第十四章 午後のひととき②
「でも、そっか……王女殿下もライバルなのか……」
額を押さえ、ガックリと肩を落とすエウル。
ん? その男とやらは、エウルの狙っている男と被ってんのか?
てゆうか、お前如きがソフィアをライバル視するとは、おこがましにも程がある。
王族という地位を抜きにして容姿と性格だけで見ても、ソフィアとお前では月と鼈――いや、月とトイレのラバーカップくらいの差があるぞ。
少しは身の程と言う物をわきまえろ。
「いや、でも待てよ……王女殿下が正室なら、側室――いや、この際、伽役でも子供さえ作ってしまえば、その子は殿下のお子様と義兄弟。当然、王家と強い繋がりが出来るし、そうなればトーレ商会、ひいてはトーレ家も安泰じゃないの。くくくくく……」
エウルの呟くドス黒いひとり言に、ドン引きする一同。
うん。お前がライバルになり得ないのは、正にそう言うところだぞ、エウル。
「でも、そうなると問題なのは……新たに生まれたアイツのロリコン疑惑。王女殿下には有利に働くけど、私にとっては非常に不利……」
自分の胸に手を当てながら、エウルは明那のある一点を凝視しながらポツリと呟いた。
そして、その不用意な一言に、明那とソフィアの背後へドス黒いオーラが立ち昇る。
「エウルさん……いま、私のどこを見て、ロリコンがどうのとか言いました……?」
「フフフ、エウルさん……不敬罪で断頭台に上りたいですか?」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! 靴でも何でも舐めますから、命だけは許して下さいっ!!」
冷ややかな目でマジ殺気を放出する明那と、やはりマジ殺気を放出しながら極上スマイルを浮かべるソフィアへ向け、光の速さでスライディング土下座をするエウル。
しかし、エウルの話にマジ殺気を放出してるのは、二人だけではなかった。
そう、このオレもだ……
「おい、エウル……」
オレは手にした村正を鞘から抜きさりユラリと立ち上がりると、土下座をするエウルを見下ろしながら、その切っ先を突きつけた。
「な、なんでしょうか……? アキラのなら――いえ、アキラ様のなら、靴じゃなくて別の所も舐めますが……具体的に言えば、チ◯――」
「言わんでいいし、舐めんでいい……そんな事より、エウル。そいつは明那を狙っているのか?」
怯え切っていたエウルが、一瞬にしてキョトンとした顔になる。
「え、え~と……何言ってんの、アンタ……?」
「明那のささやかな胸を見ながら、そいつにロリコン疑惑が生まれたと言ったろ? って事はだ。そいつは明那を狙ってるって事だろ?」
誰の胸がささやかだっ! と、明那に椅子で頭を思い切り殴られながら突っ込まれたが、怒りに燃え、脳内麻薬が大量に分泌しているオレは痛みすら感じる事はなかった。
「ソフィア……悪いが、そいつの事は諦めてくれ。ただ、ロリコン野郎なんて、本性はろくでもない奴に決まってるし、ソフィアにはもっと相応しい男がいるはずだ。そして、そんなお前を誑かし、あまつさえ明那を毒牙にかけようなどいう輩は、オレが直々に闇へと葬り去ってくれる」
そう、ソフィアの相手がろくでもない奴だと断定し、当初の予定通り本業を決行する事にしたオレ。
くっくっくっ……今宵の村正は血に飢えておるわ。
『おい、主っ。主よっ』
『なんだ? 今、盛り上がっている所なのに……』
久々の本業にテンションが上がっていたところへ、血に飢えているはずの村正が水を差すように日本語で呼びかけてくる。
『盛り上がっているのは主だけで、全員『まずはお前が死んでこい』という目になっとるぞ』
「ん?」
村正の指摘を受けて辺りを見渡すオレ。
ふむ、確かに村正の言う通り、全員の目が――
『まずはお前が死んでこい』
という意味の籠ったジト目になっているな。ナゼだ……?
意味が分からず首を傾げるオレの前に、一つため息をつきながら歩み寄る明那。
そして……
「少し落ち着けっ! バカ兄貴っ!!」
「んうぐぁっ!?」
垂直に蹴り上げる、前蹴り一閃!
全身へカミナリの直撃を受けた様な衝撃が走り、オレは股間を押さえて蹲った。
あ、ああ、あ明那ちゃん……
そこだけは……そこの痛みだけは、脳内麻薬でも、どうする事も出来ないのよ……




