第十四章 午後のひととき①
昼休み終了15分前。
本日の日替わりランチである鶏肉の香草焼きセットを前に、オレと明那は両手をだらりと下げ、額をテーブルに着けて突っ伏していた。
「ねぇ……お兄ちゃん……?」
「なんだぁ……?」
「この学園の男子ってさぁ……クズしかいないの……?」
「そうだな……八割方はクズだ。ちなみに、女子も八割方クズだぞ……」
「そうなんだぁ……」
机に額を着けたまま力なく問う明那へ、同じく力なく答えるオレ。
そして、わずかな沈黙ののち、明那が再び力なく口を開く。
「ねぇ……お兄ちゃん……?」
「なんだ……?」
「この学園ってさぁ……騎士を育てる学園じゃなかったの……?」
「いや……ここは、騎士候補というステータスを武器に、クズな男女が見栄と打算、ついでに妥協で結婚相手を探す、婚活学園だ……」
「あはは……そうなんだぁ。納得、納得ぅ……」
明那が納得した所で、オレ達の間に再び沈黙が流れる。
「この兄妹……なんか、とてつもなく腹の立つこと言ってんですけど……」
「それでも、声を大にして『違う』と反論出来ないのが痛い所だねぇ」
「ハハハ……」
そして、そんな生ける屍みたいなオレ達の周りには、いつものメンツである、眉を吊り上げコメカミをヒクヒクさせているエウルと、ニコニコ笑いながらお茶を啜るファニ。そして、物凄く困った笑顔を浮かべているソフィアの姿があった。
「明那……飯、食わないのか……?」
「お兄ちゃんこそ……」
オレ達は揃ってムクっと起き上がると、一度顔を見合わせてから正面を向き、両手を合わせた。
「「いただきます……」」
そしてナイフとフォークを手にしてから、約二分半――
「「ごちそうさまでした」」
と、ナイフとフォークを置いて再び両手を合わせる。
「あ、相変わらず、早いな……」
「しかも、エミリア様まで、アキラと同じ速さで……」
「でも、あれだけ早く食べているのに、食べ方がちっとも下品にならないのは、とても不思議です……」
オレ達の食事風景に、若干引き気味の三人。
任務中は、いつ食糧が底を尽き、兵糧が止まるかわからないからな。
食事は短時間で手短に、そして食べられる時に食べておくというのが土御門家の家訓なのだ。
「てゆうかさぁー。ホント何なの、あの男どもは――」
オレがすっかりホットではなくなったホットコーヒーに口を着けると、明那もまったくホットではなくなったホットミルクへ口を着けながら、グチグチと愚痴り始めた。
「今の婚約者と別れて来たから結婚してくれとか。正妻は決まっていたけど、そっちを側室にするから正妻になってくれとか。あまつさえ、毎月充分なお金は払うし、子供だけ産んでくれればあとは好きにしてくれていいから、とりあえず籍だけ入れてくれとか……そんなプロポーズで、女が靡くとでも思ってんのかっ、まったく……」
「悲しいかな、それに靡いてしまうのよ。この学園にいる貴族の娘という奴は……」
明那の愚痴へ、エウルがとても悲しい現実を口にしながら、大きなため息をつく。
ホント、ある意味では、お貴族様も不憫だよな。
てゆうか……
「ちょっと気になってたんだが、オレや明那へは大量の手紙が届くのに、ソフィアの所に来ないのはナゼだ……?」
そう、地位でいえばオレや明那よりも上。この学園で一番に地位の高いソフィアには、全くお誘いがないのだ。
しかし、そんなオレのささやかな疑問に、エウルとファニが揃ってため息をついた。
「何言ってんの、アンタ……? 王女様の結婚相手なんて、自分で選べる訳がないでしょうに……」
「そもそも、この学園の男子は、ほとんどが貴族の次男以降。まず、高位貴族の中でも長男でなければ、その資格すらないんだよ」
二人の言葉に、オレはソフィアの方へと目を向けた。
「はい。わたくしの結婚相手は、お父様が決めて下さいますわ」
顔色一つ変えず、それが当たり前の事と受け入れている表情。
まあ、日本でも少しは前までは、皇室はもちろん武家や公家の人間ですら政略結婚が当たり前だった訳だし、中世の文化レベルであるこの世界の王族にとって、政略結婚というのは当たり前の事なのだろう。
それでも――
「ソフィアは、それでいいのか?」
この娘は明那の友達だからな。あまりにも酷い相手なら、相応の対応――最悪は本業に出るのもやぶさかではない。
しかし……
「はい。それが役目ですから」
「役目なら、見ず知らずの男に嫁ぐ事も出来ると?」
「そうですね。でも、正式なお話しはまだしておりませんけど、お父様の中では、わたくしのお相手は決まっているようです。それに、お相手がその方であれば、わたくしも……嬉しいと思っております」
顔を赤らめ、モジモジと俯いてしまったソフィア。
どうやら、その婚約者候補とは顔見知り。しかも両想い――か、どうかは分からんけど、ソフィアの方には好意的なものがあるようだ。
なら、オレの懸念は杞憂だったという事だな。良かった、良かった。
「それで、その相手って、どんな奴なんだ?」
「そ、それは……」
ソフィアは、チラリと上目遣いでオレの顔を見ると、逃げるように下を向き、恥ずかしそうに語り出した。
「お年はわたくしより一つ上でして、少々ぶっきらぼうな所もありますが、根はとても優しく、王族であるわたくしにも、他の方と同じように接してくれる殿方です……」
「「「んっ!?」」」
ソフィアに話す男性像に、明那、ファニ、そしてエウルの三人が、揃って訝しげな表情を浮かべた。
なんだ? 思い当たる奴でもいるのか?
「ね、ねぇ……ソフィアちゃん。他には?」
「そ、そうですね……異国の文化や知識にも詳しく、とても博識であるのに、それをひけらかす事もなく。それでいて、剣も魔法もお強く……ただ、ちょっとエッチな所もありますけど、それも年頃の殿方であれば、致し方ない事かと……」
ふむ、エッチな事は悪い事ではない。そもそもエッチじゃない思春期男子など存在しないし、逆にそれを隠そうとするムッツリスケベの方が問題だ。
まっ、それを抜きにしても……
「へぇ~。中々の好青年みたいだな」
「はい。とても良い素晴らしい殿方です……」
変な男ではないようなので、ホッとひと安心のオレ。
しかし、そんなオレを見て、ヤレヤレとばかりに肩を竦めるファニ。更に明那とエウルに至っては、大きなため息を漏らしていた。
「ねえ、エミリア様……オタクの兄貴、何とかして下さいよ……」
「いやぁ……もう、ここまで来ると、私の裁量では如何ともし難く……」
何やら、とてつもなく失礼な事を言われている気がするのだが、気のせいか?




