になれるし」
「授業に出なくても、赤点回避は出来るし」
口を揃え、オレ達はソフィアのカウンター口撃を完全ブロックした。
まあ、若干一名ほど、
『お前は授業に出ろ!』
と、突っ込みたくなる辺境貴族の三男坊がいたけど……
「さ、左様ですか……」
若干頬を引きつらせて、苦笑いを浮かべるソフィア。
そして、そんなソフィアから、オレを挟んで反対側に居た明那が、追加で頼んだプリンのスプーンを咥えながら上体をテーブルに突っ伏した。
「騎士学園の授業って、もっとアグレッシブで思い切り身体を動かせるかと思ったのに、以外とヌルいよね……」
まあ、ここはあくまでが学園であり、みんな実地戦闘の経験は殆どないし、あったとしても安全を確保した上での戦闘しか行っていないしな。
子供のころから、一つ間違えれば生命に関わるような実戦に放り込まれ、死と隣り合わせの戦闘を強要する土御門のスパルタ教育と比べたら、そりゃあヌルいだろ。
「あのぉ、エミリア様?」
「はい? というか、エウルさん。私の事は明那でいいですよ」
「えっ? え~と……いいのかな?」
「はい、お兄ちゃんの事も名前で呼んでるみたいだし、エウルさんの方が年上だし。あっ、ファニさんも明那でいいですから」
「了解です。アキナちゃん」
「じゃあ、私もアキナちゃんで」
オレもそうだったけど、明那もクラスメイトに様付けされるのは、やはり居心地が悪いのだろう。
ちなみに、以前ソフィアにも名前呼びを頼んだそうだが、やはりオレ同様に断られたそうだ。
「それで、アキナちゃん。良かったら、私と模擬戦しない?」
「えっ?」
「私、自主練とか嫌いだけど、実戦は好きだし。それに、アキナちゃんがどのくらい強いのか興味あるし」
「ん~。思い切りやってもいいの?」
「もちろん。これでもクラスでは、アキラに次いで二番目の――」
「はいっ、ストップッ!」
パンパンッと手を叩き、盛り上がり掛けた二人の会話を遮るようにして、口を挟むオレ。
「思い切りとか、ダメに決まってるだろ。どうしてもやりたいなら、明那は術の使用禁止。ついでに、地面に直径1メートルの円を描いて、そこから一歩も出ないくらいのハンデを付けないと、模擬戦なんて許可出来ません」
「ムウ~~ッ。そんなんじゃ、余計にストレスが溜まっちゃうよ……」
オレの出した条件に、思い切り頬を膨らませる明那。
そして、当然のように不満はエウルの方にもあるようで、眉を顰め、睨むような視線を向けて来る。
「ちょっと、アキラ。ハンデってなによ? そりゃあ、アンタには敵わないけど、私だって学年でも上位に入っているのよ」
まあ、確かにエウルの実力は学年で上位。学園内で見てもベスト10に入るかも知れない。
そもそも、ちゃらんぽらんに見えるエウルだが、貴族の娘を見返したい気持ちが強く、影で努力するタイプなのだ。
それでも……
「なあ、オレが前に討伐したドラゴン。アレって、何って言ったっけ?」
「えっ? 蒼炎龍でしょう。それが何よ?」
ああ、確かそんな名前だったな。
去年の冬休み直前。その蒼炎龍とやらを討伐して、オレは王室から龍殺しの称号を貰ったのだ。
巨龍、巨龍と騒ぐから、キン◯ギドラくらいあるのかと思っていたけど、実際は思っていたよりもかなり小さくて、拍子抜けしたのを覚えている。
まあ、それでもお台場のUガン◯ムよりは、ひと回りほど大きかったけど。
「エウル……明那もその蒼炎龍くらいなら、一人で討伐出来るぞ」
「えっ……?」
「それでも、ハンデなしで思い切りやり合いたいと言うなら、止めないけどな」
「………………」
オレの忠告に、顔面を蒼白にして言葉を失うエウル。
そのまま、恐る恐ると言った感じで、オレの隣に座る明那の方へと視線を移した。
「大丈夫ですよ、エウルさんっ♪ ここには、エリ女で学年首席だったソフィアちゃんもいますから。即死さえしなければ、ちゃんと蘇生させてくれますよ」
「はい、お任せ下さい。ただ、欠損した身体の部位を再生する事は出来ませんので、その点はご注意ください」
「………………」
ニッコリ笑う明那とソフィアとは対照的に、エウルは若干涙目で引きつった笑みを浮かべていた。
まあ、明那は聖女とはいえ、エウルから見れば年下の女の子。
何より、聖女とはクラスで分類すれば聖騎士――いわゆる、治癒魔法を使いこなしながら剣も扱える騎士。
ただ逆に言えば、治癒魔法も剣術も極めた者には一歩及ばない器用貧乏的なクラスと一般的には思われているのだ。
「え、え~と……もう少し強くなってから出直して来ます……」
そっと視線を逸しつつ、模擬戦の辞退を表明するエウル。
そして、そんな涙目で語尾を弱めるエウルを見て、オレはコーヒーを飲み干しながら大きく頷いた。
うむ、賢明な判断だ。イノシシ女騎士(オレ命名)の異名をとる彼女でも、流石にドラゴンへ突っ込んで行くほどイノシシではなかったようだ。
が、しかし。その賢明な判断に、今度は明那が不満顔。
「むうぅ……じゃあ、お兄ちゃんが模擬戦の相手してよ。手加減なしの実戦形式でぇ」
「それこそ不許可。やるなら闘技場を貸し切りにして、衝撃が漏れないよう、結界を何重にも重ね掛け出来るだけの呪符を用意してから。でなけりゃ、学園が更地になる」
少々、大袈裟な物言いに聞こえるかも知れないけど、この世界はマナの濃度が極端に高い。日本と違い陰陽の術が、ほぼ無制限に使用出来る環境なのである。
そんな環境だからこそ、オレも明那もドラゴン相手にタイマンで戦う事が出来るわけだし、そんな二人が実戦形式の模擬戦を行うというのはドラゴン同士が戦うという事と同義なのだ。
とはいえ、理屈では分かっていても、それで感情を律する事が出来るかは別問題。
シスターを養成する女子校で、修行僧のような生活を強いられていたわけだし、思い切り身体を動かしてストレスを解消したいという気持ちは理解出来る。
そして、理解あるお兄ちゃんで通っているオレとしては、今度の休みにでも盗賊団壊滅ツアーにでも連れてってやるべきだろう。
世の中の役に何ひとつ立ってない連中だ。最後くらい、聖女さまのストレス解消の役に立ってもらおうか。
などと、少々物騒な事を考えていると――
「ねぇ……お兄ちゃん……」
明那が甘えた声を出しながら、擦り寄るようにオレの腕へとしがみ付いて来た。
「お、おい、明那……」
「お兄ちゃん……私、もう我慢出来ないの……」
頬を紅潮させ、潤んだ瞳でオレを見上げる明那。
そして、鼻孔をくすぐる女の子特有の甘い香りと頬を撫でる熱い吐息に、オレの心臓も高鳴って行く。
そして――
「だからねっ、お兄ちゃん……しよ?」
「っ!?」
その一言が決定打となり、オレは勢い良く椅子から立ち上がった。
「よしっ、やるかっ! 可愛い妹の頼みだ。校舎の一つや二つ、学園側も大目に見てくれるだろっ!」
「わ~いっ。お兄ちゃん、大好き~♪」
満面の笑みで、嬉しそうにオレの首に抱き付いてくる明那。
そして、そのまま兄妹仲睦まじく、グラウンドへと歩き出そうとしたオレ達であった。
が、しかし……
「「ちょ~っと、待った~っ!!」」
その進行は一歩目を踏み出す事もなく、ファニとエウルの――いや、二人のみならず、学食に残っていたサボり組全員の手で阻止されてしまったのだった……




